第547話
散々銭湯や温泉に入ってきたドモンだからこそ覚えた、その違和感。
向かって左側に7~8人が入れる湯船があり、真正面にいくつかの鏡と洗い場。
向かって右側、つまり湯船の反対側にもいくつかの鏡があった。
「なんか鏡が多くねぇか?風呂に入ってる自分が見えるなんて初めてだけどなぁ」
「そう?気持ちよさそうにしている自分を見るためじゃないの?ほらドモン、とにかく今は時間がないんだから、早く体洗ってお風呂入るわよ。はいバンザイして」
「それになんで背もたれの付いた長椅子がこんなにあるんだ?それにその背もたれも変な角度だしよ。ビーチベッドじゃないんだから」
「その方がお風呂でのぼせちゃった時に都合がいいんじゃない?」
ナナは特に気にもしていないが、ドモンにはどうも納得ができない。
背もたれ付きの椅子が、全て鏡の方に向かっていたためだ。
しかも中途半端に寝そべるような体勢となり、これでは自身から股間が丸見えで、まるで落ち着く気がしない。
「はい目をつぶってね。髪の毛流すよ~・・・はぁいおしまい。時間がないからすぐにお風呂に入るわよ」
「う、うん」
「あ・・そうだ。こんな椅子があるなら折角だし・・・み、見てみる?さっき言ってたやつ。サンみたいに綺麗だったらいいんだけど・・・鏡があるからちょうどいいわね。私自分のやつ初めて見るかも??」
「いや・・・ちょっと待てナナ」
椅子の背もたれに寄りかかり、手で両脚を持って上げようとしていたナナを慌てて止めたドモン。
ドモンが自分のタオルでナナの体の正面を隠すと、常人では判断できないくらい小さな舌打ちがドモンには聞こえ、疑いは確信へと変わった。
あとはそれを証明するだけである。
「ナナ、立ち上がってちょっと両腕を前に出せ」
「???」
ドモンは更衣室から分厚いバスタオルを持ってきて、前に伸ばしたナナの両腕にかけた。
タオルはナナの体の前でコの字のトンネルのような形となる。
「なにこれドモン、重いよ」
「腕にタオルを掛けたまま、両手を鏡に当ててタオルの中を覗いてみろ」
「タオルがあったら薄暗くてなんにも見えないじゃないのよ・・・ほらやっぱ・・・きゃああああああ!!!!」
「大当たりだなクソが」
覗き込んだタオルの中に無数の男の顔が見え、ナナは大絶叫。
恥ずかしいというよりも、幽霊を見てしまったかのように驚いた。
自分の顔が見えると思っていたのだから、その反応も当然だろう。
この浴場にある鏡は、全てマジックミラーであった。
ドモン達は覗かれていたのである。主に見られたのはドモン以外だろうけれども。
マジックミラーとは、少しだけ透過した鏡。
これを明るい場所と暗い場所の境に置くと、暗い方からは明るい方が透けて見え、明るい方からは反射して鏡となる。
なのでタオルなどで光を遮る屋根などを作れば、明るい方からでも鏡の向こうを見ることが出来るのだ。
浴場内のやけに明るい照明も、恐らくこのためのものだろう。
ドモンがやったこの方法は、窓がマジックミラーになっている謎の車を見かけた場合、絶対にやってはいけない。
ちなみに中から聞こえる音は結構外までジャジャ漏れというか、外の車の走る音が聞こえているのだから、そりゃ大声を出せば外に聞こえるわなという話。
程なくしてサンの「そっちです!」という叫び声と、「大人しくしろ!」「動くな!手を頭の上に乗せろ!」という冒険者達の声が廊下に響き渡った。
ドモンとナナに換えの下着を届ける・・・という口実で部屋を抜け出し、願わくばドモンと一緒にお風呂に入ろうとして、たまたま更衣室までやってきたサンにドモンが事情を話し、外にいた冒険者達に協力を仰ぐように指示をしていたのだった。
この結果、覗きをしていた十数名の客がお縄となり、ここの宿の雇われ店主とオーナー家族も捕まえることになった。
オーナーには奥さんの他、中学生程度の娘がひとりと小学生低学年くらいの息子もひとりいて、全員が同じようにロープで縛られ繋がれていたが、特に皆取り乱す様子もなく、ふてぶてしい態度でドモン達を睨んでいた。
「隠してあった帳簿が見つかったわドモン!」と駆け寄ってきたナナの髪はまだ濡れたまま。
「へぇ~・・・随分と荒稼ぎしてやがったみたいだな」ペラリペラリと帳簿をめくったドモンだったが、暗号だらけのこの帳簿の見方がわからず、言ったことはすべて適当である。
「フン!この人が野盗をやってた時に比べりゃ、大した稼いじゃいないよ!今では足も洗って真面目にやってんだ。文句言われる筋合いはないね!」と鼻で笑う奥さん。
「他人の嫁の裸を大勢に見せて真面目だっていうのか?」
「その分宿代を安くしてやってんだ。逆に感謝してもらいたいぐらいだぜ」
立派な髭を蓄えたオーナーの方も全く悪びれることもなく、ふんぞり返るようにドモンにそう吐き捨てる。
後ろ手に縛られた子供達も不貞腐れた顔のままドモンを睨み続け、ロープを解いてやろうと近づいたドモンの顔に、娘が「ぺっ!」とツバを吐きかけた。
ドモンの右頬を伝う娘のツバ。
赤い目をしたドモンがニヤリと笑って舌を伸ばし、そのツバを舐めようとした瞬間、ナナがドモンの頭を引っ叩き、サンが大慌てで顔をタオルで拭いた。
「あんたねぇ・・・もっと自分を大事にしなさい。若い娘がそんなことしてもこの人は喜ぶだけだし、それに・・・倍返しにされるわよ?」と、哀れみを持った顔で娘を見下ろすナナ。
「そんな覚悟こっちはとっくに出来てんのよ!」「娘に手を出そうってのかい?この外道が!もしそんなことになれば、必ずあんたらも道連れにしてやるよ!」
それでも娘と母親の態度は変わらない。
そして変えなかったことを、後悔することとなる。




