第608話
披露宴はつつがなく進行し、いよいよ最後に残すは乾麺のパスタを使用した料理と、デザートのアイスクリームのみ。
ここでホビット達の紹介をし、人権宣言を強引に押し進める予定。
「これは乾麺のパスタではなくては作ることが出来ない『暗殺者のパスタ』だ。ホビット族に伝わる貴重な乾麺のパスタを分けてもらい作った逸品だ」
「?!」「え・・・」「やはりこれであったか」
ホビットのことは聞いているので驚かないが、パスタの名前については驚いた。
食べたことのあるカールもアイも、これには納得。
ただし乾麺の量的に一般客まで食べさせることは不可能な上、ホビットからという言葉で、想定通り不満の声で会場は溢れかえった。
不満はいつしか王族でもないのに、妻を一度に二人も娶ったドモンの方へ。
「俺は最初からなんかおかしいと思ってたんだ!」
「女を何だと思ってるの!女性蔑視よ!」「そうよそうよ!」「結局不倫じゃない?あんなの」
「ただひとり、愛する者がおればいい。それが純愛じゃよ」
「ホビットと付き合いがある奴なんてそんなもんよ」「くだらねぇ!帰ろうぜみんな」
全員が全員ではないが、あちらこちらから聞こえてくる不満の声。
民衆の声はドンドンと高まっていき、国王もいるというのに『新郎は謝罪しろ!』の大合唱に。
「誠意ある謝罪を見せろ!」「謝ってよ!浮気者!」
「最初の奥さんが不憫だわ」「俺達に謝れよ!頭下げてよ!」
場はすっかり不倫していたのがバレた芸能人の謝罪会見の様相。
カメラのフラッシュがないことだけまだマシだなとドモンは思っていた。が、その瞬間、ナナが口に入っていたパスタを撒き散らしながら、ダーンとテーブルを叩いて立ち上がり、拡声器の前に立った。
「んぐっ・・・なーんでドモンがあんた達に謝んないとなんないのよ!バッカじゃないの?!」
「そ、そりゃなぁ・・・」「こんなに堂々と不倫見せつけられたら腹も立つだろう」「奥さんであるあなたのためじゃない」「誠意を見せろと言ってるのよ」
一番悲しい思いをしているだろうと思っていた奥さんであるナナになぜか怒られ、皆大困惑。
「ドモンは謝ったわよ。あんた達じゃなく私にね!で、私が叱った後私が許したの。なのにどうしてあんた達にドモンが許しを請うような真似しなきゃなんないのよ!関係ないじゃない!」
「関係はないけどよ・・・俺等に嫌われたくもないだろう」「なら素直に謝っておけば・・・」
「だからあんた達に謝罪しろって?じゃあ今まで浮気したことある人全員、一軒一軒家を巡って『実は浮気しました。申し訳ございません』とでも言ってまわれとでも言うの?毎日家に知らない人が訪ねてくるの想像してみなさいよ!」
「・・・」「・・・」「・・・」「・・・」
「是非俺の世界の他人の不倫で騒いでるバカ共にも言ってやってほしいねぇ」とドモンはクスクス笑った。
騒ぎはトッポが拡声器の前に立ち、「僕も妻をふたり娶っておりますが」の一言で収まった。
そしてそのまま『人権宣言』についての布石を打った。
「いい加減、魔物だからとか魔物のくせにといった偏見はやめませんか?どんな種族にだって良い人もいれば悪い人もいる。悪い噂だけに振り回されず、自分の目で確かめなさい。そうすればもっとあなたの世界はもっと拓けるはずです」
「・・・」「・・・」「・・・」「・・・」流石に不満はあっても、国王陛下に野次を飛ばす者はいない。
「そして世界を拓いた結果がこれだぜ。コック長、準備は出来てるか?」とドモン。
「はい!今すぐに!」
「これが今日の最後の一品。パスタの本場の者達からは、邪道だなんだといつも言われているものだけれど、今出来る自分達の精一杯の工夫と、精一杯の努力と、精一杯の優しさと最上級の憧れを持って、敗戦国である俺の国が貧しくとも大人も子供も皆笑顔になれるようにと願い、国中に一気に広まった・・・スパゲッティナポリタンだ」
全員分はないけれど、ほんの二口三口分ずつを一般客にも配っていく。
なんてことはない、今までドモンが何度も食べてきた美味しいナポリタン。
新聞配達の給料が入ると、小学生のドモンは喫茶店でそれを食べた。
自分へのご褒美なんて小洒落たものではない。
家では誰も食事を作ってくれることはなかったので、月に一度くらいは誰かが作ってくれた食事を食べたかったのだ。
その喫茶店でそんな話をしたことはないけれど、作ってくれるナポリタンは何故か少しだけ大盛りで、人のその優しさがとても嬉しくて・・・美味しくて。
ドモンもいつかそんな料理を誰かに作ってあげたいと考え、料理を覚えた。
そして作った最初の料理が、ナポリタンだった。
「さっきのパスタと違って、なんだか優しい味だね・・・」と言ったナナは、何故か涙を浮かべていた。
「どうして母の顔が頭に浮かんでくるのでしょうか?初めて食べるというのに、どこか・・・懐かしい・・・」それ以上言葉を発すると、涙が一気に溢れてくる気がして、トッポはもう言葉にならない。
「胸の奥がふわふわするよ?お母さん」「ええそうねぇ」
「こんな気持ちになるのは初めてだよ」「ホビットが作る乾麺のパスタって凄いのね」
「うぅぅ母ちゃん」「あたしゃなんだかやる気が出てきたよ!」
「またこれを食べられるような世の中にしなきゃならないよな」
一般客にも概ね好評で、今が良い機会だとトッポがホビット族についての誤解を解いた。
もう反対を叫ぶ声はなく、人権宣言について皆納得していたが、ホビット族の権威や地位を更に大きく上げてくれる助っ人もこの場にやってきた。
GWに少し休みを貰う可能性・・・




