第569話
「ならば問題はございません。このドレスは当店で一番安い物ですから」
「そんなわけ無いでしょ!私にだってそのくらいわかるわ」
「いいえ本当です。安いどころか売り物ですらありませんから、持っていってもらっても構いませんよ。お代は結構です」
「本当に何を言ってるの?!どうしてそうなるのよ・・・」
店主の突然の提案に、アイも子供達も更に大困惑。
「フフフ、あの方もあなたと同じようにおっしゃられていましたよ。私には十分すぎると」
「あの方って?サン?」
「えぇ。そしてドモン様が一着の安い喪服のドレスを選び、ここでそのドレスを美しく誂えたからこそ、今の私があるのです。ドモン様がサン様を想う心と、サン様がドモン様を想う心がひとつとなり、値段が付けられないほどの最高傑作が生まれたのですよ」
「そうだったの・・・」
「これは値段が付けられないドレスの真似をしたものですから、やはりこれも値は付けられない。なのでお代はいただけません」
店主はアイから、サンと同じような愛を感じた。
完全に直感であるが、きっとこのドレスは、このアイに着てもらうために作ったように思えたのだ。
「困ったわ・・・どうしたらいいのかしら・・・」
「着なよアイさん、遠慮しないで。俺らにも店の人にもさ」
「もし気が変わってやっぱりお代を貰うって言われても、僕らが必ず払うよ。金貨百枚だってこの腕で稼いでみせるから」
「ハハハ!では一足先に気が変わっておきましょうかね。お代は銅貨1枚でいかがでしょう?」
「一体どうしてみんなそんなに優しいの?うぅぅ・・・」
キラキラとした涙をこぼしながらアイは試着室へ。
子供達もどうしてそこまでしようと思ったのか、自分自身も分からなかったが、絶対にそうしなければならないように感じていた。
数分後、試着室から現れたアイの姿に感嘆の声を上げた一同。
町娘のような格好から一変していた。
「お似合いでございますよ!いやぁお綺麗だ」
「ほ、本当に見違えちゃったよ・・・」「うわぁ可愛い!」
「そ、そうかな?エヘヘ。でも普段着には出来ないし、いつ着たら良いのやら・・・」ポリポリと頭を掻くアイ。
「ではドモン様とサン様のご結婚式にでも着ていただけないでしょうか?ご参加なされるんですよね?」
「そうだそうだ!それがいい」「僕らも参加するし、このドレスを着て一緒に行こうよ!ドモンさん達と一緒に来たぐらいだから、アイさんもお呼ばれされてるんでしょ?」
「え・・・結婚式って・・・やっぱり本当に結婚式なの~?!」
「???」「???」「???」
旅の途中からなんとなくそう思っていたが、アイはようやくそれが本当のことだと理解した。
この思い込みの激しさが仇となり、息子達の幻影を見たりもしたし、逆に目の前にいる子供らが本当の息子だと気が付かないのだった。
子供らが町娘の姿に戻ったアイを街中連れ回して、髪飾りや指輪など大量に購入している頃、ドモン達もようやく『実家』に帰った。
ドモンが脚が疲れただのなんだのとあちこち寄り道をしてはお酒を飲み、徒歩十分程度のところを一時間半もかかってしまったのだ。
「ハァやっと着いた。誰かさんのせいでえらく時間かかったわね」
「あ~小便してぇ」
「だからさっきの店でしときなさいって言ったじゃない。バカね」
「ほらサン、ここにしゃがんで大きく口を開けてごら・・・イテッ!!うわ、本当に漏らしそうになったぞお前」
実家である店の前で、懐かしいいつものやり取りを始めたドモンとナナ。
赤い顔をしながらスッとその場にしゃがみこみ、目を瞑って口を開けたサンと、それを不思議そうに見守るシンシア。
巨乳の女神と可愛い天使と麗しきお姫様と、そして金髪のスケベ異世界おじさんがひとり。
当然目立つことこの上なしで、店の中も外も、あっという間に大騒ぎ。
「うちだけ見事にな~んにも変わってないわね、やっぱり。なんかガッカリだわ」両手を腰に当て、二階を見上げたナナ。
「変わってたら変わってたで『懐かしい私の家が~!』って文句言うだろお前は」ドモンも両手を腰に当てて見上げる。サンはまだしゃがんだまま。
シンシアが「ここがナナの・・・」と話しかけようとした時、ドタドタと大きな足音が聞こえ、大きな胸にスイングドアが弾かれた。
「ナナ!ドモンさん!やっと帰ってきたのね、サンちゃんも!あと・・・??」
「シンシアと申しますわ。以後お見知りおきを」
「シンシアシンシア・・・あ!もしかしてあなたが噂のお姫様かい?!前に王様方がやってきた時に言ってた」
ナナよりも大きな胸を激しく揺らし、嬉しそうに駆け寄ってきたエリーに対し、華麗に挨拶をしたシンシア。
何の説明もされていないが、ナナの母親だということはなぜかシンシアにもすぐにわかった。
「詳しい話は夜にするよ。流石にヨハンにもしっかり説明しなくちゃならないし」
「そうねぇ」「わかったから、あんたはさっさとお母さんから離れなさい!!」
地面に膝をついてエリーに抱きついたドモンを引っ剥がそうとするナナ。
エリーは何の疑問もなく、脂肪の塊の間にほぼすっぽり隠れたドモンの頭を撫でていた。




