第614話
高級宿の利用客は、流石に高級を謳うことだけあって、一般庶民の利用客はほぼ皆無。
なにせ一番安い部屋でも、一泊一名金貨一枚以上から。
だが当然ドモンらは、半永久的に無料で利用が可能。
ドモンはオーナーではないが、ある意味作った張本人でもあり、ホークとエイを紹介した功績もある。
ドモンがいなければ、高級宿をこの街に作ることなどあり得なかったのだから。
「お待ちしておりましたドモン様!ようこそ当宿へ!」「いらっしゃいませ!」「い、いらっしゃいませ!」
「ああどうも」
やや緊張の面持ちの女将と従業員達総出でお出迎え。
普段貴族どころか王族をも相手にしている百戦錬磨の従業員達であるが、この高級宿の立案者であるドモンだけは別。
このドモンが「なんか違う」と言えばそれで終わりだからだ。
例えるならば、海外に有名人や首相クラスがやってくるような高級寿司店をオープンし人気店となったとしても、本場日本の寿司職人がやってきて「偽物だ」と言えばやはり格は落ちる。
やってくる者達はそれが本場の本物だと信じて、ここにやってきていたのだから。
いくら本人達が精一杯努力をしていても、それだけはどうにもならない。
その点で言えばドモンが出した『ナポリタン』も同じことが言えるのだけれど、この二つには決定的な違いがある。
高級か庶民向けか?の違いだ。
本場の人をも唸らせるものを提供してこそ、高級でいられる。
もし偽物だとなれば、ホークやエイも協力をやめてしまう可能性もある。
この宿に勤める者達は、ほんの一握りの選ばれし者達であり、支払われている賃金も桁外れ。
客から受けるチップだけでも、一日で一般庶民の年収を超える場合もある程。
それがドモンの「なんか違う」で終わるのだから、緊張もするし必死にもなる。
「おお、綺麗な着物だね女将さん。着付けもバッチリだよ」
「あ、ありがとうございます!突然大変不躾な質問ですが、なにか不備はございませんでしょうか?」
「え?そんな玄関でいきなり言われても・・・じゃあちょっと後ろ向いてみて」
「後ろ?でございますか?」「はい」「はい」
不思議そうな顔をして後ろを向いた女将と従業員達であったが、何故か横にいたサンまでくるりと後ろ向きに。
しっかり者のサンだけども、たまにやらかす天然行動が可愛い。
ドモンに「サンは違うよ」と言われ、赤い顔をしてちょこちょこともう半回転して元に戻った。
「うーんこれは・・・」
「な、なにか問題がございましたでしょうか?!」焦る女将。
「あ!これは下着ですね御主人様!皆様、着物を着用する際には下着の線が見えてはいけないと決まりがあるため、下着の着用は厳禁なのです!」右手の人差し指をピーンと立てて、嬉しそうに説明したサン。
「そ、そうでしたか!それは失礼致しました!」「すぐに脱いでまいります!」「申し訳ございません!」
「い、いや、女将がノーパンとか大人の何かの映像でしか見たことないんだけど・・・確かに目立ってはいるけどTバックとかその・・・」
どこかへ走り去る女将と従業員達の背中にドモンが語りかけるも、もう誰も聞いてはいなかった。
すぐに戻ってきた皆は、はっきり言って全員がボン・キュッ・ボンの外国人体型で、着物を着用しているとはいえあまりに卑猥。
しかもなぜか上半身の下着まで脱いできたようで、何人かは胸の先っぽがはっきりと分かってしまう始末。
「え、ええと・・・一応着物の中を確かめてもいい?なーんて・・・」ドモンは場を和ませるつもりで言った冗談だった。
「は、はい!それが来客者様への礼儀なのでございますね?」「ど、どうぞ」「ご覧になってくださいませ・・・」
「え?いいの?!じゃあ遠慮なくお尻から・・・ウホホこれは見事な菊の穴、じゃなくて菊の花イテッ!!」
「そんなわけないっての!この人の言う事まともに聞いちゃ駄目だよ!まったく・・・」
女将の前で跪き、着物をペロッと捲ったところでドモンはエイに殴られた。
「ホホホ、女の尻を覗いて菊の花とは、相変わらず良い趣味しおって」とひょっこり現れたホーク。
「おうホクサ・・ホークも久々だな。元気でやってるか?」格好悪いところを見られ、ドモンは少し罰が悪い。
「お前さんが来りゃ元気も出るってもんさ。もう今絵が描きたくてしょうがないわい」「ま、確かに創作意欲は湧いたさね」
「この女達の絵をか?じゃあ俺らのことなんていいから、女将らもホークに協力してやってよ。多分これから国宝が生まれるぞ?」
「は、はい!」「かしこまりました!」
その後、着物姿の女達の絵が出来上がるのかと思いきや、二人合作の『菊の絵』という名の素晴らしい作品が発表されることに。
その作品を生み出すために、女将と従業員達が鬼のような羞恥地獄を味わうことになったことは知られていないし、当然ドモンも知る由もない。
女将らに触発されたサンは、早速自分も浴衣に着替えに向かった。
ドモンはその間、この日の宿泊客である数名の顔見知りの王族や大臣達と、その場で知り合ったその他の客を集めて少し話をし、サンの願いが叶えられることになった。