第668話
翌日の昼。
闘技場内にも当然トレーニングルームのような場所は用意されているが、基本的に選手のウォーミングアップや村民の憩いの場のような扱いであった。
いわゆる区民センター等に有る、ちょっとしたジムのようなもの。
なのでドモン達は村の中にある、専門的なトレーニングジムのような場所へ向かった。
シンシアは最後まで「そんな事する必要はございませんわ!いざとなればここの方々も味方をしてくれると約束されていたではありませんの?」と猛反対。
「ミレイが命を投げ出すこともない。いざとなれば私達を頼ってほしい。この老いぼれの命など惜しむ理由などない。何より返しきれぬほどの借りを、私達はドモン殿に作ってしまったからな」という審判長の言葉を皆思い出していた。
審判長も魔王の元へとついて行くと言い出していたが、これにはナナが丁重にお断り。
もちろん頼もしいが、それ以上に鬱陶しいし暑苦しい。
「よしここだ。ドモン様ついて来てくれ」
「なんだか嫌な予感がする」
「へ、平気だよ!・・・ちょっとだけ他よりも厳し目かもしれないけれど」ミレイは超小声。
「帰る帰る!絶対駄目なやつだこれ!!」
駄々をこね始めたドモンを肩に担ぎ上げ、ミレイは道場の中へ。
ドアの内側からガシャンガシャンという音と、「ぐぁ・・・」「もう駄目だぁ!」という声が聞こえてきた。
中に入れば、そこには信じられない光景が広がる。
鉄で出来た鎧を着た者達が前転や側転を行っていたり、ナナの長剣が可愛く思えるほどの大剣を振り回しているのが見えた。
「無理無理無理!あれやらせる気か?無理だってば!!」ミレイの肩の上でジタバタと暴れるドモン。
「大丈夫だって!アタイも最初はぎこちなかったけど、すぐに慣れたから!・・・・一年くらいで」最後にボソッとミレイは呟いた。
「知ってるぞ!あれって何十キロもある重たいやつだろ!俺には無理だ!」
「そんなにないよ!せいぜい三・・・十キロくらいだから」
ドモンは思い出した。
中世ヨーロッパのトレーニング方法は、鉄の甲冑を着て行うということを。
2~30キロはあるという鎧を着たまま、重たい剣を何度も振るったり、体操選手のように動き回るというものだ。
「重っ・・嘘だろ・・・重すぎる」
脚は障害のある膝への負担が凄すぎるからとなんとか免れたドモンであったが、上半身と頭に被った兜の重さだけで体が今にも潰されそう。
上半身に30キロの重みが加わり、もう身動きが取れない。
これでピンとこない人は、肩から十キロの米袋を三袋ぶら下げているのを想像してみて欲しい。これでは身動きが取れるはずもない。
ミレイに手を取られ立ち上がったドモンだったが、野球のバット3~4本分の重さと同じである3キロほどの大剣を持たされて一振した瞬間、ドモンは床にガシャーンという音を立て仰向けに倒れた。
「ひぃぃ重い!暑い!サン脱がせて!!」こういったピンチの時は、いつもサンがなんとかしてくれる。
「か、かしこまりました御主人様!今すぐに!」
「え?ちょ・・・」
サンは倒れているドモンのズボンとパンツを脱がせた。
倒れたまま鎧は脱がせられないので、今自分に出来るのはこれだと信じ。とにかく暑さから解放してあげなければという優しさだった。
ドモンは鎧の重さで身動きが出来ず、大事なところを隠すことも出来ない。
爆笑しているアーサーと大魔法使い。ソフィアは両手で顔を塞いで後ろ向き。
「ド、ドモン様、まずは起き上がんねぇと。ほら」手を貸すミレイ。
「そ、そんなこと言ったって無理だって!全然動かないよ!」
「ドモン様・・今ワタクシ、そこを嗅ぎ放題なのですが、宜しくて?」このシチュエーションにシンシアはもう我慢の限界。妄想で何度も繰り返した状況。
「やめろぉ!」
身動きが取れない時に、自分から見えない場所で大事な部分をみんなに見られる羞恥は、入院中ドモンは何度も味わった。
恥ずかしいと思えば思うほど、意識は尚更下半身へ向いてしまう。
「もうみんな何をしてるのよ!今すぐに下着を穿かせるから、ほら腰を上げて・・・あ、あのちょっとあなた、これ小さくしてもらえない?これじゃ下着に収まらないじゃない・・・」ナニかを指で摘んで下着に押し込もうとしたウェダー。
