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第588話

「俺はザンギだけで十分だ」「僕はもうお腹いっぱいかな」「俺も遠慮しとくよ」

「え・・・?」

「鶏料理には見えないし、なんだか気味が悪いしな」「食べられる気がしねぇよ」

「あ、あの・・・これは鶏肉の塩釜焼きと言って、私達ホビ・・・」


態度が急変した皆に向かって改めて説明をしようとしたアイだったが、その会話の途中で態度が急変した理由に気が付き、言葉を詰まらせた。

和気あいあいとした雰囲気に気が緩んでいて、きっとここの人達はホビットを暖かく迎え入れてくれるものだと勘違いをしていたのだ。


「窯作り手伝って損しちまったよ」「あいつホビットだったのか」


がっくりと肩を落としたアイにトドメを刺すような言葉が聞こえ、その場で崩れ落ちそうになったところを、サンと例の男の子ふたりが支え起こす。

塩釜の説明や、ホビットについてのことなどを説明しようとしていたドモンは怒りに我を忘れ、目を真っ赤にして怒りの咆哮を上げていて、ナナとシンシアが必死にドモンを止めていた。


ドモンの鋭い爪がシンシアの高級ドレスを引き裂き、胸元が露わになったものの、シンシアは一切意に返さずに「落ち着いてくださいましドモン様」と、ドモンの目を真っ直ぐに見つめ続ける。


そんなドモンを気遣ってか、二名の若者がアイの料理を受け取り席に戻ったが、背の低いアイからは、テーブルの下の地面にそっと置かれているのが見えていた。

だが、アイはそれを見て見ぬふりをして堪えた。涙は堪えきれなかったけれども・・・。



「あんた達、いい加減にしないと・・・」


光るナナの指先。

ドモンの怒りに呼応するように、増幅した魔力が指先に集中し、もし放てば月の大きさ程のファイヤーボールが街を飲み込んでしまうことは、ナナ自身も知らない。


「いいのよもう。私、明日故郷に帰るわ。サン、シンシアごめんね。結婚の披露宴ってやつに出られなくなって。あなた達もごめんなさいね?折角素敵なドレスを仕立ててくれたけれど・・・」


アイの言葉にまた暴れ始めるドモン。

そんなドモンを止めたお陰で、この街がナナの炎に包まれることにならなかったのは不幸中の幸い。


「ぼ、僕は食べるよ!ドモンさんには悪いけど、こっちの鶏肉の方が美味しそうだ」と男の子。

「気を使わなくてもいいのよ」

「気なんか使っちゃいないさ!俺も食べるよ。さあアイさん教えてくれ。これはどうやって食べたらいい?」

「あなた達・・・うぅ・・・」


また溢れた涙をハンカチでサンが拭う。ぐちゃぐちゃになってしまった自分の顔なんて後回しで。

場は静まり返っていたが、反省して静かになったというわけでもなく、どちらかといえば白けた雰囲気。


元の世界でもこのご時世だというのに、SNSで政治家が声高々に差別発言を繰り返しているくらい、人種差別の問題は根が深い。

自分が正義だと思い込み、相手が間違っていると思い込んでいるため、悪気を一切持っていないのが恐ろしいところ。


それがほぼ中世ヨーロッパのような時代背景のこの世界だと、差別は更に激しく、差別的発言がどうのなんて生易しいものではない。

今『この程度』で済んでいるのは、ドモンがこの場にいたおかげであった。



「じゃあ教えるね。これはハンマーや棒で周りの塩を叩いて割って、中の鶏肉を食べるの。コンコン出来る?グス・・・」鼻水をすすりながら笑顔を見せたアイ。

「・・・・」「あ・・・」


兄弟の弟の方がおもむろに、腰につけていた小さなハンマーのアクセサリーを取り外し、塩釜焼きを叩いてみせる。

無言でコンコンと。ただコンコンと。


「そんなのじゃ割れないわよ?ウフフ・・・あれ?」

「割れない。割れないよ・・・うぅぅぅ~!!」


何故か突然号泣し始めた弟。

ぼたぼたと、塩釜に涙の跡。


「俺が・・・お兄ちゃんが割ってやるよ・・・」震えで歯がカチカチと音を鳴らした兄。

「あ・・・あ・・・」アイは両手で口を塞いだ。

「おもちゃのハンマーなんかじゃ割れないよ。うぅぅ!!」


本物のハンマーを使い、慣れた手つきで塩釜を割った兄。

兄もようやく弟が泣き出した意味を理解し、涙を流す。

アイはそれでもまだ信じられないが、頭に浮かんだ言葉をそのまま発した。


「お兄ちゃんは力持ちね、ガウディ・・・」

「・・・・」「・・・・」


兄弟にはその記憶はほぼない。遠い遠い過去の、心の奥にある小さな何か。

昔何かをこのおもちゃの小さなハンマーで叩いたことがある。そしていつも決まって兄が代わりに割ってみせ、上手だと褒められていた。


色々な育ての親や、様々なお世話になってきた人の中から、小さな頃に見た母の顔を探すが、やはりどうしてもそれはぼやけていた。


もう答えは出ているのに、その間の数式がわからない数学の問題のよう。

サンが口出しをしようかと迷っていたが、ドモンは横に首を振る。


取り出した鶏肉を切り分けている時に、兄が『いつものように』つまみ食い。


「・・・行儀が悪いわよ・・・ア、アントニオ」

「今日も・・・今日も上出来だよ・・・・母さん!!うわぁぁぁ!!」


結局、顔は思い出せなかった。

正直名前も、本当に自分がそんな名前だと確信が持てなかった。


だが舌は覚えている。母の作る自慢の料理、いわゆる『おふくろの味』を。


「美味しい!美味しいね兄ちゃん!やっぱりお母さんの鶏料理が一番だよ!!うわぁぁん!!おがあさぁん!!」

「うぅぅ・・・生きててくれて・・・ありがとう!あなた達!」


本当の意味での再会を果たしたホビットの親子三人。

ドモンとサン以外、何が起きているのかと、その様子をぽかんとした顔で見つめていた。




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