第620話
ドモンとナナが体育館くらいの大きさの大宴会場へ食事に向かうと、百名以上の客達がおしゃべりをしながら酒を飲んでいた。
舞台の上では大道芸人風の男と助手らしき男が、場を盛り上げようと必死になってジャグリングのようなことをやっていたが、殆どの人がそれを見ること無くおしゃべりを続けている。
「頑張っているのになんだか可哀想ね」と大きな声で、テーブルの向かいに座るドモンに語りかけたナナ。
「拡声器を使ってても声が届かないほどうるさいしなぁ」
そうは言ったものの、結局ドモンとナナもやっぱりおしゃべり。
周りからも同じような意見がチラホラと聞こえていたが、その声すらも舞台上のふたりにとっては雑音だ。
「筒の上に板を置き、その上に更・・・板の上で・・・ナイフをつぎつ・・・の声援があればきーっと・・・」
全く話を聞いてくれない様子に、寂しそうな笑顔を見せた助手。
もしこの男が校長先生ならば、五分ほど黙って立っていただろう。
もうこれ以上は無理だと思ったのか、長身の男と助手は一度ウンと頷き合い、舞台上で芸を始めた。
筒の上に板を乗せ、更にその上にまた筒を置いて板を起き、その上でバランスを取りながら、助手が投げるナイフをキャッチしてジャグリングをするという見事な芸だった。
まばらに起きた拍手もおしゃべりにかき消され、その芸はぬるっと終了。
そして次の演目で事件は起こった。
「続いてはこの大玉に逆立ちで乗りながら、両足の上に私を座らせる難しい芸です。かなり危険な芸ですが、成功したらば拍手願います!」
木で出来ているのか、ゴロゴロとやけに硬そうな大玉に逆立ちする大男。
背が高いのもあってこれだけでも大迫力だが、タイミング悪く新たなワインやエールが運び込まれ、殆ど見ていた者はいなかった。
ドモンとナナすら一度目を離してしまったくらい。
「さあ行きますよ!皆さんご注目!!」
ふたりにとって自慢の芸であり、一番の見所に思わず声も大きくなる。
逆立ちした大男の足の上に小さな男が腰掛け、クルクルと回転させるというもので、迫力がありつつも非常にコミカルで、街ではいつも大きな拍手とたくさんのおひねりをもらう芸だ。
これならばきっと拍手を貰えるに違いない。注目を浴びるに違いない。
そう願いながら「ハッ!!」とポーズを決めた瞬間だった。
「さっきからつまんねーんだよ!」「うるせえな!」
空になったワインの瓶が二本、同じ場所から舞台に向かって飛んでいった。
そしてその一本が大男の胸辺りに直撃し、あっという間に崩れ落ちた。
「やりやがった!!」「大変!!」
大男の方は崩れただけだったが、小男の方は首から背中にかけて舞台に強打。
ピクリとも動かず、思わずドモンとナナも立ち上がり駆け寄る。
その間にももう一本、容赦なく瓶が飛んできたが、幸い誰にも当たらずに済んだ。
「おい大丈夫か?!手足や指先は痺れてないか?動くか?!」と問いかけるドモン。
「うぅ・・・」
「ドモン、打ったのは背中よ?!」ナナは何も出来ずにオロオロ。その内近くにいた人もぞろぞろと集まってきた。
「首や背中を強打して脊髄を損傷したりすると、身体が動かなくなる場合があるんだ。そうだナナ!さっきの回復魔法を使えるおばさん呼んできてくれ!あと他に回復魔法使える人はいないか?!」「探してくる!」
「回復魔法は修練を積んだ人じゃないと使えないから滅多にいないのよ」と側にいたおばさん。どうやら医者と同じくらいかそれ以上に貴重な存在なのだと、ドモンはこの時初めて知った。
幸い先程の女性はすぐに見つかったのと、従業員の中に回復魔法を使える者がいた。
ドモンの指示通り首と背中を重点的に、且つ全魔力を投入して回復魔法をかけ続けた結果、倒れた小男の指先がピクリと動き、なんとか回復。
その代わりに魔法をかけ続けた女性は、気絶するように眠ってしまった。
ドモンは自分とカールの名前を出し、この女性と夫に最高級の食事と部屋を用意するように従業員に頼んだ。
向こうでは瓶を投げた男達相手に、ひとりのおじいさんが大立ち回り。
見れば先程風呂で会った元騎士の屈強なおじいさんで、若者達が数人でかかってもまるでびくともしない様子。
野次馬達は酔った勢いで「やっちまえ!」だの「追い出してしまえ!」だのとエキサイト。
もはや宴会場は収集のつかない状態になり、騒然としていた。そんな時だった。
「すみませんでしたっ!!」
大声で叫んだ小男。その横で「兄さん!」と叫び、泣き続けている大男。
宴会場は静まり返った。