第594話
「ご注文お決まりでしたらどうぞー・・・なんであんたがここにいんのよ」
「あれ??ケーコ!?なんだよ、今日はここのヘルプだったのかよ。さっき連絡したんだけど既読にならなくて・・・」
「五時上がりだからそれまで待ってなさい。五時半くらいにフードコートにでもいてよ」
ドモンを接客したのはまさかのケーコだった。
ケーコはワックのちょっとエラい人。
ごくたまにだが、こうして他店舗のヘルプにつくこともある。
「ナナは?なんか注文あるんでしょ?さっさとしなさい」
「ナナはもう来たくないって。注文はビッグワックのセット、飲み物をシェークに出来る?」
「出来るわよ。Sサイズなら値段は一緒、Mにするなら50円プラス」
「じゃあシェークのバニラMサイズにして、ビッグワックのセット10個と、てりやきワックのセットも10個、えびのセットも10個、チキンフィレオのセットも10個な。店内で食べてくわ」
「お持ち帰りですね。三万円になります・・・・こんのバカが・・・お金全部下ろしたわねあんた」
額に青筋を立てながら、ドモンから三万円を受け取ったケーコ。
無計画な買い物よりも、いきなり目の前にドモンが現れたことに混乱し、何故か怒りの感情が湧いてしまった。
突然の大量注文に、スタッフ達は大わらわ。
二十分以上待ち、出来上がった商品を段ボールに詰め込み、メモを付けて自動ドアの外へ放り投げる。
商品は無事虚空へと消え、とりあえずドモンも一安心。
ドモンはそのまま本屋に行き、ドモンなら絶対に読まないような難しい本をたくさん買った。
理系でそれほど頭の悪い方ではないドモンだが、下手をすりゃ一行も理解が出来ないような本も今回は購入。
全ては向こうの世界の天才達に託す。
そんなドモンが今度は薬売り場を物色している頃、ナナ達のいる向こうの世界は大騒ぎ。
当然、ワックのセットが原因である。
「ちょっと!それも私のよ!!早くしないと白いの溶けちゃうじゃない!!」
「みんなで分けろって書いてあったでしょう?!どうしてナナはいつもそうなの!ほら放しなさいそれを!」
「アイ様、まずは下着の方をつけて・・・」「その前に少し下半身を流しましょう」
「ほらオークのみんなも言ってるじゃない!てかなんでアイさんおもらししてたのよプププ」
「そ、それは・・・きゅ、急におしっこ出ちゃったのよ!!悪い?!サンだってしょっちゅう漏らしてるじゃない!」
取っ組み合いの大喧嘩・・・というより、ナナが子供とじゃれ合っているようにしか見えない。
アイは何かと色々丸出しで、オークの女性達は苦笑い。姿がほぼ子供なのがある意味救いだが、オークキングは両手で目を塞いだまま。
そしてサンは関係のないところでえらく風評被害を受けたが、事実なので誰も疑問には思わなかった。
とにかく一同、ドモンからの荷物が届いてこちらも一安心。
「すごく美味しいです!」「ああドモン様ありがとうございます」オークの女性達も食べてうっとり。
「ハァハァ・・・ドモン様にはいつも驚かせられるな・・・」オークキングは、これに勝る恩返しは何があるのだろうかと思案中。
「んあー!下着つけてなくて良かったわ!おしっこ漏れちゃうってこれは!この白いのも、ん~~~!お・い・しっ!!」
「きったないわねぇ~・・・でも言ってることはわかるわよ。なんかもう・・・ドモンが恋しくなっちゃう」
「ちょっと!ナナと一緒にしないでくれる?あんたの下着が湿ってんのは違うやつでしょ。万年発情期のお湿りおっぱい娘ってあの人も嘆いてたわよ。少しくらい私にも分けなさいよ」
「な、なんですって?!でも絶対ドモンは分けないわよ。ドモンはおっぱいが大きな女が好きなの」
「サンは?」
「・・・・」
今度は耳を塞ぐオークキングとオークの男達。そして少しだけ何かの期待をする爆乳揃いのオークの女性達。
あまりに美味しい食べ物に食欲は満たされ、今度は違う欲に目覚めてしまった。
「まずいよケーコ。多目的トイレはダメだってば。それにナナとの約束も・・・」
「うっさいわね!多目的なんだからいいのよ!ナナには言わなきゃバレないでしょ。でなきゃ換金も買い物もしないわよ」
「・・・・」
いつもの浮気なのだけれども、かつてないほどの罪悪感に頭を抱えるドモン。
ズボンと下着を下ろし尻を突き出したケーコだけれども、手すら出さないドモンに違和感を覚える。
「向こうでも他にも女作って好き勝手やってんでしょ?!」
「ち、違う・・・そんなのダメだろ・・・俺はナナだけを・・・」
「は?さっきナナの他にも結婚相手が二人いるって言ってたよね?」
「そ、それは・・・あ、あれ?どうして俺は・・・やめろおい!あぁ・・・イヒヒ」
ケーコが犯したドモンは明らかにおかしかった。
今までのドモンではない。だが、少しだけ残る今までのドモンの面影。
ドモンは元からスケベではある。
しかしケーコの知るドモンは、そこまで節操のない人間ではなかった。
「なんか昔のあんたに戻ったみたいね。スケベだけど案外真面目なとこがあって」
「・・・・」
「まるで憑き物が落ちたみたいな顔してるわよ」
「そ、そうかな?」
確かにケーコの言う通り、ずっと感じていた心の乾き、身体に渦巻く欲望がなく、何かスッキリした気持ち。
物理的にもスッキリしてしまってはいるけれども。
時々こうした気持ちになることはあったが、異世界に行ってからはそれがあまりなく、すっかり欲望に塗れることが普通なのだと納得してしまっていた。
「じゃあ行ってくるわね。すぐに戻るからここで待ってなさいよ?動くんじゃないわよ?わかった?」
「ああ」
「喉乾いてない?お酒かコーヒーは?タバコ我慢できる?お腹は?」
「大丈夫だよ」
屋上の駐車場が見える自動ドアの前で、金貨の換金に向かうお見送り。
そのままドモンは、エレベーター前にあるベンチで一眠り。眠ってすぐに夢を見た。
「よう!どうやらこっちの世界の方が居心地良さそうだから、俺はここに残るぜ。絶望した魂がそこら中ウヨウヨしていてたまんねぇぜ!ハッハー」と、ドモンの姿をした何者か。
「俺は向こうに戻れるのか?」
「ああ、戻れるぜ。お前の力だけじゃ壊れちまうかもしれねぇけど、せいぜい頑張るんだな。じゃあな」
「おい待て!何が壊れるんだ?!待てよおい!」
夢の中で自分に別れを告げたドモン。戻ってきたケーコに起こされ汗がびっしょり。
とんでもない悪夢を見た気がするが、やはりいつものようにどうしてもそれを思い出せなかった。




