第652話
「口づけをすればいいだけの話なのっ!もうバカ!」
「だって長老が分泌物とか体液とかって言ったから・・・俺はてっきりそっちの方かと」
「うぅ恥ずかしい・・・男の人どころか、他人にこんなとこ見られたの初めてよ!もうお嫁に行けない!」
「ま、まあほら、お陰様でなんか色んな物大量に摂取出来たみたいだし、体調もすっかり良くなったよ。床に撒き散らしたこれをビンに入れて持ってけばいいんだな?」
「あーもう死にた~い。唾液を一滴小瓶に入れて、水で薄めるだけで良かったのに・・・」
それがエルフの秘薬の秘密。
処女のエルフの唾液を数百倍に薄めたものなんかで人間は奪い合いをして戦争を起こしていたのだから、なんともバカバカしい話である。
もし直接口づけを行ったならば、相手が人間の場合、寿命は数百年伸びる。
そしてドモンと同じ事を行ってしまった場合、エルフと同じだけの寿命を得られるだろう。
しかし残念ながらドモンは人間ではなかったために、そこまでの効果は得られなかったが、それでも一年の寿命を得ることは出来た。
エルフよりもずっと格上であるグレーターデーモンの命ですら伸ばせるのだから、その効果は絶大だと言える。
「最低!最低!最低!絶対に一生許さない!ほら汚れた髪の毛も洗うから座りなさい」
「ごめんって。いやぁそれにしても透き通るような白いお股・・・じゃなくて肌だなぁ」
「ほら目を瞑りなさいってば!泡が目に入るわよバカ!」
すっかり開き直ってしまった今、エルにもう恥ずかしさはない。
車内のシャワーをふたりで浴びながら、延々と愚痴をこぼし続けた。
「私はね、最低でも数十年、あなたが生きている限り結婚もするつもりはないし、誰かとお付き合いをする気もないの。この体を守り続けるために。その覚悟であなたに唇を捧げたの」
「えーそりゃ重いな」
「うるさい!なのにこんなこんな・・・もうどうしてくれるのよ!何年も何十年も、体が満たされないまま我慢しなくちゃならないんだから!さっきみたいなの覚えちゃってうぅぅ・・・」
今まで何十年も誰かと結ばれることを夢見ていたのに、これから更に何十年もそれが叶わない事が決定したのだ。
しかも知らなくてもいい快楽まで知ってしまった上で。
愛した男は三人の妻達相手に、我慢もせずに好き放題やるというのに。愚痴がこぼれるのも仕方のないことだろう。
「こ、これからきっとエルフ達も赤ちゃんを産むだろうし、その時はエルとズッポシ出来るよ多分」
「それじゃ別の娘と口づけするってことになるじゃないの!それよりあなたのその寿命の方をなんとかしなさいよ!わかった?!」
いくつもの小瓶を抱えたふたりが皆の元へ戻る。
これが無くならない限りは、ドモンの寿命の心配はない。
「これが噂のエルフの秘薬なのか?なんだか少し黄色いんだな」とミレイ。
「あ、あぁ。大昔に人間の間で奪い合いになったものは、これを数百倍に薄めたものなんだそうだ。お前達の事を信じてるから言っちゃうけど、これをもし人間が飲めば、エルフと同じくらい長生きできるそうだ。まあ瓶に入れた時点で、効果は薄まるみたいだけども」「・・・・」
驚きの効果の話で、なんとか何かを誤魔化したドモン。
エルは無言で真っ赤な顔。
「え?嘘?!ちょうだいちょうだい!一本ちょうだい!」ナナが予想通りの反応。
「だから駄目だっての。誰かをえこひいきしたりすれば、きっと俺も私もって奪い合いになるだろ?そうならないと信じてお前らに秘密を打ち明けたんだから、裏切るような真似はしないでくれよ」
「ちぇ!ドモンだけズルい」
「残念ながら普通の人間ではない俺にはそこまでの効果はなかったみたい。ただこれがある限り延命は出来るし、エルが今のままいてくれる限り、すぐに死ぬ心配はなくなった」
