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第542話

いくつかの小さな荷物と備長炭が詰まった箱を持ち、ドモンがやや困惑した表情で車から降りてきた。

その後ろのドアから顔だけ出し、「アイさ~ん、どうぞこちらへ」とニッコリ微笑むサン。


「サンさんなんですか?まだ荷物があるの?」

「サンでいいです。とにかくどうぞこちらへ」

「俺は一足先に戻って料理の準備しているからな」

「はい」「はい」


ドモンと入れ替わるようにアイが車へ。

そこにはなぜか裸になったサンがいて、アイの腕を掴んで中へと引っ張り込んだ。


「こんな短い時間であの人と!そしてやっぱり私まで巻き込む気なのね!」逃げ出そうとしたアイだったが、サンに掴まれた腕を振りほどけず。

「違いますから!この車の中で水浴びすることが出来ますので、とにかくまずは綺麗にして・・・」

「イヤよ!!」

「お願いアイさん!話を聞いて!」


体の火照りを取るために水浴びをしながら、話し合って交流を深めていくふたり。

車内の狭い浴槽の中、サンはくっつくようにアイの体を王都の高級石鹸で洗っていく。


「サ、サン、そんなとこまで洗わなくても・・・はうっ!そこは汚れてるから指を・・・うっ!」

「ここも綺麗にして置かなければ、御主人様がお困りになりますので」

「どうしてここを洗わないとあの人が困るのよ!嫌よ離して!あぁ体に力が入らないもう駄目!ヒィィおかしくなっちゃう~!!」

「私も同じように洗っていただけますか?いつでも御主人様に捧げられるように・・・」



ドモンがナナ達の元へ戻ってきてから30分。サンとアイはまだ戻らない。

森の中に他の獣はいないし、ここに至るまでの草原にも何もいないので襲われる心配などはないが、ドモンとホビットの長は気が気でない。


ドモンがアイを抱くこともなく、サンが全て上手くやってくれるとドモンから伝えられたホビットの長であったが、あのキノコのエキスが入った飲み物を飲んだサンに、到底そんな事が出来るとは思えなかった。


「サン達はどうしたの?」とナナ。

「あ、ああ、なんだかふたりで水浴びして、さっぱりしてから戻ってくるってよ」

「アイさんはともかく、サンはさっきもさっぱりしてたじゃないのよ??」

「へ、蛇が出て、驚いてふたりとも漏らしちゃったんだよ!多分だけど・・・。それよりもほら!鶏肉を焼く準備を手伝ってくれ」


ドモンの悪巧みに関してだけ勘の良いナナ相手に、とてもこれで誤魔化し切れたとは思えなかったドモンであったが、何とか食べ物で釣って話をそらした。

ミートソーススパゲティの大盛りを一皿、ドリアもふたつ完食してのこの食欲に、ドモンも感謝する他ない。


ドモンは鶏もも肉を器用に均等な形に切り分け、先程自動車から持ってきた竹串に手際よく刺していく。

こちらの世界には料理用の竹串はなく、少し大きめの鉄串があるだけなので、皆物珍しそうに見ていた。炭ももちろん見るのは初めて。


「こんなに小さく切り分けてから串で焼くのかい??男衆なら一口でなくなっちまいそうじゃがの・・・」

「食いごたえはなさそうだなぁ。鶏肉はかぶりつくのが一番美味いと思うんだが」

「皮に下味もつけないのかい?塩とかにんにくやハーブとかでさ」


今のところ、概ね不評である。

基本的に肉を焼く時は、シュラスコのように長い鉄串に大きめの肉を刺して焼いて、焼けた後に切り分けて食べるのが一般的であり、ドモンのように小分けにしてから肉を串に刺して焼くことはない。

それならば鉄板や鍋などで直接焼いた方が早いためだ。


「まあまあ楽しみにしておいて。奥さん方はこれと同じように串に刺していってよ。俺はまた炭に火をつける作業に戻るからさ」そう言い残しドモンは外へ。

「それは本当に火がつくのかい?さっきから扇いでいるけど、少し赤くなっただけでとても調理できる熱だとは思えないんだが」


ドモンについてきたホビットの長。カールの屋敷でのバーベキューのように、先程即席でドモンの要望通りのコンロを作り上げた。

元々備長炭は火がつきにくいのもあるが、着火剤も団扇もないために、なかなか思ったとおりに火がつかない。

油分を含んだ白樺の木の皮などがあれば楽だが、あいにくそれもなく、燃やせる紙や布のようなものもなかったのだ。


結局鍋でラードを煮て溶かし、その中に細い薪を入れて、即席の着火剤を作ったのが今から20分前。

小さな鉄板を団扇代わりにして扇ぎ、10分程前にようやく着火剤の火が当たっていた部分の炭だけが赤くなったところであった。


鉄串二本を火ばさみ代わりにし、炭を回転して更に扇いで何とか炭全体が赤く染まった頃、串に刺した鶏肉を持った奥様達が皆を引き連れて外へとやってきた。


コンロの上に並べられる鶏肉の刺さった串。

ドモンが調理しているのはもう言わずもがな『焼き鳥』である。


パチプロとして本格的に食い始める、もっと前の真面目に働いていた頃、仕事上がりによく小さな焼き鳥屋に通っていた。

狭い店内はいつも混雑していて、ギュウギュウ詰めでくっついて座りながら、美味しい焼き鳥を頬張るのが好きだった。


胸の大きな女性がくっついてくれれば一番だが、大抵は明治か大正生まれのおじいさんが横に座る。

焼き鳥屋の大将も交えながら、いつもろくでもない話をしていた。生々しい戦争の話から、放送禁止用語まみれのスケベな話まで。


その中でドモンは焼き鳥の焼き方も学んだ。


炭の高さを二段階に変えたコンロ。

鶏肉に塩を振った後、炭に近い方で片面を焼き、ひっくり返してからは炭から遠い方に乗せてじっくりと火を通す。

肉汁を閉じ込めゆっくりと。最後に風を送って一瞬だけ火力を上げて仕上げる。


もちろん見様見真似であり、焼き鳥屋の大将には全く敵わないが、そこらで味わう焼き鳥くらいに負けないほど、ドモンは上手に焼けるようになった。


「どうしてこんな匂いになるの・・・?塩を振っただけなんでしょ?どういうこと??」ナナは今にもヨダレを垂らしそう。

「あんなに食べたあとだってのに、腹が鳴って仕方ねぇよ。おい誰か、エールを用意してくれ」とホビットの長。

「任せといてくれよ。あたしらだってもう我慢できないさ。こんなもの見せられちゃ」何処かへ走り去る奥様方。


もうすっかり陽も落ち夜になり、照明がつけられた。

冷えたエールが皆に配られ、あとは焼き鳥を食べるのみというところで、闇の中から「あなたの好きなようにはさせません!この悪魔め!」という声が響き渡った。




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