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第570話

「おぉナスカ、じゃなかったナナ帰ったか!」厨房から顔を覗かせたヨハンは忙しそう。

「ねぇお父さん聞いて!ドモンったら酷いのよ?帰るなりお母さんのおっぱいに・・・って、何よ?このお客さんの数??」


ナナが先頭になって店に入り、ヨハンと久々の話をしながら周りを見渡すと、店内は完全に満席になっているどころか、立ち飲みしている人まで大勢いた。


寂れた街の寂れたバーとまでは言わないけれど、田舎町の大衆食堂のようなものだったこの店が、王都にある人気店のような、押しも押されもせぬ大繁盛店へと生まれ変わっていた。


それもそのはず、単純に人口が増えたのも原因だけれども、各国の王族の御用達の店でもあり、その上『あのドモン』のいた店でもある。

ドモン御用達の書状があるだけで、世界中の金持ち達がそれを求めにやってくるほどなのだから、本人がいたともなればいくらでもお偉いさんがやってくるのだ。


そうなれば今度は噂を聞きつけた庶民もやってくる。

ドモンのことは知らずとも、『今度は〇〇国の〇〇様がやってきた』という噂は常に流れ続け、客を呼び続けて現在に至る。


「お互い積もる話があるのはわかるけどよ、とりあえず今はみんな手伝ってくれ」

「はい只今!大旦那様!」


サンは大慌てで手荷物を二階へ運び、新品のエプロンを付けフロアへ。

「サンが居れば百人力よ」「助かるわ」と例のお手伝いの侍女達も額の汗を拭う。


ナナももうひとつの手荷物を持って二階に上がり、しばらく見ていなかった少し懐かしい服を着て戻ってきた。

胸のボタンは以前よりもひとつ多く外さなければ入らなかった。スケベ度三割増し。


「ワタクシもお手伝いいたしますわ」とシンシア。

「だ、誰だい?まあドモンのあれか。とにかく頼むよ」突然やってきた美女にヨハンも面食らったが、こんな事でいちいち驚いていてはドモンの義父をやっていけないと、気を入れ直した。


「フフフ。ええ、確かにドモン様の『アレ』でございますわ。以後お見知りおきを」

「な、なんか首筋に寒いものを感じるなぁハハハ。・・・ハイハイ、唐揚げ三人前ね!ドモンいいか?」

「ああすぐ厨房に入るよ」


シンシアの気品や、何かしらの威圧感を感じたヨハンだったが、今はそれどころではない。

カウンターをシンシアとエリーに任せ、ヨハンも厨房へ飛び込んだ。


ドモンも飛び込んだ厨房の中には、雇われのコックが三人。

カールの屋敷のコックがひとりと、どこかの国の宮廷料理人がふたり。

ここ以上の修業の場はないと、ヨハンに頼み込んで手伝いに来た者達だ。


やってきたドモンの姿を見た瞬間、その全員が右手で握りこぶしを作った。


「おー、カールが作ってるって言ってた醤油も入ってるみたいだな。それにこれは・・酒か??よし、じゃあ唐揚げの方は俺が作るよ」とドモン。

「頼んだ。そいつらにも作り方を教えてやってくれ。ドモンの唐揚げが一番美味いからな」

「ああいいよ。じゃあ本気で作るから、ちょっとだけ時間くれって客に言っといてよ」

「おうわかった。でも本気ってなんだ??」


頭に疑問符を浮かべながら、ヨハンは鶏塩鍋作りへ。ドモンは唐揚げの下ごしらえ。


「いつも作っている唐揚げとは別のものなのですか?」とコックのひとり。

「唐揚げは唐揚げなんだけど、これは俺の故郷の名物の『ザンギ』っていうやつだよ。俺が最初に作ったのは、正直ちょっぴり醤油や調味料をケチったんだよなハハハ。あ、手が空いてたら卵を溶いておいてくれる?」

