第584話
「え?前も洗ってくれるの?悪いねぇ」
「いえその・・・」「私達はお背中を・・・」
「背中の方から前の方を洗われるのも好きなんだよな。ほらナナとかだと、胸が邪魔して手がなかなか届かないんだよ。だからいつもサンに頼んでるんだけど、最近はちょっとふたりきりで風呂に入る機会がなくてさ。あ、お前はこっちからこれを持って上下にゆっくりと・・・」
「あのそうではなくて」「叱られてしまいますから・・・」
「へーきへーき。体を洗ってるだけだし。ほら服が濡れちゃうから脱いで脱いで」
男風呂の入り口に掃除中の札をかけ、ドモンはふたりの侍女に体を洗ってもらっていた。
ドモンの背中を流せば一気に出世できると噂を聞き、のこのこやってきたのが運の尽き。
「あぁ、初めての口づけだったのに」「私も・・・」
「じゃあこれは練習ってことで。練習はノーカウントだから」
「もう!勝手な人なんだから」「私にとっては本番ですよ・・・」
「え?もう勝手に本番しろって?じゃあ遠慮なく頂こうかな?」
「そんなこと!」「言ってません!」
言葉とは裏腹に、侍女達もすでに覚悟は決めていた。
運が良ければ先輩達のような、年に100枚もの金貨を稼ぐ侍女になれるかもしれないし、万が一サンのように見初められれば、王宮で披露宴を行うなどという夢のような生活が待っている。
侍女ふたりがお互いに目を合わせ、意を決してメイド服のボタンに手をかけた時、ガラガラと浴室のドアが開き・・・
「ほらね、やっぱりここだ」「御~主~人~様~・・・」
子供の格好をしたアイと、これ以上ないほどジトッとした目のサンがひょっこり顔を覗かせた。そそくさとこの場を立ち去る侍女達。
「違うんだサン。まだ何もしてないし、ちょっとだけ・・・・チューはしたけど、どこかの国の挨拶の真似をしただけなんだよ。まったくやましいことはないよ!」
「・・・・」「・・・・」
「そう!サンを待っていたんだよなぁ!その間に背中だけ流してもらおうかと思ってたんだけど、二人いるなら前と後ろに分かれていっぺんに洗ってもらっちゃおうかなーなんて」
「ふぅ・・・」「あんたね・・・ものすごく元気になってるの見せつけながらじゃ、説得力もなにもないわよ」アイの鋭い指摘。
「あ!!な、なんだろねこれは。許可もなく勝手に元気になりやがってハハハ・・・」
ドモンの苦しい言い訳の中、深い溜め息を付いたサンがドモンの背中を流すことに。
アイは「しっかり反省して、サンに謝りなさいよ」と声をかけ、子供達の元へと戻っていった。
「あの・・・ごめん。本当にそこまでしようとは思ってなかったんだけど、つい・・・」
「こんにちは」
「ん?」
「こんにちは御主人様」
「????」
メイド服のスカートをファサッと広げたサンが、ドモンが座る目の前に跪き、顔を上げて目を瞑った。
頭にはいつの間にか猫耳帽子。
「挨拶・・・しましたよ。サンは・・・」
「挨拶って・・・あ」
「フフ、こういう時だけ鈍いんだから」可愛いの暴力。これで堕ちない者はいない。たとえあの悪魔であっても、バンザイ降参待ったなし。
「サ、サン!!」
汗なのか何なのか、ピッカピカツヤッツヤの顔のサンを抱きかかえながら、ドモンもサウナで一息。
サンのために温度を少しだけ下げたけれども、それでもまだ辛いというサンが「こうしたら少し息が吸えます」と、ドモンと向かい合わせるように抱きついて、ドモンの首元に顔を埋めていた。いわゆる赤ちゃん抱っこ。
首から胸元辺りにかかるサンの甘い吐息。
サンの頭から香る、女性フェロモンを越えた何かの匂い。天使フェロモンと名付けるべきか?
八の字眉の困り顔でハァハァと開けた口から、たらりとヨダレが糸を引いてしまったことに、サン本人は気がついていない。
うつろな目で何度も「こんろこそ・・・ごしゅりん様と・・・一緒に出ましゅから・・・」と訴え、必死にしがみついている。
「もうそろそろ出ようか。限界だ、色々な意味で。まともな人間でいられる気がしない」
「まだ・・・まだ頑張りましゅから・・・ごしゅじんしゃまがご満足しゅるまれ・・・」首に巻きつけている腕に最後の力を込めたサン。
「駄目だってば。なんかもう・・・サンから色々出ちゃってるから。上から下から水分という水分が」
「ほひ~?」
のぼせたサンを水風呂の横にそっと寝かせ、ドモンはサウナ掃除。
サンの名誉のためにもきちんと証拠を隠滅し、守ってやらねばならない。
水魔法が使えたら簡単だが、当然そんな事が出来ないドモンは、地道に水風呂から水を汲んではサウナの椅子を流しての繰り返し。
裸でずっとそんなことをやっているうちに、いつしか身体も冷え切って、今度はひとりでサウナへ。
すっかりサンのことを忘れたままで・・・。
「ドモンいるんだろう?!チキン南蛮とかいう料理を食べたぞ!いやぁやっぱりドモンの作るものは美味いな」と、更衣室からグラの声。
「風呂に入るなら誰かに伝えおけ!まったく・・・昨日も言ったが、街についての相談があるのだ」カールの声も聞こえた。
「どうだ?以前よりも立派になったであろう。温泉宿を参考にし、私が作り直しを命じたのだ」伯父貴族の声まで。
その他、数名の貴族らもやってきて、静かな浴場は一気に賑やかになった。
・・・が、サウナの扉を閉めていたドモンは気が付かず。
ガラガラと扉が開く音が聞こえ、冷たい床とたまに顔にかかる水飛沫にサンは心地良さを覚えながら、すべてを諦め絶望した。
身体を隠すためのタオルは、その更衣室にあるからだ。
幕間用の明らかなサービス回。
風呂の話をアップするけど、そんなドモンさん本人は風呂もシャワーもまだ無理。
身体は拭いてもらったりしたけど、一週間くらいもうこんな調子で汗臭い。




