第658話
「技は実践的なものから、まあちょっと盛り上げ技というか、もちろんそれも効果はあるんだけれど・・・というわけで・・・」
「フムフム」「ほぅ!確かにあなたが審判長にかけた技は、技に入る時の動きに見ごたえがありましたな!」
「師匠、打撃技について聞きたいことが」「おい、こっちが先だ!絞め技について私は聞きたい」「私にもお願いします!私には華麗な蹴り技を!」
体育館のようなホールに集まり、パーティーが始まった。
素手で大猪を倒してくるような猛者ばかりなので、会場の食べ物は肉、肉、肉。そして酒。
ナナは大喜びで肉に食らいついていたけれど、ドモンは会場に着くなり質問攻めに。
ドモンがテレビで見ていた近代格闘技の技は、この世界の格闘家にとってどれも新鮮で、まるで金銀財宝を見つけた海賊かのよう。
我先にその技を習得しようと、ドモンに説明を聞いては隅の方で実践を繰り返し、ああでもないこうでもないと嬉しそうに汗と血を流している。
「踵落としってのは知ってるか?前蹴りのように脚を振り上げ、そのまま頭から肩辺りへ踵を落とすんだ。違う違う!両脚がこう一直線になるくらい真っすぐ伸ばしてから・・・」
「はい師匠!このくらいですか?」左脚を高く掲げる美人女性格闘家。
「そう!デヘヘ。下着の隙間から具がハミ出すぐらい・・・じゃなかった、相手に自分の腿の裏が見えるくらい振り上げてから落とす。それも外回しと内回しってのがあるんだよ」
「なるほど、ありがとうございます!ところで具というのは一体??」戦闘用の短い腰巻きだった上に、女性の下着は緩かった。
「さっきから女性ばかり優先してるじゃないですか!」「こっちもお願いしますよ師匠!」
一時間ほど経った頃、脚を引きずり肩を借りながら審判長がようやくやってきた。まだとても辛そうだが、なぜだか顔はやけに晴れやか。
審判長がドモンの姿を探すと、ちょうど会場の真ん中で、大勢に囲まれつつドモンがナナに技をかけようとしているのが見えた。
「あれは何を争っておるのだ?」と審判長は不思議そうな顔。
「はい。腕ひしぎ十字固めが本当に痛いのか痛くないのかと言い争いになったようでして・・・」
「何を言っておるのだ。私がドモン殿にかけられた技と同じように、到底痛みに耐えられる代物ではないはずだぞ?私は腕が伸び切る寸前に引き戻すことが出来るが」
「ドモン様もそうおっしゃられていたのですが・・・」
この世界にも腕ひしぎ十字固めはあった。
相手の上腕部を自身の股に挟み、骨盤を支点として腕を引っ張って、相手の肘の関節を逆側に極める技である。
古代から伝わる伝統的かつ基本的な関節技であり、ノックアウトと絞め技以外では、昔はほぼこの技で勝負はついていたと文献にも残されていた。
「ぜ~ったい痛くないもんそんなの。だって私ほら、肘が反対側にもこんなに曲がるんだから」いわゆる猿手や猿腕と呼ばれるものを見せたナナ。
「だーかーら!それ以上に曲げたら絶対痛いって言ってんだろさっきから!」「そうだそうだ」格闘家である観客達も流石にドモンに同調。
「私が少しでも痛いとか叫び声を上げたら、ここで裸踊りでもなんでもやったげるわよ。そのかわりドモンが負けたら、この場で温泉宿で貰ってきたお尻の穴の薬をサンに塗ってもらうこと!わかった?」
「おぅ俺だって何だってやってやるよ!あとで文句言うなよナナ!」
ドモンとナナの争いは、いつしか賭けにまで発展。
だがその賭けの殆どがドモンの方で、ナナに賭けたのはごく少数。ミレイと薬草を手に持ったサンはナナを応援。
男尊女卑ではないが、ほとんどが格闘家であるため、男女の体格差によるハンデはどこの誰よりもよく理解していて、こればかりは仕方のないことだと思われていたし、だからこそ女性は審判長との闘いを許されていなかったのだ。
ミレイはミレイでそれを打破しようと必死に努力し、あと一歩というところまで来ていた。女性格闘家達の希望の光。
「女がいくら鍛えたって、男女の体格の差はどうしようもないのさ。あとあんたみたいなデブもね」と引き締まった身体の小柄な女性。
「ひでぇな姉貴。俺のはただのデブじゃねぇってば。まあ・・・親父に一生認められるはずないだろうけどな」審判長よりも少しだけ身長が低い巨漢がヤレヤレのポーズ。
戦う上で一番大切なのは、鎧のような筋肉を身に纏うこととされていた。つまりヘラクレスのような身体である。
この姉弟の姉の方はミレイの体つきとは違い、全体的に引き締まってはいるものの、女性らしさも残したアイドルレスラーのような体型。
弟の方は上半身から下半身まで肉付きが良く、どっしりとした体型。
「お前達もよく見ておくんだな。ドモン殿はああ見えて、関節技の天才だ。勝負は一瞬で決まる」と審判長。
「あんなおっさんが親父を降参させただなんて信じられないな」「女だから仕方ないね」審判長の横に並んだ姉弟。
ドモンが寝転がったナナの右腕を股に挟み横になり、左脚をナナの首の辺りの上に、右脚を胸の上に乗せて腕ひしぎ十字固めをかけようとした。
・・・が、結果を先に言うならば、ナナにその技は本当に通用しなかった。