「卵を使用するのですか?!唐揚げなのに??」

「おう!卵一個に対し片栗粉大さじ3、小麦粉大さじ1で混ぜてくれ」

「は、はい!!」


基本はほぼ一緒だけれども、調味料の量や作る工程が知っているのとまるで違う。

何より卵が入るとは聞いていない。


「これでは味が濃すぎるのでは?!こんなに醤油や生姜やニンニクを入れては・・・」

「そのための卵なんだよ。味を加減するんじゃなく、極限まで行ってから戻すような感じかな?すき焼きもそうだろ」

「???」「???」「???」

「まあいいからいいから」


道民ですら明確にその違いが分かる人は少ない。

鶏の唐揚げのことを、北海道の方言でザンギと言っているものだと勘違いをしている者も多いほど。


実際は、鶏の唐揚げの種類のひとつが『ザンギ』である。鶏の竜田揚げが別物のように。

店によってはきちんと区分けされ、鶏の唐揚げとは別にザンギを置いているところもある・・・というのを、道民自体が案外知らない。


「揚がったぞ。じゃあほら、試食してみろ」

「んおっ?!なんだこれは??」「衣が少し厚く、そしてしっかりとした味がついている!でもそれでいて中はまろやかで・・・」「肉汁の量が違う!!これは別の物だ!!」

「酒と一緒に食うにはこれが最高なんだ。体も温まるしな」


揚がったザンギを今度は客の元へ。

そしてそれを一番に食べたのはナナであった。


「ああ・・・俺達の唐揚げを!」突然横からザンギを奪われた悲しい客。

「んぐーー!!!!んがっ!!!うーんぐんんがう!!んぐぐがんっぐんぐぐ」

「ええ?本当なのナナ?そんなに??確かに見た目はそうだけど・・・」


普通にナナと会話をするエリー。

最難易度の巨乳語炸裂。


「エリー、ナナは何だって言ってんの?」

「え?ぜーんぜん違う!見た目は一緒なのにって言ってるじゃない?わかるでしょう?」

「全くわかんねぇってば・・・」


目の前でフリフリと揺れるエリーに付いた脂肪の塊のお陰で、ナナに唐揚げをひとつ取られた客の怒りは収まった。

だが、出てきた唐揚げについては大いに不満がある様子。


「俺等はオヤジさんの唐揚げを食いに来たってのに、なぜどこの誰かも分からねぇような奴の唐揚げなんて食わなきゃならないんだ。せめてコック達のものを食わせてくれよ!せっかく遠くからここまで来たってのに」「そうだそうだ!」

「それに、向こうの奴らが食べていたものと比べて、これはすっかり焦げちまってるじゃねぇか」「違いねぇ!」

「ありゃま・・・ヨハンが作ったものの方が良かったか」


予想外のクレームに、ポリポリと頭を掻いたドモン。

ドモンのことを知っている者達は、その様子をニヤニヤとしながら見守り、酒の肴としていた。


「あのなぁお前さん達・・・ドモンが作った物を食べられるなんて、これ以上の幸運はないんだぞ?」

「え?」「む?」


ペチペチと自分の頭を叩いたヨハン。ドモンはその音を久々に聞いて、なぜだか安心した。


「たとえ王族でありましても、ドモン様の気が向かなければ食すことが出来ませんわ」

「そうなのですねシンシア様!」「教えていただけて光栄です!」「素敵!」


接客するなり、あっさりと自身の身分をバラしてしまったシンシアであったが、持ち前の話術で混乱を抑え、今ではもう皆お姫様の虜。

その場の空気を一気に落ち着かせることに成功した。


反対に文句を言った客達は、その雰囲気に気まずくなる一方。

急に黙って食べだすのも気まずければ、そのまま怒って店を飛び出すのも、王族であるシンシアに失礼に当たってしまうからだ。


そこへ手助けにやってきたのはサン。これでもう間違いは起こらない。

ドモンはサンにその場を任せて、厨房へ戻った。


「私からもお願いです。一度でいいですから、御主人様が作ったこの唐揚げをお試ししていただけませんか?きっと気に入ってくださると思いますので。お酒にも合いますよ?」とサンがペコリ。そしてニッコリ。

「あ、ああ・・・そこまで言うなら試してみようかな」「じゃ、じゃあエールももう一杯貰おう」

「ありがとうございます!」


すっかり周りの注目の的になってしまったその客達が、ドモンが作ったザンギにガブリ。

止まる時間。当然言葉なんかはない。十数秒後、次のザンギを口に放り込むまでは。


「これは・・・この世界の食べ物なんかじゃねぇ・・・」「美味すぎるだろ・・・」

「あんた達何言ってんのよ?あったり前じゃない!どこの誰が作ったんだと思ってんのよ、バカね」後ろからやってきたナナが二つ目をつまみ食い・・・いや盗み食いをしてエリーに叱られた。

「まさか・・・あの人が例の異世界人だったのか・・・?!」「なんだって?!」


直後から殺到する注文。

気がつけば店の外には長蛇の列が出来上がり、アイ達がここにやって来た時には、騎士達が混乱を避けるために駆けつけるほどのお祭り騒ぎとなっていた。




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