第552話
「何の手紙だったの?」
着替えを終えたアイがドモンの左側にくっついて、背伸びをしながら手紙を覗き込もうとしていた。
体を許し、愛し合ったわけではないけれど、今回の件でかなり打ち解けた様子。
「カールからの営業許可証だな。あいつもなかなか仕事が早い」
「領主様とも知り合いって、この人どうなってんのよ」アイがヤレヤレのポーズ。
「この人の場合、知り合いがたまたま領主だったってだけなのよ。その知り合いの中に、たまたま王様もいたんだけどね」負けずにナナもヤレヤレ。
「俺はそんなのよりも、たまたま巨乳美女と出会えた方が嬉しかったけどな。で、もう一通の手紙はなんだろう?」
「やだもうドモンったら!エヘヘ。ふぅあっついわねぇこの部屋」
わざとらしい台詞を吐いて上着を脱ぎ、なにかの存在感を示したナナ。
その圧倒的質量に、他の女性陣は小さくため息。
「ええとこっちは・・・うへぇ、読むのが嫌になるくらいカールの愚痴が書かれてるな。あいつだって絶対興味あるんだから、こんなに怒らなくてもいいのに」
「ここは御主人様から譲られた領地とは言え、今はカルロス様が統治なされている場所ですからね。その経緯もあって、今回のことも認めざる得ない状況ですので・・・」
「ああそうみたいだな。っていうか、憲兵にここがカールの領地だって聞いてびっくりしたよ。あいつの領地って、俺らの街とギド達がいた隣街くらいまでだったんだろ?俺が譲ったとはいえ、随分拡がってねぇか?」
「カルロス様のお屋敷がある私達の街からギドさん達がいた隣街まで、馬車でゆっくりとした行進でしたけど、二日かかっていたくらいですよ?御主人様はその更に倍の領地をお譲りしたわけですから、ここらも当然カルロス様の領地になります」
「へ、へぇ~そりゃすごいね・・・」
サンの説明でドモンもようやく納得。
なんならホビット族がいた草原や森、最初に寄った立派な道の駅の辺りまで、ドモンが領地として与えられていたということを、たった今知ったのだ。
ドモンはあの時、簡単に領地を譲って驚かれたが、みんなが驚いた理由もよく理解した。
実際移動してみてわかったことだが、ドモンが貰った領地は、東京・名古屋間まるごとの土地ほどの大きな領地であった。元のカルロス領は、東京・神奈川間程度の大きさだった。
「カールのとこが東京だとしたら、ギド達の街が箱根辺り、ってことは現在地は富士宮か沼津くらいかな?ハハハ・・・」
「???」「???」「???」「???」
「ハァ・・・そりゃカールも驚くはずだよな。そんな土地急に貰ったら。ええとそれから・・・『ところでドモンよ、最近貴様のことを嗅ぎ回っている連中が、ヨハンの店の方にもやってきているようだ』だって。あららら、これはちょっとまずいな」
「なんですって?!昨日言ってた連中なの??」
「わかんねぇ」
神妙な顔つきに戻ったドモンとナナが、サン達にも野盗のボスに狙われていることを説明。
シンシアは皆が思っている以上に怒りをあらわにし、右足をダンダンと床に叩きつけた。
「キィィだらしのない!カルロスは一体何をしているの!しっかりしていただきたいものですわ!ドモン様の命を狙う不届き者めをのさばらせておくだなんて!許せません!」
「まあそう言ってやるなって。俺はなぜかよく狙われるんだよ。盗賊やどっかの悪ガキ共だけじゃなく、王族のジジイとかどこかの国のお姫様とかにもな」
「うぅ・・・それについては、一生ワタクシのことを責めてくださいまし。どんなお仕置きでも全てを受け入れる覚悟は出来ております」「サンも・・・」
「冗談だよ。それにサンは関係ないだろ。ええと『その怪しげな連中が、昨夜一斉に消えたと報告が入った。万が一を考え、こちらから送った護衛が到着するまで、身の安全を覚悟するのだ』だって」
手紙は早馬で届けられたため、カールの屋敷の騎士がひとりいるのみ。
しかも軽量の鎧しか装備していなかった。
きちんとした装備の騎士達が到着するのは、早くとも半日後とのこと。
もし昨晩のうちに怪しげな連中がここに向かって出発していたならば、もうここら辺りへ到着している計算。
「あら、これは結構まずいんじゃないか?のんびりスケベしてる場合じゃなくなったみたいだぞ。例のボスか野盗の軍団かは知らないけど、ここに向かってる可能性が高いな」とりあえずタバコに火をつけたドモン。
「自動車に入って、中から鍵をかけちゃえば良いんじゃない?あれならちょっとやそっとの攻撃でも耐えられるわよ」とナナが閃いたとばかりに、右手の人差し指をピンと立てた。
「うーん・・・攻撃には耐えられるだろうけど、恐らく盗賊連中なら自動車の鍵くらい簡単に破って開けちゃうと思うぞ?この程度の鍵なら俺でも開けられるもん。ホビットのとこでやっただろ?自動車をかなり速く走らせてたなら大丈夫だろうけど、ああいう連中は馬から飛び移って、車にしがみついてでもこじ開けて入ってくるだろ」
「そうね・・・」
ナナも襲ってくる野盗の手口はよく知っている。
馬に乗った野盗を振り切れるほどの速度が出せればいいが、そんな事が出来るくらいならば、とっくにもう自宅にまで到着していたはずだ。通行量が多く、そんな事は出来ない。
「そ、それでも車を激しく左右に振るとか、少し悪路を走るようにすれば、賊も流石にドアの解錠までは出来ないのではないでしょうか?」「そうですわ!」とサンとシンシア。運転の腕には少し覚えがある。
「そうかも知れないけど、俺がもし野盗のボスなら・・・そこらにいる通行人を捕まえて縛って、道いっぱいに転がすよ。それならもう自動車を止めるしかないだろ」
「うわぁ、あく・・・よくもまあそんな悪知恵を思いつくわね」
肉壁ならぬ肉の車止め。
ドモンのその悪魔的な発想に、思わずナナも口から「悪魔」と言いそうになった。
悪人の乗せた逃走車両を止めるのは大変だが、パトカーを止めるのは簡単だ。善良な人々を壁にすれば良い。
ドモンらはそんな話をしていたが、実際に現在それに近いことが行われていた。
カルロス領側からや王都側からの道も、倒木や事故、馬車の放火などが相次ぎ、大渋滞を起こしていたのだ。




