第604話
「ねぇサン、ワタクシは本当に世間知らずなの」
「知っています」
「・・・・」
迎えに来た馬車の中は気まずい雰囲気。
新郎と新婦、いや新婦達は、化粧やウェディングドレスを着るなどの準備をしなくてはならないため、一足先に会場となる屋敷に向かわなければならない。
その迎えの馬車がやってきたのが、丁度喧嘩の真っ最中の時。
御者や護衛の騎士達も不安を感じ、妙な緊迫感を醸し出していた。
シンシアにはなぜサンが怒っているのかが理解できず、怒りや不安も忘れ、ただただ大困惑。
サンは今まで色々と溜まっていたものが、不安と緊張により吹き出してしまい、どうにも引っ込みがつかなくなってしまっていた。
当然心理戦が得意なドモンには、二人の心の内は手に取るようにわかっていて、どうしたものかと思案中。
言い争いは片方だけが歩み寄っても上手く行かない。お互いに歩み寄ろうとしなければならない。
「よし!おーいちょっと馬車を止めてくれ!寄るところがある。ほらお前らも降りるぞ」
「・・・はい」「ワタクシもですか?」
よくドモンとナナが落ちる噴水のある広場に馬車を停め、ドモンはふたりを連れ出した。
護衛達も馬を降りかけたが、ドモンが「ここなら大丈夫だから」と制して、三人でとある店の前へ。
「懐かしいなぁ。前はよく来ていたんだよ」
「そうなのですか」「それがどうかなされましたの?」
「この世界に来てしまったことが急になんだか不安になって、ナナがエールを買ってきてくれたんだ。で、その後集団暴行にあってこのザマだ」
「!!!」「!!!」
左のこめかみ辺りの傷を指差したドモン。
「ナナにプロポーズする前にエールを買ったのもここで、その直後にエールをナナにぶっかけられたんだけど、そのエールを買ったのもここだよ。その後ナナが噴水に落ちたんだ」
「あぁ!お二人共ずぶ濡れで戻っていらした時の・・・ウフフ」「ナナは一体何をやっているのかしら昔からまったく」
「折角だからさ、ふたりも記念にここで一杯飲んでいこうよ。お前らともそんな思い出が欲しいんだ。おーい、エール三杯くれ」
「流石に今お酒は・・・サンはすぐに酔ってしまいますし・・・」「それこそますますドレスが入らなくなりますわよ?」
噴水の見えるテラス席に座り、エールの入ったグラスを3つテーブルに置いたドモン。
喧嘩がどうのというより、披露宴前にお酒なんか飲めるはずがない。
例のお姫様がいると人も集まってきたので、シンシアはますます飲むわけにはいかない。
「なんだよ、付き合いが悪いな。じゃあ全部俺が飲むからいいよ」
「だ、駄目ですぅ!」「お待ち下さいドモン様!披露宴が台無しになってしまいますわ」
「うっさいわ!お前らはそこで黙って座ってろ。おーい奥さーん、エールあと10杯追加で。うんうんいいんだ。自分で持って行くからいいよ」二人を置いて、店の奥へと消えたドモン。
「サ、サン!ドモン様を止めないといけませんわ!」「は、はい!」
丸いトレーにレンガのジョッキを10個も乗せ、片手で器用に運びながら、席に戻る途中で3杯ほど飲み干し、近くにいた常連の奥さんのお尻を触って、ドモンは何やらギャーギャーと騒いでいた。
「お前の尻は相変わらず凄い迫力だな。ナナ、いやエリーよりもデカいんじゃないか?どれ」
「あんっ!こらまた!いきなり触ったらびっくりするって言ってるでしょ!」
「どれってちゃんと言っただろ。ほら旦那にバラされたくなければ、もっとしっかり触らせろ」
「アハハそれどういう脅し?もうほら、好きなだけ触んなさいな。そのかわりまた面白いお話聞かせてよ」
「おぅそのうちな!じゃあ今度会う時は、お尻を今の倍の大きさにしておけよ。ハッハッハ」
あちらこちらに寄り道をするたびに、エールをドンドンと飲み干すドモン。
サンとシンシアはお互いに顔を見合わせ頷き、ドモンのいる店の奥へと飛び込んだ。
「サン!ワタクシがドモン様を羽交い締めに致しますから、その隙にお酒を奪いなさい!」
