第683話
「なんだいお嬢さん、悪いけどこっちは忙しいんだ」「早くしねぇと大臣から大目玉食らっちまうぞ」と二人組の男性。
「あ、あれ?日本語話せるのね。あのすみませんけど、陸に上がってお休みしていた白鳥がいたとこってどこでしょう?」
「・・・お嬢さん、白鳥って生き物だぜ?」「あちこち移動してるから目印にならないぞ?すぐそこの湖にもいるだろうけど、その湖も広いんだから・・・」
「そうなの?どうしよう困ったな・・・荷物重くて手も痛いし」
「荷物も持てっていうのかい。困ったお嬢さんだな」
慌てた様子の男性二人に話しかけたケーコだったが、あまりにもトンチンカンな道の尋ね方に、反対に男性達の足が止まった。
もっとしっかりとした質問ならば「自分でなんとかしな!」と素通りしていたが、これではどうにもほってはおけない。
ケーコが困ったなと歩き出そうとした方向が、湖とまた正反対の方向だったからだ。
「お嬢さん、名はなんて言うんだい?」手荷物を持ってあげた男性の一人。
「え?名前?知らない人に言うわけ無いでしょ!」
「ほえ?」「じゃあなんて呼べばいいんだい?ずっとお嬢さんとでも呼べってのかい?」
「あのね、私はお嬢さんでもお嬢様でもないってば。お父さん普通のサラリーマンだったし。それよりあなた達こそどこの国の人?随分日本語が上手だけど」
「ニホン??どこの国ってそりゃ俺達はドワーフ王国のドワーフだよ」「『さん』でも『様』でもないのならもうお嬢と呼ぶしかねぇみたいだな」
「ドワーフ・・・あーなんかそんな国あった気がするわフランスに」
地理も滅法弱いケーコ。
ドモンにアメリカの首都を答えろと言われた時に「フランス?」と答えたことがあるほど地理に弱い。別の日にはフランスの首都をアメリカと答えた。
「四国って九州だよね?佐渡?」という訳のわからない質問をし、ドモンに喘息の発作を起こさせて殺しかけたこともあれば、東京は京都の右隣だと最近まで信じていて、子供らに呆れられたことも。
そしてケーコの見た目にはナナも驚いていたが、四十を過ぎても度々ナンパされるほど若い見た目であり、子供らと一緒に歩いていると姉と思われることも何度かあった。
なのでこのドワーフ達から「お嬢さん」と呼ばれていたのだが、天然のケーコは盛大に勘違いをしている。
「白鳥がよく羽根を休めてるのはこの辺りだけども・・・」
「え?白鳥いないじゃない」
「だから白鳥は生き物だから動くんだよ」「ククク、俺はもう楽しくなってきたよ」
ドモンもよくケーコと待ち合わせした時に「今どこって、茶色の服を着たおばあさんの隣」などと言われて困惑していた。
「じゃあこの辺にウオンない?わかるかな?こんな感じのすごく大きなお店なんだけど・・・とりあえず一旦そこに戻れたらなんとかなると思うから」ドワーフの見た目が外国人風なので、ケーコは身振り手振りでなんとか伝えようとした。
「この辺に店なんてないよなぁ」「それよりお嬢さ・・・いやお嬢、俺達も大切な用があって急いでるんだよ」
「こんなに大変な私より大切なことって何よ!普通ほっとけないでしょ!」
「いやぁこっちは国王陛下の問題だからなぁ」
話を聞けば、ドワーフ王国で風邪らしき病気が流行り、国王もそれにかかってしまったとのこと。
しばらくの外出自粛や、風邪に効く薬草を準備している旨などを通達するため演説を国王が行う予定なのだが、そこでちょっとした問題が発生したため、薬草に詳しい自分達が選ばれ、薬草探しに出ている最中なのだという。
「ちょっとした問題って?」
「ああ、国王陛下の症状は幸いかなり回復され、今はノドの痛みと鼻詰まりがあるくらいなんだけれども・・・」
「あ~わかった!演説するのに困るっていうことね?ノドガサガサの鼻詰まり声じゃ格好もつかないだろうしフフフ」
「笑い事じゃあないんだよお嬢、こっちは。うちの子だって今熱が酷いってのに」「ノドならまだしも、鼻詰まりをどうにかする薬草なんて聞いたこともねぇよ」
「鼻止めならあるけど。のどスプレーと熱冷ましも持ってるし」
「え?」「はぇ??」
客の前に立つことも多いケーコは、常に薬を常備している。
何ならお腹の弱いドモンのための、ニオイがとてもきつい下痢止めも車の中に行けばある。痔の塗り薬も。
「お嬢!ちょ、ちょっと待っててくれるかい?今馬車を取ってくるから」「それは本当に効くのか?!」
「鼻の中が乾燥しちゃうくらい効くし。ていうか私帰るよ?そもそも馬車って・・・いつの時代よ」タバコに火をつけてフゥ~と煙を吐くケーコ。
「そんなこと言わずにちょっと一緒に来てくれよ。そんなに手間取らせないから。そうだ!美味しい食事でも御馳走させてくれ!銀貨どころか金貨が必要なくらい食ったっていいからさ!」
「その手には乗らないから。男ってすぐそうやって食べ物で釣って女を・・・って・・・金貨?え?!」
ケーコもようやくここがドモンの言っていた異世界なのではないかと思い始めた。
まだ信じられないが・・・。
やっと前の車を持っていってもらい(案外高く売れたらしい)、次は車庫証明を取るためなんやかんややりながら警察署へ向かわなければならないらしい。
ただそこへ行く足がないんだよな・・・