「御主人様ごめんなさい!サンも手伝います!あ、あれ?また出てきちゃう・・・」サンの小さく柔らかな手は、最高レベルの逆効果。
結局最後はソフィアがドモンの大事な部分を氷魔法で包み込み、なんとか治まりがついた。
スッキリしなくちゃすぐには戻らないものだと思っていたナナはびっくり。
ウェダーとミレイに支えてもらいながら、立ち上がる練習をすること一時間。
生まれたての子鹿のように脚を震わせながらだけれども、なんとかひとりで立つことに成功。
ただし膝への負担が凄くて、五分と持たない。
向こうではサンが子供用の鎧、シンシアが女性用の鎧を着て、ドモンと同じように倒れていた。
「私達も少しでも鍛錬致しましょう」というシンシアのアイデアだったが、実際はドモンのように倒れてみたかっただけ。
しかしこれがドモンにとっては効果的で、重い鎧をつけながらガシャンガシャンとふたりに歩み寄り、イタズラをしてはナナとミレイとウェダーに引き剥がされるの繰り返し。
それを三日続けたところ、ゆっくりではあるが、よろけることもなく歩けるようになっていた。
また恥ずかしい目にあっては困るので、トレーニング開始翌日からトレーニング場はドモン達の貸し切り。
アーサーと大魔法使いも出入り禁止で、男はドモンひとりになり、女性陣は更に大胆になっていった。
「ああー、倒れた拍子に下着の紐がほどけて脱げてしまいましたわ。ワタクシとしたことがどう致しましょう。こちらに回られて覗き込まれては大変ですわー」ドモンに背を向け倒れたシンシア。
「よし、今すぐ俺が助けてやるイヒヒヒ」ガシャンガシャンのドモンの足音が、より速くなった・・・気がする。
ドモンにイタズラをされたシンシアが歓喜の声を上げると、今度は部屋の反対でサンが叫び声を上げる。
「あー!サンはうつ伏せに倒れてしまいましたぁ!今御主人様にお尻を見られてしまったら、とっても恥ずかしいですぅ!」サンはなぜか女豹のポーズ。
「ま、待ってろサン!今すぐに下着を脱がして・・・じゃなかった、俺が助けてやるから!」ガシャンガシャンガシャンガシャン!
サンはそのまま天国へ。
あまりにも恥ずかしいドモンのイタズラに、ミレイとウェダーも思わず両手で目を隠した。
実はこのふたりのアイデアであったが、ドモン達はすべてが『やり過ぎ』であった。
「ちょ、ちょっとどうして私だけ男用の鎧なのよ!しかも胸だけ出てるってどんな鎧よ!!」ひっくり返って叫んだナナだったが、ナナだけは自分も予想外の展開。
「仕方ないじゃない。女性用の鎧でもその胸じゃ入らないし、男用の鎧の胸当て部分を外して装着するしかなかったのよ」とウェダー。
ナナもやりたいと言うので特別に誂えてもらった物だったが、実際今着てみると、重くて動けないわ恥ずかしいわでナナも大混乱。
大きな胸だけが鉄鎧からハミ出ている様子は、女性から見てもあまりにも卑猥で、ミレイもウェダーも変な気持ちに。
「キャッ!う、動けな・・・誰か!ドモ・・・いやドモン以外の誰か助けて!ドモンはダメ!絶対よ!」仰向けに倒れ、上向きにポコポコと飛び出したナナの双丘が危険信号である警笛を鳴らす。触らせるのと触られるのでは意味が違うのだ。
「うおぉぉぉ!!ナナぁ!!」
ガシャンガシャンガシャンガシャンガシャン!!ドモンがここまで走ったのは、ジャックの母を助けた時以来か?
「ヤ、ヤメなさいドモン!ヤメて!あん!!私今動けないのよ?!ねぇお願い!頭も体もおかしくなっちゃうっ!!おほぉぉおおお!!ピャハハハハ!!!オウッ!!!」
「そらそら!揉み揉みコチョコチョまた揉みぃ!縦縦横横丸書いてチョンで指をブスッと!アハハハ!」
ナナを助けたいのは山々だが、思わず自分の胸を隠して身を捩る女性陣。
ドモンはこんな事で『エルフの秘薬』が、自分に効いていることを実感。
もちろん完全に障害が無くなったわけではないけれど、この世界に来た当時くらいには回復し、膝を支える筋力もついた。
望んでトレーニングをしたわけではなかったが、結果的にドモンに力と心の余裕を持たせることになった。