第636話
「こんなの初めてよ。あなた達もほら」
フォークで妹達の口へお好み焼きを運んだ姉。
顔を見合わせ、目を丸くする妹達。
「初めてだったかハハハ。まあ俺も初めて作ったからな。なにせ魚系の出汁がなかなか手に入らな・・・」
「初めて人間に優しくされたわ。初めて人間を信じられた。そして初めて人間を・・・ウフフ」
「私達をイジメない人間!」「そうそう!少し意地悪されたけど違ったみたい!」
「そりゃ流石に大げさだよ」
思っていた以上に感激するサキュバス達に、今度はドモン達が困惑。
先程よりも更に詳しく話を聞けば、弱いゴブリン達が受けていた酷い仕打ちと同じくらいの仕打ちを人間達から受けており、サンが泣き出すほどだった。
討伐され続けたゴブリンと、騙され続けたサキュバス。
「私の親友はある人間と恋仲になり、結婚の約束までしてた。その日も愛する男と一夜を共にし、朝目覚めたら縛られて見知らぬ男達に犯されてたって聞いた」
「酷い・・・!」「酷いですわね」
姉の話に涙が止まらないサンを抱くシンシア。
「その後この森にやってきた別の人間に話を聞いたらこう言ったの。『ああ、あの便所か。もうとっくに死んだよ』って。まあそいつも私達を捕まえに来た奴隷商だったんだけどね」
「!!!」「うぅ!!」「なんてことを・・・」
「でも死ねただけまだマシさ。中には上半身だけを壁に埋められ、死なないように精だけを与えられ続けて生きている仲間もいるってさ。私らは食事を取らなくても、人間の精さえ受けてれば生きながらえることが出来るからね。お腹は減ったままだけども」
「なんだって!?」「酷いじゃない!!」立ち上がるアーサーとソフィア。
「あっちで言うとこの『点滴』みたいなもんか。俺もこの世界に来る前に病院で十日以上絶飲食したけど、あれはきつかった。点滴で命を繋ぐってのは、腹が減らなくて平気になるんじゃなく、腹が減っても死ななくなるだけで、空腹感はそのままなんだよ」とドモン。
「・・・」「・・・」「・・・」
その話に思わず皆言葉を失う。
「食いたくても食えない。飲みたくても飲めない。両腕点滴だらけで身動きも出来なくて、背中が掻きたくても掻けないんだ。下半身に管を入れられ、小便も勝手に垂れ流しの生き恥。それより何より恐ろしかったのが、それがいつ終わるのかもわからないことだった。でもそんな俺なんかよりも、もっと苦しんでるだろうな」
「・・・助けてください」「助けてお願い」「助けてあげて欲しいのグス」
ドモンによる、あまりにも生々しい体験談。
サキュバス達もそこまでの想像は出来ていなかった。
自分達の仲間の苦しさをこれ以上にわかってくれる人はいない。
そして頼れるのは、もうドモン達しかいないとサキュバス達は考えた。
「はじめから俺はそのつもりだよ・・・なんて小説の主人公みたいなこと言いたいところなんだけどさ。俺に出来る最善は尽くすけど、どうなるかは正直わからん。なにせ俺も寿命が迫ってて、早いとこエルフに会わなきゃならないんだ」
「そんなぁ」「そっちはそっちで大変だってことか・・・」「え?!だから迷いの森なんかに」
「とにかくさっき渡した手紙を憲兵か騎士にでも渡せ。そうすりゃさっきのズボンも高く売れるだろうし、お前達の手助けもしてくれるはずだから」
「え、えぇ・・・ありがとう」
それでどうにかなるとはとても思えないサキュバスの姉。
そもそもが人間をそこまで信頼していないし、その中でも騎士は一番の天敵でもある。
とても味方になってくれるとは思えなかったが、ドモンのその気持ちだけは受け取った。
お好み焼きを堪能した後は女性達の好意により、サキュバスと女性達が一緒にお風呂に入ることになった。
ドモンのせいで何かと汚してしまったため。中でも一番汚してしまったのはなぜかサンで、理由は秘密。
そして今度は覗き・・・ではなく見張りもなしで、男性陣は車の中で酒盛りするハメに。
「まあそりゃ・・・結界魔法も発達するはずよねぇ」とナナ。サンと下の姉妹二人は、すべり台ではしゃいでいる。
「えぇ。攻撃ったって精を奪う以外、淫夢を相手に見せて発情させたり、性欲を高める香りを出したり、あとはせいぜい相手の感度を上げたりすることくらいしか私達には出来ないからさ・・・」
サキュバスがもし人間と戦闘かなにかになったとしても、男を喜ばせるようなことしか出来ないため、守備魔法や幻覚魔法などが進化していったのだ。
だからこそ人間と共生することを選び、そして裏切られた。
「感度を上げる?!それは興味深いですわね。た、例えばよく小説などで見かけるような『感度三千倍』のようなことも可能なのかしら?」様々な大人用の小説を読んでいるシンシアは、内心ドキドキ。
「何をバカなことを。三倍程度でも正気を保てないほどなんだよ?想像してみなさいな。三倍の力や速さで、一番敏感なところをイジられたり擦られたりすることを。それが全身なんだから、三千倍なんてことになれば即死さ」ヤレヤレのポーズをするサキュバスの姉。
「あんた達も知ってるはずさ。スッキリした瞬間からしばらく体が敏感だろう?触られれば苦しいくらいに。あれで倍程度なんだよ」
「あー」「あー」「あー」ナナやシンシアだけじゃなく、ソフィアもこれには納得。ミレイは呆れ顔。
「まあどんなものか、試しにサンにこっそり三倍くらいの魔法かけてみてよ」スケベで悪い顔のナナ。
「ナナおよしなさい!ただでさえあの子はまだ身体が未発達で、元からとても敏感なのですわ。そんな事をすればまた白目を剥いて・・・・やってしまってくださる?」話の途中から悪い顔になったシンシア。
「声が漏れないように、音を遮断する結界張ったわよ」大賢者による防音室設置完了。
「仕方ないわねまったく。どうなっても知らないよ!」
その後サンに何が起こり、どうなったのかは男達には知る由もないが、ただただサンがご立腹のままビニールプールの掃除をしているのだけは確認できた。
他の女性陣は、水魔法や浄化魔法だけでは臭いは取れず、車の中でシャワーを浴び直し。
そんな事をしている内にすっかり夜も深まり、この日はいくつかのテントに分かれ就寝することになった。
完全に意識のある状態のまま、十日以上の絶飲食はかなりの地獄。
その上定期的に内臓が叫ぶほど激しく痛み、鎮痛剤で耐え続けなければならなかった。
その時いつか書こうと思っていたのが今回の話。
頭蓋骨を叩き割られても声を上げないけれど、この時ばかりは叫んだ。骨折なんて蚊に刺された程度の痛み。膵臓が溶けるとほんとヤバイので注意。