第578話
「はいシンシア、これ寝間着。今日はこっちで一緒に寝るってことでいいわよね?アイさんはサンの部屋で寝ちゃったし、空き部屋は片付けてないし」
「えぇ・・・でもナナ、ワタクシにもこれを着ろというのかしら?」
「うん。嫌なら着なくてもいいけど?裸で寝るつもり?」
「どうしてあなたはいつもそうなりますの?」
寝間着がなければ裸で寝るというナナの発想が、シンシアにはよくわからない。
今ではすっかり見慣れたけれども、その寝間着もスケスケのネグリジェで、ほぼ裸と変わらない。
「その寝間着には思い出があるのよ。怪我してるのに出かけちゃったドモンを追いかけて、裸の上にそれを一枚着て外に飛び出しちゃったんだ」
「周りの人もさぞや驚いたでしょうね」
「どうだろう?私すぐにドモンを追いかけて走って行っちゃったから。ドモンに追いついたとこでは沢山の人に驚かれたけど」
「ハァ・・・なぜ家に戻りませんのよ・・・バカね、仕方のない子」
渡された思い出のネグリジェに着替えたシンシア。
今のナナが着ているものよりは透けてもいなければ、丈もまだ長い方だけれども、とてもこれで外を出歩くような真似は出来そうもない。
ベッドに横になって、向かい合うように布団に潜り込んだふたり。
思いの外近づいた顔を見て、お互いにその美しさにハッとした。
「い、いいなぁシンシアは。舞台女優みたいな顔で」
「ナ、ナナこそ、寝化粧もせずに綺麗な顔をしているのが羨ましいですわ」
「まあサンには敵わないけどね」「サンには敵いませんけれども」
「!!」「ぷ!」
同時に同じことを言って驚くふたり。
最近はすっかり息も合い、ますます姉妹のような関係になってきた。
「サンは世界で一番可愛い赤ちゃんに、天使が憑依したようなもんだもん」
「ウフフ、確かにその表現がぴったりですわ」
「ドモンみたいなおじさんと一緒にいるのが信じられないわ。はっきり言って」
「それを言ったらナナ、あなただってそうですわよ?歳でいえばあなたが一番ドモン様と離れているのですから」
自分はともかく、お互いがお互いにそうなっているのが信じられない。
ナナから見れば、サンはどこに行っても男の子から好かれているし、シンシアは身分も違うお姫様。
ドモン以外にも選び放題に思えた。そしてそのシンシアも、当然ナナと同じような気持ち。
「ねぇ・・・シンシアはどうしてドモンなの?はっきり言って、最初の出会いは最悪よね?」ナナはずっと気になっていた。
「そうですわね。ワタクシはドモン様を、どうにかして手に掛けようとしていたくらいですし・・・」
「それにその時・・・言い難いことだけど、ドモンにイジメられて・・・というか生き恥までかかされて、でもすぐにドモンにくっついていたじゃない?」
「フフフ、今となってはそれも懐かしいですわね」
シンシアにとって、あれは生き恥どころの騒ぎではない。
一巻の終わり。人としての終わりが見えた。
絶望の淵でドモンに突き落とされ、落下の最中に命を救われたといったところか?