ここでエルフの里で何があったのか、今抱えている問題が何なのかの説明もし、全員が現在の状況をようやく把握。
比較的近くに棲んでいるサキュバス達もここに呼び事情を説明。大喜びでドモンとエルからの提案を受け入れた。
「ありがとうございますドモン様!いえ、救世主様!」サンと同じくらい小柄で可愛い男の子が頭を下げた。
「サキュバスってそういや男もいたんだっけ。男の場合はインキュバスだったかな?遊びでうっかり女に赤ちゃんが出来ちゃった時に『浮気じゃない!夢の中でインキュバスに犯されたの!』と言い訳に使われてるとかって」ドモンも知っている有名な話。
「はい・・・実際にはそんなことをしてはないのです。何せ僕達には生殖能力はないのですから。なのでメスであるサキュバスが人間から精を受け取り、繁殖しているのです。僕達は本来そのぅ・・・サキュバスが人間の男性の精を奪っている間、その男性の恋人や奥さんの相手をして時間稼ぎをしたり・・・」
「男が浮気してる間、女の浮気相手になるのか。どっちも浮気した後ろめたさがあるなら、お互いに変に追求することはないもんな」
「そういうことです。ただ今は普通に恋愛しながら子を残すのが普通で、僕達の出番はほぼありません」
「へぇ~なるほどね。それにしても見てよドモン、この子のアレ・・・左脚の膝の辺りまでズボンが膨らんで・・・女の子みたいな顔してるのに」
女性達は皆最初から気になってはいたが、最初に口に出したのはナナだった。
「やめてください!僕そんなのじゃないんです!」慌てて隠すも、小さな手じゃまるで隠しきれず。
「なんだこれ??俺もこんな奴飲み屋や銭湯で何度か見かけたけど、それよりもずっと凄いぞ。どれ本物なのか?」ホニホニと手で感触を確かめたドモン。
「あんっやめてよぅ!僕おかしくなっちゃうぅぅ!らめらめらめぇ~!!・・・あうっ出ちゃ・・・おんっゴメ・・ンナサ・・イ」
「可愛い」「可愛いですわ」「可愛いです」「可愛いな」「可愛すぎ」「可愛くて頭が変になりそうだ」「私はドモンだけドモンだけドモンだけ・・・」
涙目で懇願するようにドモンにしがみつくインキュバスの男の娘、いや、男の子。
そのあまりの可愛さと淫靡さに、男性陣も女性陣も思わずツバを飲み込む。
清楚で真面目なサンですら妙な衝動に駆られる中、エルだけが必死に自制心を働かせていた。
「僕達力がなくて女の子にも負けちゃうから・・・」「それに今は女の人だけじゃなく、男の人からも意地悪されちゃうんです」必死に訴えかける他のインキュバス達。
全員に『そりゃそうだろな』と、なんとも言えない顔をされていた。
「じゃあエル、こいつらのこと頼むぞ?見ての通りお前らよりも弱い存在なんだ。オーガはあとでここへ来るように伝えておくから、その時は迎え入れてくれ。一応俺からの手紙を持たせるようにしておくから」
「わかったわ。ドモンの手紙を持っているオーガを通せばいいのね。里のみんなにも伝えておく」
「色々落ち着いたらまた来るよ」
「その時は他のみんなも歓迎するわ。とりあえず今は山の向こうへ行くんでしょう?迷いの森を抜けられるようにしておくから、森を抜けたら右側へ迂回して。そこから山の向こうへはすぐよ」
「ありがとう。またな」
本来ならかなりの遠回りを強いられる場所なのだが、エルのおかげで近道が出来るようになった。
「あの山の向こうは、ミレイの村があるところだよね?」とアーサー。
「ああ、ちょうど通りかかるかも知れないな。ドモン様を鍛え・・・紹介したいから少し寄っていこうよ」とミレイは屈託のない笑顔を見せた。




