第545話
「ねえこのニオイってまさか?」アイを抱っこしたままドモンの方を見たナナ。
「客で見えねぇけど、多分あれだよな??」
人の輪が何重にもなっていて、誰が何を売っているのかもわからないが、そのニオイだけはすぐにわかった。
「アップルパイです!!あ!あ!御主人様!ジルの声が聞こえますよ!」バンザイしながらぴょんぴょんと跳ねて、働いているジルにアピールするサンがとても可愛い。
「あぁホントだ!ザックもいるな。何やってんだあいつらこんなところでハハハ」
アップルパイを裏からせっせと運ぶゴブリンのザックと、接客をしている妹ジルと数名の女性の姿がドモンからも見えた。
「押さないでくださーい!まだありますし、3時にはまた焼き上がると思いますので!はい、おふたつですね。銀貨1枚になります」とジルの声。
「ひと欠けで銅貨50枚かよ。随分ぼったくってんなぁアハハ」
「こ、これでもギリギリなんですよっ!お給料の支払いだってありますし、それに美味しいリンゴや小麦粉を仕入れるのにだって・・・って・・・ご、ご、御主人様?!お、お兄ちゃん!ドモン様が来てるよ~!!うわぁ~!!」「な、なんだってー?!」
客の隙間を起用に抜けて、店の端っこからジルに話しかけたドモン。
ドモンも驚いたが、ジルはそれ以上に驚き、その場でビヨーンと飛び跳ねた。
「サン!」「ジル!」
手と手を取り合い懐かしむサンとジル。
しかし客を待たせるわけには行かないので、ジルはすぐに持ち場へと戻り、サンも店の手伝いを始めた。
いきなりでもサンの接客は完璧。王都でも証明された通り、この国で一番のメイドなのである。
ごちゃごちゃだった客達もあっという間に整列され、仕事の流れもスムーズに。
「ようこそいらっしゃいましたドモン様!俺の方は一段落ついたんで、どうぞ三階の方へ。二階はお客様が食事する場所となってるんですよ」
「ここはザックの店なのか?随分と繁盛してるようだな」
「えぇカルロス様に出資していただいて。いやぁそれにしても驚きました。で、そちらのお子様は??あとそちらのお綺麗な方は一体??」
「私は子供じゃないわ!大人のホビットよ!多分あなたよりもずっと年上のね。何よ随分失礼しちゃうわね、このゴブリンは」ナナの抱っこからピョンと飛び降りたアイ。正直気持ちよくて少しだけウトウトしていた。
話したいことも聞きたいことも山程あるザック。
三階にある自宅にサン以外の皆を招き、名物のひとつであるアップルティーを持ってきた。
「さっきも本人から紹介あったけど、こっちはホビット族のところで知り合ったお姉さん。カールの屋敷のとこでやるサンとの結婚披露宴を見に来るんだ」
「そうだったんですね。先程は失礼しました」
「で、こっちは三人目の嫁さん。隣国と戦争になりかけたことがあったの知ってるか?そこの国のお姫様だ」
「え?え?三人目??争いがあったのは知っていましたが、え?!どういうことですか??お姫様?!」
「ホホホ、以後お見知り置きを。でも三人目と言いましても、三番目になったつもりはありませんですわよ?オホホホ!」
「シンシア、あんたねぇ・・・」
シンシアが三人目の妻であることも驚いたけれど、一国の王女であることを知り驚愕するザック。
キッチンでアップルパイを切り分けるザックに向かって、なぜシンシアを娶ることになったかの事の経緯を話すと、ザックよりもアイの方が驚いていた。
「一応アイちゃんにも言っておくけど、例の白雪の姫さんとシンシアの国は関係がないからな?」
「それはわかっています。風の噂ではもう国は滅び、周りの国々に吸収されたと聞きました」と、アイが静かにアップルティーを飲む。