「ワタクシね、大抵のものは手に入りましたし、ほとんどのわがままも叶えられて育ちましたの」
「そりゃお姫様だもんね」
「でも一番欲しいものだけは、どうしても手に入れられなかったのですわ」
「なに?」
「自由・・・ですわね」
王族としての自由はあるけれど、人としての自由はない。
一度もそれを知らぬまま、二十歳になっていた。
もちろん様々な文献を読み、世の中にはたくさんの自由があることも知っていた。
ただシンシアにだけはそれがなく、そして一生手に入れることが出来ないものだと理解していた。
「それはわかるけど・・・それがドモンのそれと何が関係あるの?好きになる要素がないじゃない」
「ドモン様がどうのと言うよりも、ワタクシは壊してしまいたかったの。もう何もかもを」
「どういう・・・こと?」
「王族として、いえ、人として全てをおしまいにしたかった。人間の尊厳も何もかもを捨て去って、終わらせてしまいたかったの。ナナにはわかるかしら?私の夢は街を気ままにお散歩することでしたのよ?でもそれが生涯叶わないことなのだと、五歳の時に知り絶望したのですわ」
「・・・・」
自由に生きてきたナナにはもう言葉もない。
王都のお城にいたけれど、あの少しの滞在期間でもナナは窮屈に感じていた。
「ワタクシ、ナナのことを笑えませんのよ?実は。ある日何もかもが嫌になって、深夜に裸になって部屋を飛び出したことがありますの」
「えー!」
「そのまま街まで行って、民衆に指を差され罵られ、もう戻れないくらいの生き恥をかいて、人としての全てを終わらせようと・・・結局すぐに侍女に見つかり、数十秒で部屋に戻されましたけれどもホホホ」
「そうだったの・・・」
少しずつ見えてきた真相。シンシアの心の闇。
ナナが想像していたお姫様とは違う、残酷な世界。
「まあ病んでいたのでしょう。それほどまでに追い詰められていたところに、出会ったのがドモン様ですわ」
「・・・うん」
「信じられます?あの方、あっさりと私を終わらせたのですよ?人間としての尊厳を破壊して。そしてそれのなんと清々しいことか!言葉は悪いですが『ヤケクソになれたら人は無敵になれる』そう思えましたの。籠の中から飛び出せた気持ちになれましたわ」
「女ってだけで不自由なことあるもんね。脚は閉じなきゃ駄目、おしとやかじゃなきゃ駄目、もちろん人前で裸になるなんて絶対に駄目。それがお姫様なら尚更だわ。ヤケクソになりたくなる気持ちもわかるわよ」
「そういうことです。そして一国の王女でもあるそんな私を無茶苦茶にしてくれる方なんて、あの方ぐらいしか居りませんのよフフフ」
男が男らしく生きるより、女が女らしく生きる方が窮屈で辛く大変だ。
なぜならその『女らしく』は、男が作り上げた理想であるから。
シンシアはそれに『お姫様らしく』まで加わっているのだから、ヤケになりたくなる気持ちも理解できた。
しかしそんなヤケクソも、女だけでは必ず限界がある。理性がそれを許さないし、周囲もそれを許さない。
そこで後押しをしたのがドモンであり、本当に終わってしまうギリギリで救ってくれたのもドモンであった。
シンシアにとって唯一無二の必要悪。
「私もドモンの意地悪のせいで、やっちゃいけないことをたくさんやっちゃったの。でもそれが今考えてもすごくドキドキして」
「聞かせて頂戴!ナナの話も」
真面目な話だったはずが、いつしか生き恥晒しの告白合戦に。
「うぅ・・そんなのもうお終いじゃない!」「ああ終わりですわ!くっ」と顔がくっつくほど近づき、抱き合い慰めあっていた。
ナナの心の奥にあった小さなわだかまりも消え、ナナは心からシンシアのことを受け入れることが出来た。
披露宴では素直に祝福の拍手を送る事が出来るだろう。
「ふぁああ~眠い。すっかり体も冷えちまった。あれ?何やってんだふたりとも??まだ起きてたのか」部屋にやってきたドモン。
「うるさいバカドモン!遅いのよ!」「早くお風呂へ行きますわよ!さっさとお脱ぎになって!」
「え?もう2時回ってるってば。それに俺はまだ傷が」
「いいから早く!」「酷い目に合わせてくださいまし!」
「え?!なにが一体どうなってんだよ??すっかり仲良くなりやがって・・・それに酷い目ってなんのことだ」
翌日、宝石のようにツヤツヤ輝く顔のシンシアから話を聞かされたサンは、カールの屋敷に出発する昼過ぎまで、ずっとふくれっ面のままであった。
また幕間用に書いたものを使ってしまった・・・
日曜から水曜まで遊び回っていたせいなのだけれども。
俺も「最近仕事が忙しくて」って言ってみてぇよ(笑)
23年前にちょびっとバイトしたのが最後だな。




