第568話
「折角だから、お前達がヨハンの店まで手荷物を運んでやったらどうだ?」「息抜きにゃ丁度いいだろう」
「はい親方!」「わかりました!」
車の中から運び出した着替えやお土産などの荷物が思いのほか多く、代車として馬車を借りようとしていたドモンだったが、街を少し見学したいとアイが言い出し、二手に分かれる事になってしまったため、ドモン達は徒歩で帰ることにした。
シンシアも見学したがっていたが当然却下。
お姫様に何かあれば一大事となってしまうため、それもやむを得ない。
そもそも今現在、護衛も付けずに旅をしている事自体が異例中の異例。
そんな話をしている時に、それならばと大工と鍛冶屋が気を利かせ、例の男の子達を荷物係に指名した。
自分の体の半分ほどもある大きな袋だったが、男の子達は楽々と肩に担ぎ上げ「じゃあ行きましょう」とここを出発。
「んじゃサンがアイちゃんを案内してやってくれるか?ナナはヨハンやエリーと積もる話もあるだろうし、シンシアの紹介・・・と言い訳もしなくちゃならないからさ」とドモン。
「それなら案内は俺達に任せてください!」「今の街なら僕達の方がきっと詳しいですし」と男の子達。
「えー?それじゃこの荷物は一体誰が運・・・まあ俺とサンで運ぶか。じゃあふたりとも頼むよ」
荷物運びを買って出た男の子達がいきなりアイの街案内も買って出て、面倒な荷物運びをやらされる予感にドモンは不満がこぼれそうになったが、親子であることを確かめ合うのにこれほど都合のいいことはないと気が付き、途中で考えを改めた。
アイもふたりが案内を買って出てくれて、満更でもない様子。
「じゃああなた達お願いね」
「ああ任せろ」「アイちゃん・・・って言ったよね?なにか食べたいものとかある?」
「そうねぇ、何が良いかしら??私自分の街を出たことがなかったから」
「じゃあ俺が良い店に連れて行ってやるよ」「僕もアイちゃんに食べてもらいたいものがあるんだ」
小さなアイの右手と左手をつかみ、街の人混みの中に消えていくのを見ていたドモンとサンが目を細めた。
今はまだわかってはいないだろうけれども、これで思い出すかもしれない。三人で買い物に行っていたあの日々を。
「どうすんのよこれ!私絶対に持つの嫌だからね!」
「ワタクシもこのような重たい物は持てませんわ」
「・・・・」「・・・・」
ほっこりした気持ちも、その事情を知らないナナとシンシアによって全てぶち壊しである。
ヨイショー!とドモンが肩に担ぎ上げたが、見た目に反して案外軽い荷物で安心した。
「お待たせアイちゃん、これ食べてみなよ。カルロス領名物の貴族様のスペアリブだよ。ドモンさんが異世界から調理法を伝授してくれたんだって」
「ちょっとあなた、お金はどうしたのよ!こんな高そうなお肉を・・・」
「アハハ心配しないでよ。こう見えて僕らは結構稼いでいるんだ」
「も~・・・ング・・・お、美味しい・・・美味しいわこれ!確かにあの人の料理ね。ありがとう、こんなに美味しいものを」
喜ぶアイの顔を見て、胸の鼓動が高鳴る兄弟の弟の方。
恋なのかどうなのか、こんな気持ちになった記憶があまりない。
「それを食べたらついてきて欲しいところがあるんだ。きっとサンさんと似たような体型だから、似合うと思うんだよなぁククク」
「あなた、どういう意味よそれ。言いたいことは何となくわかるけどね。ナナとは正反対だってことでしょ」
「へへ、当たり~。でもきっと気にいると思うよ」
「まったく・・・ねえこのお肉、私には大きすぎるわ。あなた達も一緒に食べましょ?」
「お、おう」「う、うん」
ドモン直伝のスペアリブの美味しさに、ついお腹をぐぅぐぅと鳴らしてしまったアイ。
なのにそれを独り占めしようとすることもなく、みんなで食べようと言ったアイに、子供達は何かしらの暖かいものを感じていた。
「アイちゃん、ここだよここ!ここは今やこの街で、いや、この国で一番有名な仕立て屋なんだ」
「そうなの?」
「王都の歌劇場で演じる人達も、わざわざここまで買い付けに来るほどなんだ。一流も一流、超一流の店だよ」
「ちょちょちょっと!まさかここで買い物なんてしないわよね?!イヤよ私、そんな高いもの・・・」
「いいからいいから!ほら早く!」
子供達がアイの左右の手を引っ張って、アイは渋々店内へ。
そこには今まで見たこともないような綺麗なドレスがいくつも飾られていた。
「こちらのお嬢様にピッタリのドレスでございますか?」
「そうそう。ええと・・・俺達ドモンさんの知り合いで、サンさんに合わせたドレスのようなものを・・・」
「む?!左様でございましたか!それならばお任せください。実はサン様に合わせたものを、いくつか仕立ててあるのですよ。背丈や体型も似ておりますし、きっとサイズは合うかと思いますので、是非ご試着いただければ幸いです」
「へ?」「お、おぅ」「あ、はい」
ドモンとサンの名前を出しただけで、あっという間に店主の態度と目の色が変わり戸惑う三人。
この店が今繁盛してるのはドモンのお陰で、そしてそのきっかけとなったサンは、店主にとって女神のような存在であった。
「ではまずこちらの物をお試しください。着替えはそちらの小部屋にてどうぞ」
「ちょちょちょちょちょーっと待って!駄目よ!こんな高そうな物を!」
「だだ大丈夫だよアイちゃん、俺らはこう見えて結構稼いでいるんだから・・・」兄は震える声。
「兄さんまずいよあれは・・・金貨10枚はくだらないよ」小声で囁く弟。
以前ドモンがサンのために誂えた背中が大きく開いた黒いドレスに、舞った小麦粉でついた汚れが見事な柄になったという、当時のサンのドレスを無数の宝石で再現した物を、店主が大事そうに持ってやってきた。
いつかサンに着てもらいたかったが、たまたま店にやってきたグラに「サンドラは恐らく、ドモンが作ってくれたあのドレスのままが良いって言うと思うぞ?」と諭され、諦めたものだ。
ずっと店の奥に飾っていたが、ドモンの知り合いで、サンと似たような体型だというなら、店主にとっても都合がいい。
ちなみに実際の値段は金貨10枚どころの話ではない。なにせ散りばめられた宝石のひとつひとつが、それぞれ金貨1枚以上するのだから。
三人もその話を聞いて顔面蒼白。
「あの・・・やっぱり私普通の服が良いわ。こんな綺麗なドレス、きっと似合わないもの。私こう見えてもう三十を越えてるのよ」
「え?」「えぇ?!」「え!それって本当だったの?!」
「それにこのドレスだって、もっと若くて綺麗な娘に着てもらいたいに決まってるわ。だから私はもっと安い服でいいの。それでも私なんかには十分すぎるわよ」
「・・・・」「・・・・」
皆アイの話の途中で理解した。
アイがこの子供達に気を使っていることを。
店主も当然その事を察し、笑顔で大きく一度頷いた。




