第611話
「あなた、朝ですの。そろそろ帰りますわよ~」
「う、うん・・・まだそれ着てるのか。また我慢出来なくなっちゃうよ」
「ウフフ、サンが待っていますわ」
「あぁもうシンシア、大好きだからさ・・・もう一回だけ・・・」
「ワタクシもお慕いもうしておりますよ。愛してるわ、あなた」
すでに呆れ果てたのか、隣の部屋から壁を叩く音ももうしない。
ゲッソリとしたドモンとツヤツヤな顔のシンシアを乗せて、乗合馬車はヨハンの店の前に到着。
店の前には猫耳帽子をかぶり、高級メイド服を着たサンがナナと共に立っていた。
「お、おかえりなさいませ御主人様、シンシア様」「ぐぎぎぎぎ・・・」
「サン、楽しんでらっしゃい。ナナ、あなたの寛大さに大きな感謝を。あなたの幸せを分けてくれてありがとう」
お淑やかに頭を下げたシンシア。
「な、なによ急に・・・調子狂っちゃうじゃない・・・」
「ワタクシはあなたから、大切な人を奪うような真似はしないと約束致しますわ。きっとサンも同じ気持ち」
「それはもちろんです!」
サンにはシンシアの気持ちがすぐに分かった。
ナナにとってはドモンが全てだけれど、サンとシンシアにとっては、ナナがあってのドモンを好きになったのだ。
「ず、ずるいじゃないのよ、ふたりとも・・・そんなこと言われたら私もこう言うしかないよ・・・ドモン、サンもシンシアと同じだけ幸せにすること!わかった?約束よ?」
「お、同じだけは無理かな?もう俺のアレも元気が・・・イテテテ!わかったわかった!キノコでもなんでも食うよ!」
「そういう意味じゃない!!ちょっとはそういう意味もあるけど・・・わかるでしょ普通!スケベドモン!私の時には二人合わせた分してやるわよ!」
「お前の方が余程スケベだろイチチチチー!!だから耳を引っ張るなってば!よし行こうサン!!」「はいっ」
ナナから逃げるように道へ飛び出したドモンを、メイド服にランドセルを背負ったサンが追いかける。
ランドセルはもちろん、あの時貰ったゲームセンターの景品であり、サンの宝物。
「ここまでくればもう大丈夫だ。サン、アイちゃんはもう帰ったのかい?」
「はい!昨日の昼頃、お子様達と共に故郷へとお帰りになられました。国王陛下と護衛の方々もついていかれる形で。カルロス様も後ほど向かうようです」
「あれ?護衛はありがたいけどトッポも?カールは乾麺のパスタ工場の話だろうけど」
サンとも噴水のある広場へやってきた。
サンが泥酔してしまうと問題なので、流石に今日はお酒は控える。
「なんでも、国としても人間側としても、まず謝罪するのが先決だと仰られていました。それとホビット族の街自体の護衛と、街までの道の整備についてもご相談なさるそうで」
「ああそっか。あの息子達も自分の街で店だか工場だかやってくとか言ってたから、道を通す必要があるのか」
「はい。お仕事が山積みで忙しく、最後に御主人様とご挨拶が出来なかったことを残念がっておられました」
ここから少し街外れに向かう乗合馬車に乗り、庶民用の大きな銭湯、いわゆるスーパー銭湯へと向かったふたり。
いくつかあるスーパー銭湯の中でも子供に人気がある、家族連れ向けのスーパー銭湯だ。
ドモンならば高級宿の貸し切りも可能だったが、それはサンが丁重に断った。
しかしお泊りをするために、後で行く予定にはなっている。
「うわぁすごい人だな。向こうでもこんなに混んでる風呂屋は珍しいよ」
「見て下さい御主人様!中でお祭りもやってますよ!子供達があんなにも楽しそうに」
「これは・・・俺は行ったことないけど、多分向こうの大江戸なんちゃらって風呂屋を参考に再現したんだろうな。前に俺が話したことあったし」
「ずーっと御主人様と来てみたかったんですぅ!」
キャキャキャとはしゃぎながら受付まで走るサン。
すると店員らしき女性に止められ「走り回っちゃダメよ。他の人にぶつかったら危ないでしょう?お父様もお子様から目を離さないように」と怒られた。
「ごめんなさい」とサンはしょんぼり。
「サンとだとやっぱり親子に見られるのか・・・メイド服も着てるというのに。まあナナとでもたまに間違えられるから仕方ないけど・・・アイちゃんといる時は、危なくおじいちゃん扱いされそうになったから、あれよりはマシだけどよ」ドモンも違う意味でしょんぼり。
受付でサンが大人二名分の料金を支払うと、店員達に随分と驚かれた。
ちなみにひとり銀貨二枚なので、この世界の銭湯では結構な値段。
「じゃあ二時間後くらいに待ち合わせして昼飯にしよう。多分喫煙所でタバコ吸ってるから、浴衣に着替えて喫煙所の前に来て」
「かしこまりました!」
男湯と女湯に分かれ脱衣所で服を脱ぎ、浴室への扉を開けると、ドモンもサンも思わず驚きの声を上げた。