「ワタクシも大体の見当はついておりますわ。国内外で争いの絶えない国でしたから、滅んで当然でしょう」シンシアもアップルティーを優雅に一口。
「そうらしいな。まあ俺も一度その美人の白雪さんとやらにお願い・・・じゃなかった、会ってみたかったけど残念だ」
ドモンの余計な一言で、女性陣が一斉にドモンを睨んだ。
ザックは相変わらずのドモンの言動にハハハと空笑いしながら、切り分けた名物のアップルパイを持ってきた。
「こちらはシナモン入りの、一日冷蔵庫で寝かせたアップルパイです。どうぞご試食ください」
「お?シナモン入りとはひと工夫したな。それに一日寝かせることに気づくなんて大したもんだ」
「シナモン入りと無しのもの、焼き立てと一日冷やしておいたものの四種類を販売しているんです」
「客の好みもあるからな。いいんじゃないか?」
感心しながら、まずはドモンが素手で掴んでガブリと一口。
焼き立ての方が絶対に美味しいと考えていた女性陣は、ドモンが食べるまで一旦様子見。
「完璧だ・・・しかも生地が何層にも分かれたしっかりとしたパイ生地になってる・・・これは元の世界でもきっと売れるぜ」
「あ、ありがとうございます!ありがとうございます!!」
ドモンが働いていた時の、デパ地下にあった美味しいアップルパイに近い。
リンゴの酸っぱさと程よい甘さ、シナモンの香りと刺激が見事にマッチしていた。
「リンゴの種類が違うみたいだけど、これも一工夫?」
「いえ、私達の故郷の方でもこれを販売することになり、敢えて差をつけたんです。こちらのは酸っぱめで爽やかな味わいのリンゴで、向こうのアップルパイは村で採れる甘めのリンゴを使用して、シナモンを控えめにする感じにしています。どちらも食べてみようと旅をする方も多いですね」
「アハハ、そりゃ商売上手だな。長老は今あっちに?」
「はい温泉旅館も出来まして、そこで切り盛りしていますよ」
ドモンが呑気におしゃべりをしている間、ナナが慌てて大きく一口。あともう一口で無くなる勢い。
それを見たアイとシンシアは呆れながら、上品にフォークで一口。
「んぐぁ~!焼き立てじゃなくても本当に美味しい!」
「本当、しっとりとしていて生地との調和も取れてますわ!」
「な、なによこれ?!まさかこれもあなたがゴブリン達に授けたっていうの?!」
ちょこちょことドモンとサンにアップルパイを作ってもらって食べていたナナとシンシアだったが、「一晩寝かせた方が美味しい」というドモンの忠告を聞かず、いつも焼き立てで食べていた。新発見の味にふたりの目も白黒。
アイは完全に初めての味覚に舌がびっくりし、違った意味でまたドモンを睨みつけた。
ゴブリンの兄妹は両親を人間に殺され、その後も迫害を受け続けていたが、あの時ドモンに教わったアップルパイひとつで、その人生は逆転した。
ただ人間に怯え逃げ続け、常に死を意識していたあの頃が嘘のよう。ゴブリン達はドモンのお陰で救われた。
一時間弱お互いの近況を報告しあい、カスタードクリームを使用したアップルパイなどをドモンが伝授。
最後にゴブリン兄妹の店に、王家御用達の偽物のような『ドモン御用達』のサインとドモンの印が入った書を残し、ドモン達はゴブリン姉妹に別れを告げた。
ちなみに後日談となるが、この『ドモン御用達』が各国の王族などを大勢呼び、本物の王家御用達の賞状を大量に貰うこととなって、ゴブリン兄妹は地位や名誉や富の全てを手に入れることとなった。
発展した道の駅に、次々生まれる美味なる食べ物、そして一歩進んだ人種間の交流。
ここでもドモンの知らぬ間に、大きく前へと進んでいた。
ただこの先ドモン達は、こんなものではすまない驚きの光景を目の当たりにすることとなる。




