第541話
「さてと、鶏肉焼くために必要な物を、また自動車に取りに行かないとな」とドモンが席を立つ。
「ああ、それなら俺も手伝・・・いやもう少しこれを食べたいな。アイナノア、代わりに手伝ってあげてくれるか?」
「・・・わかりました」「・・・・」
「慌てなくてもいいからな。ゆ~っくりと準備をしておくれ」
ハッと何かを閃いたような顔をしてホビットの長がウンウンと頷いたあと、ドモンとアイを二人きりにすべく、なんとも含みのある言い訳をした。
ドモンはすぐにその意図を察し気まずそうな顔。アイは怪訝そうな顔をしてドモンを睨みつけた。
ナナはドリアに、シンシアはホビット達との歓談に夢中。
サンだけがドモン達のその異変に気がついた。
「私もお手伝いいたします御主人様」と席を立ったサン。
「あ、いやその、うん、そんな大荷物でもないし、まだここにいても・・・」
「大荷物でもないなら私ひとりで十分ですから、ご指示をいただければ」
「えっと、サンひとりだと重いけど、俺とアイちゃんのふたりならちょうどいいと言うか都合がいいと言うか・・・」
ドモンの歯切れの悪い答えに、アイとサンがふたり揃ってジトッとした目でドモンを睨む。
ドモンにはそんなつもりもないし、そもそも自分のせいではないので、困惑した顔のまま今度はホビットの長の顔を見た。
「別に深い意味はないんだよアイナノア。あぁそうだ!まずはこれでも飲んで落ち着きなさい」
「え?これお母さんとの思い出のやつじゃないの??」
冷蔵庫からホビットの長が徐ろに出したのは、随分と年季の入った様子の謎の瓶。
聞けばホビットの長とその奥さんが夫婦水入らずの際に飲んでいた、思い出の果実の飲み物であった。
「お酒・・・ではないのよね?」
「ああ、お酒ではないよ・・・少しだけ発酵してるかもしれないけれど」
「じゃあサンもどうぞ。飲んだら一緒に行きましょう」
「はいわかりました」
「え?!そ、そうかい・・・」
小さなコップに少し黄色みがかった飲み物を入れて、ゴクゴクと飲み干したアイ。そしてサン。
想像していたよりもずっと美味しく、目を丸くして顔を見合わせた。
「おい、あんた・・・今のはリンゴとブドウの飲み物なんだけど、アレが入っちまってんだよ・・・例のキノコや、他いくつかのキノコも」ドモンにボソボソと耳打ちをしたホビットの長。
「そんなことだろうと思ったよ。どうすんだよ、サンまで飲んじゃったぞ」ドモンもボソボソ。
「効くのは三十分後くらいだから、それまでになんとか娘とふたりきりになってどうにかして欲しい」
「何言ってんだよ、もう本当に・・・ああもうどうすりゃ良いんだ」
相手の見た目が幼くても、年齢がある程度いっているとなれば、罪悪感を持ちつつも抱けるのはサンで実証済み。
見た目幼女からエルフのおばあさんまで。ドモンのストライクゾーンはガバガバなのだ。
しかし今回ばかりは気が進まないのは、もしかしたらあの時の子供達が、アイの息子達かもしれないからだ。
相手に夫や恋人、そして子供がいようと普段なら関係なく抱いてしまうところだけども、不幸な境遇にあった子供達を更に落胆させるような真似はしたくないし、正直嫌われたくもないというのがドモンの本音。
大工や鍛冶屋のところに行くたびに気まずい思いをするのは、まっぴらごめんである。
「まあ酒じゃないならサンなら多分自制は利くし、わかってくれるとは思うけど」
「いや実は結構発酵しちまって、とっくに酒になっちまってんだよ。少し飲んだくらいじゃわからないだろうが」
「ウッソだろお前・・・」
ドモンがパッとサン達の方へと振り向くと、「じゃあアイちゃん一緒に行こ?」とサンがアイの手を握り、百万ドルならぬ百万金貨の天使の笑顔でアイを骨抜きにしていた。
すっかり仲良くなったサンとアイを連れ、ドモンはもう一度自動車へ。
サンとアイが並んで手をつなぎゆっくり歩いていると、アイが一番最初に異変に気がついた。
「も、盛りましたね・・・私を犯すために・・・何かを・・・」
「違う違う!本当に俺じゃないんだ!そんなつもりはまったくないよ!」
ドモンが言い訳をするも、アイはずっとジトッとした目のまま。
サンと手を繋いでいる左手が異常なほど敏感で、少しでも指を動かされるだけで、全身に鳥肌が立ちゾクゾクとする。
一方サンの方は、アイと同じように謎の飲み物を飲んだものの、酔いによって今にもドモンの目の前で戻しそうで気が気じゃなく、今はそれどころの話ではない。。
ノロノロと身をよじらせながら歩くこと三十分。ようやく自動車まで到着。
「はぁはぁ・・・こんなものに負けてたまるもんですか。必要な物を持って早く子供達のところへ帰るんだから・・・」
「だからそんなつもりはないって言ってんだろ。それよりもサン、少し車の中を片付けるのを手伝ってくれ。さっき来た時脱いだ下着とかそのままだから、中が少し散らかってるんだ。アイちゃん、五分ほど待っててくれ」
「はい!」「わかったわ」
サンとふたりきりになったドモンは、もうこれ以上どうにもならないと、ここに来た理由の説明を始めた。
ナナやシンシアならいざしらず、サンならばきっと協力してくれるだろうという判断。
「なるほろ、そうだったのれすか。あの時のお子様方が、アイさんの・・・で、違っていたら落胆させてしまうから、秘密にしておくのれすね」
「そういうことなんだよ」
「それとアイさんのお父様から無理やりスケベをして、第四夫人に娶るよう説得されましたが、御主人様は気が進まないと」
「そこまでは言われてないってば。サンが勝手にそう思ってたんだろ?とにかく抱いてもかまわないから、何とかここから連れ出して、その子供らに会わせてやってくれと頼まれたんだ。で、例のキノコをさっきの飲み物に仕込まれていたらしいんだ」
「ふむふむなるほろれす。それれサンもアイさんも発情しているろれすね?分かりました、お任せください」
「大丈夫かなホントに・・・」
サンは酔いのせいで目は座って、呂律も回っていなかったが、どうにかドモンの話の理解はした様子。
不安そうなドモンの前で、サンはもう一度「全てお任せくらさい!」と胸をドンと叩いてみせ、バケツに激しく嘔吐した。




