【幕間】温泉旅行にて その4
全員でサンとケーコを露天風呂の目の前にある緩やかな川まで運び、ドモンがふたりを洗った。
夏場とはいえ北海道の夜の川は冷たく、サンの酔いもいっぺんに覚めた。
「あーあ、酷い目にあった。ついでに川でおしっこしちゃおうっと」と呑気なケーコ。
「サンもお腹が冷えて・・・」
「お前ら・・・みんな後ろの風呂から見てるからな?」
「・・・」「・・・もう止まらないです」
長年スケベなドモンと一緒にいたケーコと、様々な冒険を経てきたサンは、今ではすっかり野外で用を足すことに抵抗がなくなり、川は水洗トイレのような感覚。
すぐに流せてすぐに洗えるので、なんなら下手なトイレよりも川があればそちらを選ぶほど。
なので頭ではわかっていても、体が勝手に用を足そうとしてしまうのだ。
こうなればもう恥ずかしいものなんて何も無い。
サンはドモンとケーコと一緒に、大いにこの混浴露天風呂を楽しんだ。向こうの世界への懐かしさを感じながら。
一方その頃休憩室のゲームコーナーでは、ナナとシンシアが奮闘中。
少し前まで一万円札の両替に奮闘していたのだけれども。
千円札の両替機に一万円札を突っ込み続けること10分。他の客が気がついてくれなければ、まだまだ時間がかかっていたことだろう。
「どうしてそうなりますの?!もっと手前だと言ったでしょうナナ」
「やってるんだってば!!実際やってみると違うのよ!」
「ならばワタクシに少しやらせてもらえませんこと?」
「やだ!取れたら!!」
浴衣姿の超絶美女のふたりが大騒ぎしているのを、ウンウンと温かい目で見守る男達。
湯上がりにビールを飲みながら静かにくつろぎたいが、このふたりには怒る気にもなれないどころか、なんならずっといて欲しいくらい。
体の保養ついでに目の保養まで出来て、ビールも進む。
「あなた、その無駄に大きな胸のせいでボタンが見えず、反応が遅れているのではなくて?これ!これのせいで!」下からバインバインと持ち上げるシンシア。
「ちょっと揺らさないでよ!ほらまた失敗した!」
「ナナ貸しなさいってば!どうしてワタクシの言うことが聞けないの!?」
「やだやだ離してよ!」
ほどける帯。はだけた浴衣。
全てが丸出しになったにも関わらず、取っ組み合いをしてはナナがクレーンゲームに百円を入れるの繰り返し。
力ではどうしても冒険者のナナには勝てない、非力なお姫様のシンシア。
「来たわ!!これは行ったでしょ!!ウンウン間違いない!!頑張って掴んで!落とさないで!ほら見てよシンシア!」
「それは良かったですわねオホホ」
「やったぁ!取れたわよ!!あれ?なんで太もも??」
景品取り出し口に落ちた人形を拾おうとしゃがんだナナは、自分の下半身を隠しているはずの浴衣がないことに気がついた。
さっきの復讐のために、シンシアがずっとナナの浴衣の裾を持ち上げていたためだ。
最初の時点ですでに脚が全部と、尻たぶのギリギリのところまでみんなに見えていたが、しゃがんだ拍子にフルオープン。
パンツだけは穿いていたのが救いである。
普通のパンツでも、日本サイズの物のほとんどは常にお尻に食い込んでしまうので、普段の生活ではあまり穿かないのだけれども。
「あ、あんた覚えてらっしゃい!!」慌てて浴衣を直すナナ。
「オホホホホ!!楽しいですわねこれ!オホホホホ!!」シンシアは素知らぬ顔でクレーンゲームを楽しむ。
「ほらお嬢ちゃん達、喧嘩しないでこれでも飲みな。お酒大丈夫な歳だろ?酎レモンだけんど。お嬢ちゃん達、日本は長いんかい?わかるかい酎レモン」と気前のいいおじさんがやってきた。
「え?くれんの?知ってるよ酎レモン!今はグレープフルーツの方が好きだけどね。ありがとー」9割は胸をはみ出させたたまま、ゴクゴクと酒を飲むナナ。
「ナナったら・・・ご好意、感謝いたしますわ。ワタクシはこちら大好きですの。出来れば何か口に入れる物もあれば嬉しいのですが」お姫様の上品さを取り戻したシンシア。