「は、はい!でもそれではシンシア様が危険なのでは・・・」
「ワタクシはどうなっても構いません!サンの!サンの披露宴を台無しにするわけにはいかないの!!」
「そ、そんな・・・うぅぅ・・・私なんかのために・・・」
ドモンは今まで何度も不意打ちや暴行を受けてきたため、背中を取られるのが大嫌いで、後ろに立たれるだけで反射的に殴ってしまったり、手加減なしで鋭い爪を突き刺してしまうことがあるから気をつけろと常々みんなに注意しており、当然サンとシンシアもそれを知っていた。
それでもシンシアは行った。
口で言ってもわからないなら、もう誰かが犠牲にならなければならないとシンシアは考え、自らが犠牲になることを選んだ。
愛すべきサンのために。
「ドモン様!失礼致します!!」
「うおっ!なんだ?!」
女性の力では、男であるドモンを羽交い締めにすることは出来なかった。
ドモンはトレーをテーブルに置き、クルリと身体を反転させシンシアを突き放そうとしたが、今度は抱きつくような格好で暴れるドモンを押さえつけ「今よ!今ですわ!」と必死に叫ぶ。
その瞬間、シンシアのお尻の辺りから『ブビビビブブゥ~』という下品な音が鳴り、視線は一気にシンシアに集中し、店内は静まり返った。サンも思わず呆然と立ち尽くす。
「ち、違いますわ!神に誓ってワタクシではございません!!」焦るシンシア。
「シンシア・・・」ドモンがシンシアをそっと抱き寄せると、またシンシアのお尻から激しい放屁音が鳴り響く。
「わ、私です!私がオナラを漏らしてしまいました!大変失礼いたしました皆様!!」「サン・・・」
庇うサンにシンシアも思わず涙。
そしてシンシアもサンを庇い、全ての罪を背負って謝罪した。
それを自分のことのようにイヤイヤしながら、サンはその場に泣き崩れた。
「お~い奥さん、この上に座ってみろ」と、先程の大きなお尻の奥さんを呼ぶドモン。
「何よこれ?いいの?私のお尻で潰しちゃうわよ?」
「いいんだ。はい、みんな注目~!」
「せ~の・・・(ブリバリブブゥゥゥ!)ちょっと何よこれ?!私じゃないわ!!もうドモンさんのバカバカ!ヤダもう~!」
床に座って涙を流し抱き合いながら、ポカーンとその様子を見つめるサンとシンシアに、ジャーンとドモンが見せたのは、披露宴の余興にと持ってきていたブーブークッション。
見せられたはいいが、全く頭が追いつかず、ふたりは口をあんぐり開けたまま。
「これはオナラの音を出すことが出来る異世界の道具だ。面白いだろ」
「はあ??」「・・・・」
「だからほら、こうやって潰すと・・・(ブビビビィィ~ブッブッ)な?見事に引っかかったなアハハ」
「くっ・・・何たる事を・・・」「御主人様!一体なぜそんな事を!シンシア様は王族なのですよ?!」
騙されることはいい。ドモンに辱められることも構わない。
ただサンとシンシアのお互いがお互いに、相手が悲しむような真似をしたドモンのことが許せなかったのだ。
「何のためってそりゃ、お前らを仲直りさせるためだよ。お前らが仲違いするくらいなら、俺は悪にでも何でもなる。で、ちゃんと仲直りできたな?」
「・・・はい」「はい」頭の良いふたりは、すぐにその言葉の意図を汲めた。
「あと安心しろ。そのグラスの中身は最初から空っぽだ。はじめから飲んじゃいねぇよ」
「見事に一本取られましたわね・・・」「ごめんなさい御主人様」
何が起きていたのか、ようやく理解が出来た周囲の客達から、自然と拍手が沸き起こった。
ドモンは手を上げ「またな」と挨拶をしながら店を出つつ、この世界での自分の本当の役割は、今回の事のように自分が悪となり、周囲の者達を結びつけるということなのではないだろうか?・・・などと考えていたが、どう考えてもそれは魔王の役目で、今のドモンは酔っ払いすぎているだけだろう。
なにせ最初に飲んだ3杯のエールは、本物だったのだから。