第549話
「テッテレー!この看板取っといて良かったな」
浴場の照明が点き、以前シンシアと対峙した際に使用したドッキリの看板を持って、ニコニコとドモンが現れた。
だが誰からも反応はなく、全員が無表情。
「実は何にもしていませんでした~!まあちょっぴり犯された記憶と羞恥心と快感は残っちゃってるかもしれないけども、本当に何もしてないからさ」
「このバカ!記憶に残ってたら実際にされたのと変わんないのよ!バカバカ!私だってあん時の記憶がまだ残ってんだからね!!」
未だにナナの頭に残る、王都に向かう途中の馬車の中でドモンから受けた暗示。
いくら嘘だと言われても、頭の奥底に残るなにかに体がピクリと反応することがまだたまにあった。
「そうなのか?ほらみんな目を覚ませ!お前達は何もされてないぞ!気をしっかり持て」
「うぅぅ・・・」「一体何がどうなって・・・」
「でも服と下着が汚れちまったのは事実だから、俺がしっかりと洗ってやるよ。ほら奥さん、まずは汚した下着を脱いでイヒヒヒ」
ドドドド・・・バタン!ドドドドド・・・・ガシャーン!という音と共に、浴場にナナが登場。
母娘はドモンの魔の手から救われた。
深夜一時、ドモンがサンに頭とお尻に薬草を塗られつつ、オーナー一家と店長を交え話し合いが行われた。
オーナー一家と店長の処遇、そしてこの宿の今後についてなど。
サンとシンシアは失神したままのアイを連れ部屋で就寝。
覗きをしていた客やオーナーの子供達も不問とし、部屋へ返した。
「ナナも先に寝てていいぞ。もう夜も遅いし眠いだろ。俺達はこれから大事な話があるんだ」
「イヤよ!今日だけは絶対にイヤ!裸見られるわ、あんなもん見せられるわで、ひとりで寝られないわよ」
「サン達の部屋で一緒に寝たら良いじゃないか」
「そういう意味じゃないの!もうあんたわかってて言ってんでしょ!!」
ドモンどころか、この場にいた全員がナナが言いたいことの察しはついていたが、とりあえずは知らん顔。
あんな事があれば、体がムズムズするのも仕方ない。なんなら一度スッキリしておこうか?とドモンに提案されたなら、この場で致してもかまわない勢いまであった。
ただ若いナナならいざ知らず、皆いい大人であったので我慢もする。
そしてシンシアとサンの様子は、今は覗かないこととした。
「なるほどなぁ・・・一応足を洗って、真面目に生きようと思ったのは本気だったんだな。やり方は悪かったにしろ」
「あぁ」「子供も生まれりゃ考えも変わるってもんさ。うちの人は人の命を奪うような人じゃなかったけど、いつかそんな事になっちまった日には、子供らにどんな顔をしたら良いのか・・・それにそんなことすりゃ子供らだってただではおかなくなるだろうしさ」
ドモンの言葉に、気持ちを一気に爆発させたのは奥さんの方。
生まれた子供によって命の大切さを改めて知り、その中の状況で、今をどうにかしようとしていた。
「でも悪かったよ・・・今度ばかりはあたしも反省した。あんたも恥ずかしかったよね?ごめんよ・・・」
「ま、まあ私はもっと恥ずかしい思いをこの人にされているから、今更どうこう言うつもりはないけど、人によってはもし覗かれていたのを知ったなら、死んでしまおうと思う女の人だっていると思うわよ?」
「うん・・・そうよね。でもこの人を好きになって、ついていこうと決めちゃったから・・・男に襲わせたり、怪我させたりや命さえ奪わなきゃいいと思ってた。それまでずっとそんなの見てきたからさ、あたし。それならまだマシだろうと・・・」
「結局好きになっちゃったら、女にはどうしようもないこともあるもんね・・・」
女同士、きっとそれまでどうにもならない事情があったのだと理解し合うナナと奥さん。