「あ、あぁ、今たこわさ頼んだから、それでいいなら食うかい?外人さんの口に合わないかな?」「あんたそんな物を差し上げちゃ・・・」
シンシアから溢れ出た気品とオーラに、瞬く間に圧倒される人々。
『お姫様みたい』から『お姫様だ』と、確信に変わる。浴衣姿だけれども。
「いえ、頂戴いたしますわ。確かドモン様も好んでいらっしゃったものですから、ワタクシも戴こうと思いますわ。ほらナナもお礼を」
「ありがとう!なんだかわかんないけど食べるよ。きっと美味しいんでしょ?」
やってきた小鉢の中のたこわさに、一瞬だけ怯むふたり。
頭の中は「こんなのだったっけ?」の一色だが、割り箸を割って、ふたり同時にエイヤとばかりに口に放り込んだ。ナナは大量に。
「こ、これは食感が少し・・・ん?でもこれはわさびの辛味と相まって、お酒がとても進みますわね。美味しいですわ!」「ボッフォォオオ!?!!」
予想外の反応と予想通りの反応。
床に散らばるたこわさと涙と鼻水とヨダレ。
どちらのものかは伏せてあげたいが、答えは明らか。
「ほらもうあんたはもう~そんな物食べさせるから!大丈夫?お嬢ちゃん」「あぁすまねぇ!」焦る夫婦。
「うびぃぃん!落としちゃったよう~!もったいない~ウゥゥ・・・」
「吐き出したことより食べられなかったことが悔しかったのかい!アハハ、お嬢ちゃんったら食いしん坊だねぇ」
「なんだよほら、そんなことなら俺らも奢ってやるから、好きなもん頼みな!」横にいたグループも急遽参戦。
「ウッウッ・・・これから部屋で食事だから、ラーメンとカツカレーと生ビールとフライドポテトとたこ焼きと、あとたこわさだけでいい・・・ラーメンは味噌と醤油・・・」
「・・・」「・・・」「・・・」「・・・」「お、おぅ・・・」
言葉を失う客達の気持ちを代弁するように、シンシアが「皆様がご想像するように、栄養は全て胸へ向かいますので、ご心配なさらずに」と告げてヤレヤレのポーズ。
これ以上説得力のある言葉はなく、みんな笑顔に。
特にたこわさをあげた夫婦は、ナナの優しさと気遣いに笑いながらも涙を浮かべた。
あのままでは自分達が悪者になっていただろうに、ナナがまたたこわさを食べたいと言ってくれたからだ。
わがままで自分勝手だったけれど、本当は誰よりも親孝行だった娘を思い出す。
「シンシアどうしよう。お腹いっぱい」
「そうでしょうね」
「トイレでウン・・・何かを出してくれば大丈夫だと思うけど・・・うぷ」ぽっこりしたお腹をさするナナ。
「もう殆ど言ってしまってますわよそれ・・・ハァ・・・」ため息と共に、シンシアは7杯目の酎ハイを飲み干した。
クスクスと堪え笑いが聞こえる中、ドモンとサンとケーコも合流。
美女がふたり追加され思わず感嘆の声が上がったが、サンの顔を見るなりガタッと立ち上がった女性がひとり。先程のおばちゃんだ。
「ようやくまた会えたわぁ!サンちゃんといったっけ?ほら何食べたい?それとも遊ぶかい?」
「あ、あの今はその・・・」
ドモンの顔を覗き込んだサンだったが、ドモンがコクリと一度頷き、有り難くご厚意に甘えさせてもらうことにした。
ただしお酒だけは最後まで遠慮。
「取れましたぁ!ではこちらはどうぞ」
「アハハ私にくれるのかい?優しいねぇ。じゃあサンちゃんのは私が取ってあげるかねぇ」
「是非お願いします。その方が嬉しいです」
「良い子すぎるよ、この子ったらもう・・・もう思い残すこともないわハハハ」
「そんなこと言ってはダメですぅ!お孫さんの分まで生きて・・・あ」
「ほ、本当に優しい子だよぅ・・・ウゥゥ・・・」
サンの失言だったが、その気持ちはしっかりとおばちゃんに伝わった。
ここにいる他の者達にも。
この世界の人口が半分以下になった今、殆どの人々がその気持ちを理解できる。
