第576話
「ふむ、なるほど。そういった事情があったのか」
「へぇ~すごいのねぇ~ホビット族って」「ああ大したもんだ」
全員がザンギと暗殺者のパスタをあっという間に食べ終えたあと、しばらく余韻に浸りようやく正気を取り戻してから、カールとエリーとヨハンにアイがホビット族だという話と、ホビット族についての簡単な話をした。
ホビット族はとても器用だということ。
人との争いがあり、根も葉もない噂を立てられたこと。
ドモンらがホビットの街にやってきたことや、アイがここにやってきた経緯。その他諸々。
ただし大量虐殺があった話だけは濁してアイは説明をした。
被害者だの加害者だの、謝罪がどうだのといった話になっては、良好な関係を作る上で正直邪魔になるからとドモンに止められていたためだ。
ホビットとしては悔しい気持ちもあるだろうが、それが手っ取り早く合理的。
日本も終戦後、たった4年で日米野球を再開して、超満員の後楽園球場でコーラを飲みながら、アメリカの選手達に拍手を送っていたのだ。たとえ嘘でも歩み寄る気持ちと態度を見せるのは大切。
「だがまあそういった噂が広まっている今、すぐに関係を修復するのは正直難しいであろうな」腕を組み、唸るカール。思い出すのはゴブリン達の時のこと。
「噂を否定しても、必ず『そんなのは嘘だ』と言ったりする奴らが現れるからな。噂を否定したことすらも知らない人も出てくるだろうし」タバコに火をつけて、カールの向かい側に座ったドモン。
「うむ。私が考えるに、今は噂を否定するよりも、この乾麺のパスタを普及するなりして、ホビット族の良い噂を広める努力をした方がより確実であろうな」
「『ホビット族と仲良くすればこれが得られる!』と思わせるってことだろ?それは俺も考えてたよ。でも流石にいくら貴重だとは言え、乾麺のパスタだけじゃ弱いよ」
「先程の貴様が調理したパスタでも駄目であろうか?」
「食い物よりも、もっとホビット自体が必要不可欠だと思わせる何かがないと駄目だろ。桃が名産の国と争いになって『桃が美味しいから仲良くしよう』だなんてならないだろ。大切なのはやっぱり人だよ」
「うむぅ」
ドモンとカールが小難しい話をしているのを、腕を組んでウンウンと頷いているヨハン。
アイは当事者なのにコクリコクリと眠り始め、エリーが抱っこしてサンの部屋に連れて行った。
ナナとシンシアはソファーで並んで座って居眠り。
ナナはともかく、シンシアは自分でも信じられない量のパスタを食し完全にダウン。
お茶入れや洗い物、灰皿の交換などをしていたサンのお腹も、あまり見たことがないくらいぽっこりと膨れていた。
「ともかくこの件はゆっくりと時間をかけてだな・・・」
「・・・それがそこまでゆっくりとしてるわけにもいかないんだよ」
「何故だ?」
「どうやら俺の寿命はあと20日とちょっとらしいんだよ。まあ訳あって少し伸びたんだけれども、多分そこまで長くはないだろな」
「?!」「は?」
突然の告白にカールは絶句、ヨハンは変な声が出た。
だがすぐにそれをドモンの冗談だと思い込み、深い溜め息を吐こうとした瞬間、「冗談じゃないんだなこれが」とドモンが先にため息を吐いた。
「・・・貴様、本気でそれを言っておるのか?」
「本気。そして俺もそれを、甘んじて受け入れるような真似をするつもりもないよ」
「何か当てはあるのだな?」
「エルフと魔王のところへ行く。エルフの婆さんからそれとなく聞いた話では、エルフの長老が延命する手立てを知ってるのではないかって。実はずっと毒に冒されていたのも、エルフの秘薬だかってので治してもらったんだよ。魔王はなんか知ってるみたいだし、呼ばれたから行ってくるつもりだ」
「エルフの秘薬だとぉ?!」「なんだってぇ?!」
ドモンの寿命のことよりも驚き、大声を上げてしまったカールとヨハン。
予想外のところで予想外の反応をされ、ドモンは驚き、椅子からお尻が10センチほど浮いた。
「ほ、本当にエルフの秘薬を飲んだのか?あの伝説の・・・」とカール。
「うん。飲んだって言っても、小瓶にほんの少しだぞ?」
「俺でも聞いたことがあるぞ。エルフの秘薬を一滴飲めば、ありとあらゆる病を治すことが出来る秘薬だって。不治の病だろうがなんだろうが治るんだってよ」こういった事に疎いヨハンですらその噂は知っていた。
「あらま。それじゃヨハンの頭にでも塗ってやれば、髪の毛生えたかもしれないなワハハ」
「当然生えるであろうな。ありとあらゆるものを治し、若返らせるというのだから。数百年前、とある妃がエルフの秘薬を手に入れ、二十歳の美貌のまま百まで生きたと文献にも残されておる。それを手に入れようと、大きな戦争も起きたと聞く」
「確かに毒だけじゃなく、ずっと続いていた逆流性食道炎の吐き気も、辛いものとか食った時の酷い胸焼けとかもなくなったな。喘息の発作もあれから起きてないような・・・」
ドモンはまたカレーを食べられるようになっていた。
そもそもあの時、本来あと数日の命だったのが、エルフの秘薬により残り30日まで伸びていたのだった。
「ほんの数滴のエルフの秘薬を得るために、一国を滅ぼしたのだ。秘薬を手に入れた妃というのは、その大戦の戦勝国の妃だ」
「そ、そうなの?これっぽっちかよケチクセェなって言いながら、ガバっと飲んじゃったよ俺。ちょうどカールが俺らの街にやってくる少し前に」
ほんの数滴が一国に価する価値があるエルフの秘薬。
しかもそれが世に出回ったのが、カールが言った数百年前が最後。
ドモンは栄養ドリンクを飲むように一気に飲み干し、瓶を振って残っていた水滴をその辺の床に撒き散らしてから、エルフに空瓶を返していた。
「まあそういう訳で、そこまで深刻ではないにしろ、ゆっくりもしてられないんだ。サンとの披露宴を屋敷でやって、自動車の改造を終えたらすぐに出発しないとならない」
「うむ」「そういう事なら仕方ないな。もう少しゆっくりしてもらいたいところだけども。賑やかになった街もまだ全部見てないだろうに」
「それでも十日くらいはこの街にいる予定だから、それまで見て回るよ。カール、結婚式の披露宴は一週間後でいいか?まあ披露宴って言ったって、挨拶してみんなで酒飲んでカレーライス食うくらいだから、そこまで大げさなことにしなくてもいいんだけど。結婚式自体はもう終わってるしね」
「準備は整っておる。身内だけとはいえ、今回は前の反省も踏まえて席も五百程用意している。貴様の知り合いを含めても十分事足りるであろう。そうだ!パスタで思い出したが、スパゲッティカルボナーラなどというパスタもあるのだろう?騎士から聞いたぞ」
「チッ!余計なこと言いやがって。あれは俺が滞在した宿の名物になる予定だから、そこで食えよ」
男三人、話はいつしか盛り上がり、飲み物は紅茶からエールに切り替わる。
アイを寝かせてから戻ってきたエリーが、サンの横でヤレヤレのポーズ。
サンはキッチンからニコニコとドモンらを見守っていた。
そこへ「失礼!」とひとりの騎士が階段を駆け上がってきた。