このオーナーは酷い人間だけれども、ドモンだってなかなかに酷いものがある。
「本当なら縛ったまま下剤飲ませて、客と一緒にお前らがウンコ漏らすところ見学しようと思ってたんだけど、流石に俺も気遣ってヤメたんだぞ。子供もいたしな。何ならそのまま母娘交互にズッポシ・・・」
「ほら、そういうところよ!そういうところ!ねえこの人本当にするんだからね?!あなた達、今日は助かったのよ?こんなことやってたら、いつか本当にそんな目に合うわよ?」
ドモンの言葉にカッと頭に血が上ったナナであったが、すぐにドモンが言いたかったことを理解し、それをオーナー夫婦に伝えた。
こんなことを続けていれば、いつか手痛いしっぺ返しを食らうことになるからだ。
「そうは言ったって、ここは街からあまり離れてもいないし、みんな外で野営するなりして次の宿場まで行っちまうんだよ。部屋も多いとは言えず、作った浴場も他と比べりゃそれほど広くもなく名物にもならねぇ」頭を抱えたオーナー。
「風呂も時間によって男女交代制だもんなぁ。混浴にしようとか思わなかったのか?」
「話には聞いていたから初めはそうしたよ。でも男ばかりが集まっちまって、尚更女が寄り付かずに客が減っちまったんだ」
「まあ混浴にするにはちょっと狭すぎるか」
「知らないおじさんと肩寄せ合ってお風呂に入る勇気は、混浴に慣れてる流石の私でも無理ね」
ナナは『知らないおじさん』とは言ったものの、実は頭の中でカールやグラ、義父やホークなどがズラッと湯船に並んで入っているのを頭に思い浮かべていた。
とてもじゃないけど、そこへ全裸になって突入する気になれない。
「で、結局今の覗きを商売にしたと・・・」
「まあそれもあるんだが、ここで商売始めたのをボスに知られちまったんだ。それで足抜けしたことを見逃してほしけりゃ、俺に協力しろと言われてな」
「なんの協力だ?上納金でもせびるつもりだったのか?」
「いいや、浴場にあるあの向こうが透ける不思議な窓があるから、それを使って商売をしながらある人物を探せと・・・見つければ見逃すどころか懸賞金まで出すと言っていた」
元野盗であるこのオーナーが、その探している人物に自身の顔が割れているかどうかがわからなかったため、一般人である人物を店長として雇い、オーナー自身は覗き客と一緒に、マジックミラーの向こうからその人物を探すことになった。
「で、野盗のボスが探している奴ってどんな奴なんだ?」
「ああ・・・左のこめかみと眉間に深い傷が入った顔で、左脚を引きずって歩くのが特徴だそうだ。なんでも殺しても蘇る悪魔のような男で、そいつのせいで野盗の仲間が何人も捕まった上に、王都に居を構えていた仲間の組織まで一網打尽にされてしまったとか」
「・・・・」「・・・・」濡れた髪を慌てて下ろすドモン。
「見つけたらボス自らなぶり殺しにしてやると息巻いていたよ。体中の骨を折って、縛り付けて煮えた油の中にそいつの家族ごと突っ込むんだそうだ」
「そりゃ美味しそうな唐揚げが出来そうだね・・・あ、でも骨付きだから唐揚げではないか」
心当たりがありすぎるふたり。
ドモンは必死に隠そうとしているが、ナナはすでに諦めムード。
「私もその懸賞金貰えるかな?」
「その時はエールの一杯でも奢ってくれよな」
ナナにそう答えタバコに火をつけたドモンは、左脚を引きずりながらトイレに行った。
熱は37度前後まで下がったものの、延々と気管にツバが入ったような呼吸困難が続き、それに加えて持病の喘息の発作が加わって、感覚的にはかなりヤバイ状況かと思われる。
一応生存報告として、誤字チェックもせずに書き溜めてあったものをアップしておく。




