第649話
「これがミネストローネ、そしてこれはスープとは少し違うけど、ポテトグラタンってものだ」
「ドモーン、コンソメスープで煮たとうもろこしを全部擦り終えたわよ~。これにミルクを加えたらいいのよね?仕上げの塩コショウはお願いよ」
「そうそう。これでコーンポタージュスープももうすぐ完成だな」
みんなに料理を指南している内に、コツをぐんぐんと吸収したエルがアシスタントとなって、手際よく料理をしていく。
他の女性達も手伝いに参加し、次から次へと料理が出来上がる。
味見をしては感動に打ち震える一同。
なぜ今まで野菜を煮ただけの塩味のスープしか作らなかったのか?と、揃って首を傾げた。
これを知った限り、もう元には戻ることが出来ない。
それが悪魔からもたらされた、依存性のある麻薬的なものであったとしても、一度受け入れてしまえば受け入れ続けるしかない。
この幸せは逃がせないし、逃さない。
「信じられん。この世にこんな美味いものがあるなんて」
「だからワシも早くドモン様に来ていただいた方が良いと言っておったのだ」
「ちょっとあなたどいてちょうだい!今忙しいのよ」
「うちの人なんて最後までドモン様に来ていただくのは反対していたのよ!なのに見てよあれ!作ったもの全部食べてるんだから」
気づけばエルフの里の住民達が全員集合。
ドモンは「なんだかジャングルの孤立部族との接触みたいだなぁ」と笑顔で頭を掻きながら、いくつかのレシピを借りたノートに書き記していた。
「こっちももう仕上がるわよエル」「ニンジンが足りないわ!それとトマトを湯剥きするためのお湯を沸かしてちょうだい」
「ドモン!こっちのスープの味を見てちょうだい・・・ってあれ?この忙しいのにどこに行ったのあの人ったら!またタバコでも吸いに行っちゃったのかしら?もう勝手な人ね。ごめんねみんな」
ドモンがいないことに気が付き、お玉片手に頬を膨らませたエル。
全員が全品をきちんと食べたいなどと言いだし、キッチンに居る手伝いの女性達はてんやわんや。
だが忙しくとも皆笑顔で、充実した表情。
エルフ達は女性ばかりが料理をする必要はないという考えで、男女交互に作るのが今までの常識であったが、『お腹をすかせた男性に、とっておきの料理を振る舞う』という女性としての幸せに、今生まれて初めて目覚めていた。
そして男性達はそんな女性達に、胸の高鳴りとときめきを感じた。お腹が膨れたら、すぐにでも妻や恋人を抱きしめたい気分。畑仕事にも精が出る。
「ドモン遅い!まだ帰ってこないの?!まさかあの人どこかで女の人と!」
「もう怒らないのエレンミア。お手洗いかもしれないじゃない。それにここにドモン様が作り方やお料理のコツを記してくださってるから、それを見て作りましょう」と母親。
それから三十分。ドモンはまだ戻ってこなかった。
ドモンが書き記したレシピの三枚目の裏側に、長老宛てのメモが添えられていたことに気がついたのは、それから更に十分後。
そこにはこう書いてあった。
『長老へ
俺が王様にエルフの秘薬なんてものはなかったと世間に広めてもらうようにするから、きっともう狙われることもないと思う。
エルフの秘薬だと思っていたものは、実はドラゴンの尿から作ったハイポーションだった上に、エルフ最後の処女は悪魔に奪われたとでも伝えておくよ。
少子化の件は、人間がエルフと付き合う場合、国王の許可が必要とすることにしておく。暫くの間はな。
あいつは人の見る目だけはあるからさ、きっと上手くやってくれるよ。
スケベな事に関しては、その筋に通じる奴らとここへ来る前に知り合ったから、そいつらを迎え入れてやってはくれないか?サキュバスなんだけど、根は素直でいい奴らなんだ。
そいつらさえいれば、きっと夜のお楽しみも増えることになるぞ。
で、そいつらも人間に狙われているから、ここで守ってやってほしいんだ。
ついでに里の守り神として、信頼できるオーガも寄越す。そいつらがいれば里も安全だろう。
あと迷いの森に良さそうな人間が迷い込んできたら、俺が教えた料理でもてなしてやればいい。
ズッポシやってドンドンエルフ増やせよワッハッハ!
じゃあエルによろしく言っといてくれ。好きな人と結ばれることを祈っていると』
長老がメモを読み終えると、エルフ達からワッと歓声が上がった。
ドモンが去ったのはすぐに分かる内容だが、今はそれよりも自分達の未来が保証されたことへの喜びが先。
これで若い女性のエルフも、王都観光などが可能となるだろう。
長年悩み続けていたことがたった一日の内に全て解決し、「やはり神の使いだったのではないか?」「神そのものなのでは?」などと歓喜するエルフ達を横目に、エルは泣きながら家を飛び出した。
この暑い中、すき焼きの味を整えていて熱中症で普通にダウン。
一日中乗り物酔いしてるみたいな気分だった。