第68話
「はいお待たせ」
スペアリブとハニーマスタードを持って、ドモンがナナと子供達を連れて夫人達の元へと戻ってきた。
キャッキャと喜ぶ夫人達を見て、貴族の夫人と言えども案外お高く止まってないもんなんだなと、ドモンは好感を覚える。
ドモンのイメージでは「汚らわしい」だの、それこそ貴族達と初めて顔を合わせた時のような高圧的な態度で来ると予想していた。
それで先手を取ったつもりだったが、そのノリの良さにドモンは安心し、いつもの態度へと戻ったのだ。
ナナはその理由を先程教えられ、「ごめんねドモン・・・」としょんぼりしていた。
子供らはすでにスペアリブを食していたが、今度は違う味で食べられると知り、ジュウジュウとスペアリブを焼くドモンを囲みながら、期待に胸を膨らましている。
「本当に美味しそうな匂いだわ!」
「すっごく美味しいよ!ドモンの料理はすごいんだ!」
母親とみられる夫人と男の子が嬉しそうに会話をしていた。
ナナはドモンが褒められ、また鼻高々。
「ねえお母様、この人タバコ吸い過ぎなのよ。体に悪いから控えるように言ってくださらない?」
「ウフフ・・・でもタバコを吸わないドモンさんはドモンさんじゃないみたいね」
「うーんまあ確かにそうね」
「何を勝手なこと言ってるんだ。ご夫人達に言われたら仕方ない。俺は今日から禁煙する」とドモンが謎の宣言。
「絶対に嘘ね。これだけは分かるわ」とすぐにナナが否定し笑い声が起こる。
そんな会話をしながら、すっかり一同は打ち解けた。
「そういえばあなた達、今日ドモンさんのところへ行くと伝え聞いたのだけれども」と夫人のひとりが子供達へと話しかける。
「心配か?」作業しながらドモンが夫人の方を向いた。
「護衛やあなた達がいるなら心配はしていない・・・と言いたいところですが、やはり親としては心配なのですよ」
「まあ立場的にある程度は過保護に育てられてるところもあるだろうからなぁ。でもこのくらいの歳なら、そろそろ子供らのことを信じてやってくれ」
「そうは言っても今までこんなことがなかったものですから・・・」もう一人の夫人も不安そうな顔を見せた。
「子供を成長させるには、まず親が成長しなくちゃならないと思うんだよ。俺が言えた義理ではないんだけれども」
「・・・・」
「子供を見守るのも親の義務と責任だけれども、子供を信じて見送るのも親の仕事だ。俺の国では6歳になったら子供だけで学校に行かせるんだよ」
「!!!!」
貴族達にとってあまりにもありえない話で、親子揃って衝撃を受ける。
ナナは7~8歳くらいの時には学校やおつかい、店の手伝いなどを行っていたので、うんうんと頷く。
そこにジャックとその母親の件の話をすると、更にショックを受けていた。
自分達と一般庶民との感覚の隔たりが、思いの外深いということを知ったのだ。
「だからこいつらに知って欲しいんだ。庶民の生活ってやつをさ」
「そうですわね・・・」
「それによってあんたらも成長できるし、こいつらも成長できる。そうしたら将来、きっとこの街はもっと良い街になる」
ドモンはそう伝えながら、焼き上がったスペアリブにハニーマスタードを塗っていった。
「わかりました。子供達のことを是非よろしくお願いいたします」と頭を下げる夫人達。
その様子を遠くから見ていた一同は驚きを隠せない。夫人達のそんな様子を一度も見たことがなかったからだ。
テレビに出ているゴージャスななんちゃら姉妹やなんちゃら夫人が数人集まって、庶民であるひとりのおじさんに皆で頭を下げているようなものと考えると、その異常さが分かる。
ドモンはそう考え、慌てて「まあいいから頭は上げてよ」とバツの悪そうな顔をしていた。
「ところでドモンがこの子達くらいの歳の時はどんな感じだったの?」と、出来上がったスペアリブを皿に盛り付けしながらナナが話しかける。
「俺か?う~ん13歳くらいの時だといつもすすきので朝まで遊んでいたな」
「すすきのって何?」
「女遊びが出来る歓楽街」
「こら!」
「違う違う!女遊びはしてねぇぞ!普通に風呂に入ったりゲームをして遊んでいただけだ」
「風呂?誰と!」