「うわぁ見てよドモン!美味しそう!」部屋に用意されていた豪華の食事に目を輝かせたナナ。
「お前はよく食欲が湧くな」
「今ウンチしてきたし、まだまだ食べられるわよ?」
「汚えよ。てか食欲はそういう意味じゃなくってさ・・・なんていうか、俺がもっとしっかりしてりゃあんな・・・」
「ドモンのせいじゃないってば。あんたが何十億人救ったと思ってんのよ」「そうですわ」「そうね」
「・・・・」「・・・・」サンが一番泣きそうな顔。
その後会話はあまり弾むこと無く、豪華な食事を黙々と食べ進めた。
もちろんとても美味しかったが、会話をすればまた同じ話題になりそうで怖かった。
ドモンを元気づけるためみんなでベランダの露天風呂に入ったが、最後までドモンが元気になることはなかった。色々な意味で。
翌日、更に少し離れた街にあるスーパー銭湯へ向かった一行。
突然現れた美女達に少し騒がれたが、以前のようにSNSで拡散されることはなかった。
ただでさえ人口が減っている上に、札幌よりもずっと人が少なかったためであろう。
街ではみんなでゲームセンターに行き、みんなでカラオケもし、並んでパチンコも打った。
だがどこに行っても残る後味の悪さは、どうしても消えない。
どこへ行ってもこの世界には、ドモンが思う活気がないし、覇気もない。
これでもまだ日本はマシな方で、この世界は笑顔が戻りつつも、すでに破綻しかけていた。
帰りの道中、後部座席でくっついて眠るナナとサンとシンシアをバックミラー越しに見ながら、ケーコが助手席のドモンに問う。
「結局どうするか決めた?総理大臣や大統領に依頼されたあれって」
「あんなもん、俺を実験台にしようとしてるだけだろ」
「そうね。というかそれ以外に何があるっていうのよ」
「治外法権の中で、一から自由に街を作れって、マジでどうかしてるってば」
「でもそれでもあんたにかかってんのよ」
ドモンが世界を救った事実を知る者は、世界でも一部の限られた者のみ。
一気に滅ぶことは阻止したが、世界はゆっくりと滅びへの道を歩んでいる。
そこで白羽の矢が立ったのは、世界を救ったそのドモン本人。
ドモンが今まで異世界でやってきたという、その力に頼ることにした。
・・・とは言っても、世界の政権を任せるわけではなく、北海道のとある一角に試験的に一万人ほどの街を作り、そこを活性化させていく手段を参考にしようとするものであった。
その中ではドモンがルール。それに納得出来る者達だけが住むことが許される。
すべてはドモンの思うままに。
「タバコは当然解禁だけど、あとはカジノでも作って、ヌーディスト村でも作るかぁ。スーパーの店員も客も全員全裸で。アハハ」
「あんたがそうしたいならしなさいな。ま、案外人は集まりそうな気もしなくはないわ。混浴のあの様子を見てたら」
「そのお店、サンが店員さんとして働いてもいいですか?」運転席と助手席の隙間から、ぴょこんと顔を出したサン。
「サン、起きてたのかよ」
その街に入ることは自由だが、街の中で行われたことを外部に伝えることは厳禁。
そうすればドモンの望む街にはならないためである。
コンプライアンスに踊らされたテレビと、同じ道を辿らせるわけには行かない。
はっきり言ってドモンの独裁も可能。だが世界の要人達はそんなドモンを信じている。
あのドモンがそんな事をするはずがないと・・・。
「なんか随分心変わりしたわね。今回の旅で」
「まあこいつらが自由に遊べる街を作ってやってもいいかなと思っただけだ。他のことは知ったこっちゃねぇよ」
こうしてドモンはこの世界に8年をかけ、北海道の森林しか無かった一角に一千万人都市を作り上げることに成功し、異世界へ去っていった。
それをモデルとした街が世界中に作られ、地球の人口がほぼ元に戻ったのはそれから数百年後であるが、当のドモンはそんな事を当然知るはずもない。
以上、幕間と言うよりもほぼエピローグ。また混浴温泉行きたいな。




