第581話
「こんなとこまで送ってもらって悪いな。屋敷の連中に、店まで送り届けるように頼んでくるよ」
「乗合馬車に乗っていくから平気よ。それよりもあんた・・・」ちらりとサンとアイの方へ視線を向ける女ボス。
「あぁわかってるよ。あとは俺がなんとかする」
「あんたがしっかりしなよ?私にはよく事情はわかんないけどさ。何かあれば手を貸すよ。こんなスケベジジイでも一応・・・お、恩人だからね」
屋敷の門の前で女ボスとはお別れ。
ここからは門番である騎士に馬車を預け、三人は屋敷の入口までとぼとぼと歩くことに。
玄関先まで馬車で送ってもらうことも出来たが、今は考えを少しまとめたいところなので徒歩を選択した。
サンとアイは涙を流しながら歩き、ドモンはその後ろでタバコに火をつけて難しい顔。
想像以上に人種問題の根が深いことを知り、三人は完全に意気消沈。
ゴブリン達の時とはまた違う。
あの時ゴブリンは外敵であったが、今回の場合単純に、ホビットという人種が嫌われていたからだ。
お互いになにか問題があって、ただ敵対していただけならば、それが解消されれば関係は元に戻るということは多々ある。
その問題を起こすのが、大抵は国のトップ同士なだけだからだ。一般市民は巻き添えになっただけ。
だがその民族全体が問題を起こした場合、その民族全体が嫌われる。
大量虐殺、嘘が酷すぎる過剰なプロパガンダ、更には宗教的なことでの対立など。
ゴブリンの場合も虐殺された側だが、ゴブリンの方から歩み寄ったのと、人間達がゴブリンに対しての恨みがなかったために『あの程度』で済み、雪解けも早かったのである。
ホビットの場合事実とは全く異なるが、『人間の王女を拐い、裸にして慰み者にした』という噂によって、人間に恨み憎まれ、そして嫌われた。
現在生き残ったホビットが人間を嫌い、恨んでいるという事実だけ正しく伝えられて。
向こうに嫌いと言われれば、こっちも嫌いだとお互いに言い出しはじめ、憎しみだけが増幅していく。
こうなればもう、たとえ数人が事実と違うと言ったところで、歩み寄ることはまずない。
日本人であるドモンには、それに対し身に覚えがありすぎて、どうしたらいいのかがさっぱり分からなかった。
「おーいドモーン!」「ドモンさぁん!」なだらかな坂の道を駆け下りてくる男の子達。その後ろを優雅に歩く女の子ふたり。
ドモンが今日やって来ると聞き、いても立ってもいられず子供らが迎えに来た。
育ち盛りなのか、一年も経ってやしないというのに、随分と大きくなったように思える。
「遅いぞドモン!何をしていた」とカールの息子。
「おう。お前、しばらく見ないうちに随分と大きくなったな。身長も態度も」
「当然だ。俺も貴族だからな」
ドモンの冗談にもまるで動じず。
「大きくなったのはそれだけじゃないよ!」伯父貴族の息子。
「そうね」「まあねウフフ」
追いついた女の子達も少し大人びていた。
「わかってるよ。大きくなったんだろ?チンチンとおっぱいが」
「な!?」「ドモンさぁん!」「やだもう!」「ちょっと!!!」
「下の方も毛が生えたなら、しっかり処理しておけよ。衛生的にも良くないし、何よりスケベの時にペロペロしにくイッテェ!!」
「子供相手にいい加減にしなさい!このろくでなしっ!バカタレが!」アイももう泣いている場合ではない。
「痛い痛い!ごめんなさいってば!」
アイのビンタの連打により駆逐されたドモンを、これまたサンが泣いている場合ではないと支え起こす。
その様子を見た子供らは、ドモンが何も変わってないことに少し安心しつつ、綺麗に横に並んで同時にヤレヤレのポーズ。
「大きくなったというのは、私達の役割が大きくなったということよ」と女の子。
「僕らに任された地域もあるんだ。もちろん僕達だけで手に負えないことは、まだ手助けしてもらっているけどね」起き上がったものの、まだ尻餅をついていたドモンに手を貸す男の子。
「ま、まあある意味ドモンのおかげだな。あの時初めて仕事を手伝ったことで、俺達も認められたというか・・・だから少しは感謝してやるから感謝しろよ」カールの息子の顔は真っ赤。
「感謝しあってどうすんだよバカめ。身体だけ成長して、頭が追いついてないんじゃないか?その辺を勉強してもう一皮剥けなきゃ駄目だぞ。チンチンと一緒に」
「とっくに剥けてるよ!!あ、いやそういう意味じゃ・・・だからといってそうじゃないわけではないけれど」
デリカシーのないドモンの酷い冗談に、全員の顔が真っ赤っ赤。
そもそもドモンにデリカシーなんてものがあれば、ナナと出会ってすぐに『おっぱい』だなんてあだ名を付けて、押し倒したりなんかしていない。
今度はサンにもドモンは怒られた。
「ハァまったく・・・あなたがホビットのアイさんだね?話は聞いたよ」右手を差し出したカールの息子。
「え?あ、うん。じゃなかった・・・はい」握手をしながら子供らの顔を見上げるアイ。
「そういえばさっき泣いていたようだけど、何かあったの?この人に何かされたのかしら?」自分よりも背が低いため、つい子供に話しかけるような言葉遣いになってしまった女の子。
「あ・・・いやその・・・この人のことではなくてその・・・」
ちらっとアイがドモン達の方を見ると、サンがコクリと一度頷いたので、アイは何があったのかを話しはじめた。