「みんなで入る風呂があるんだよ・・・いやそういう意味じゃなくって!確かにそういう風呂もあるにはあるけども・・・誤解だ!!」
「あんた、またお尻を腫らしたいみたいね」
ドモンとナナのやり取りを聞き、呆れる一同。
パーンパーンという小気味よい音を聞きながら「なんだかやはり心配になってきましたわ・・・」と夫人のひとりがため息を吐いた。
「うぅ・・・ハニーマスタードのスペアリブの完成だ」
ナナがプンプンと怒りながら、夫人と子供らに配る。
「それは行儀悪く素手で骨を持ってかぶりつけ。骨の周りが一番美味いぞ」と、地面に這いつくばったままレクチャーをするドモン。
「お皿も置いてこうやって持って食べるといいよ・・・え?うっわ!ちょっと待って何これ?!おいしっ!!」母親にアドバイスをしながら男の子がひとかじりすると、想像を超えた旨味に絶叫した。
「あらまぁ!!なんて美味しいものなの!信じられないわ!」
「本当ね!」
「どうして今まで作れなかったのかしら?」
夫人達がちらりとコック長の方へと睨みをきかせると、コック長の額から脂汗がにじみ出す。
コック長のそばにいたカールがやってきて「仕方あるまい。こんなものを作れる方が異常なのだ。此奴の調理技術と知識が飛び抜けすぎておるのだよ」と夫人達を嗜めた。
ナナもモグモグしながら「ドモンは異世界人ってだけじゃなく、普通に料理が上手だもんね」と自慢する。
「そんなに褒めるんだらもっと俺を大事に扱えよ・・・全く」とドモンが地面に寝転んだまま、タバコに火をつけ愚痴をこぼした。
「そういえばあなた達の結婚式を屋敷の庭で行うのでしょう?領民達にも開放して料理を振る舞うとか」とカールの夫人が、寝転がってるドモンへと話しかける。
「なんかそういう事になったみたいだな。迷惑か?」
「いえそんなことはないわ。私も楽しみにしておりますもの。ただ・・・その振る舞う料理の方はどなたがお作りになられるのかしら?」
そう言ってまたコック長の方をちらりと見る。
それによりコック長は更に汗をかいた。
暗にこれは、ドモンが作ったこのスペアリブを超えるものを出せという命令のようなものだからだ。
恐らく貴族としての見栄もあるだろうが、そうあって欲しいという願いでもあり、その努力が必要だと言いたかったのだろうとドモンは推測する。
仕方ないなと今度はドモンが助け舟を出した。
「新郎が料理をつくるのもなんか変かもしれないけれど、コック達に手伝ってもらって俺が作ろうと思ってる。なあカール?」
「あ、ああ・・・それに屋敷の庭を開放するとは言ったものの、そこまで大げさにすることではあるまい。屋敷の者達と、この二人の家族や知り合い達を呼ぶくらいであるからな」
ドモンももちろん最初からそのつもりだった。
確かにカールは「街一番の盛大な結婚式をくれてやる」とは言っていたが、所詮は庶民の結婚式なのだから「ドモン様バンザイ!ナナ様バンザ~イ!!」ということにはならない。
それでも屋敷の連中と知り合い達を合わせれば、庶民にとってはかなり大規模な結婚式となり、それで十分だと考えていた。
しかしそれに対しカールの夫人が待ったをかける。
「何を言っているのかしらあなた。ドモンさんの結婚式ですよ?もっと盛大に行わなければなりませんわ」
「いやしかし・・・」
「それにお父様もご招待するつもりですのよ?ドモンさんもいいわよね?」
突然話を振られたドモンは「そりゃかまわないけど」と答えた。
「ちょ、ちょっと待たんか!何を言っておる!」見たことがないほど焦るカール。
「ドモンさんがお料理をすると言うなら心配はありませんね。お父様にドモンさんをご紹介したかったのよ」とニッコリ笑う夫人。他の夫人達も「楽しみだわぁ」と微笑んでいる。
「待て待て待て!」と焦るカールに「まあ何人か増えたところで変わらんよ」とドモンも呑気に答えた。
それを聞くなり「ではその時にまたオホホ」と夫人達は去っていった。
「お、お前は・・・」
「まあ盛大にって言ったってたかが知れてるだろ。所詮庶民なんだから」
「その庶民の結婚式に、なぜ王族が参加することになったのだ・・・」
「へ?」
ドモンがふと周りを見渡すと、貴族達を含む全員が青褪めた表情で固まっていた。