第534話
「マルガレータは無事か?!助けに来たぞマルガレータ!!」「姫様!」「マルガレータ様!」
「え?ちょっと待って!?きゃああああ!!」
蒸し風呂から上がり、タオルで額の汗を拭きながら裸で宿まで戻っていたお姫様のもとに、許嫁であった隣国の王子と数名のお付きの騎士達がやってきた。
慌ててタオルを広げて体を隠そうとするも、手ぬぐいほどの大きさのタオルでは胸を隠すので精一杯。お姫様はその場でしゃがみこんだ。
「な、なぜ裸なのだマルガレータ・・・まさかホビット共が・・・」「おのれホビットめ!」「み、見てはおりません!」
「ちが、違いますからとにかく見ないで・・・」
「とにかく一刻も早くここを発とう!この私のマントを体に巻いてくれ」
「あの違うんです。ドレスもあ・・・あのちょっとキャッ!」
「しっかりつかまって!ハイヨー!!」
お姫様は強引に白馬に乗せられ、別れの挨拶すらしないまま、そのままホビット族の街を旅立つこととなった。
その様子を見守っていたホビット達は、まさかそのままいなくなるとは考えておらず、呑気に「流石はお姫様だ。白馬の王子様がお似合いだね」とにこやかに手を振っていた。
その10日後。怒り狂った人間達の手により、ホビット達は討伐された。
あの王子がそう広めたのか、それとも継母が自身の身を守るために謀ったのかはわからないが、『ホビット達が姫を捕まえ、裸にして外を歩かせて見世物にしていた』という噂が広まり、大規模なホビット討伐隊が組まれたのだ。
どんなにお姫様本人が否定をしても悪い噂は広がる一方で、各国の冒険者達も討伐隊に協力。
そうして見るも無惨な大量虐殺が行われることとなった。
一万人以上いたホビット達の街が、五百人ほどの小さな村になってしまうほど殺された。
あのスケベな長老も、あの無邪気な子供達も、明るい市場のお母さんも、この話をした美少女の夫も、父であるホビットの長の奥さんも全て殺された。
その時広まったホビット達の悪い噂は、魔物達の間にまで広がるほどの影響力で、人間達だけではなく魔物達からもホビットは嫌われたのであった。
ナナが聞いていた噂もこの時のもので、実際に今回辱めを受け、その噂は本当だったのだと思ってしまった。
この世のすべてを敵に回したホビット達は、街のいたる場所に罠を仕掛けることでその身を守るようになった。
その知恵と知識と器用さだけを頼りに。
「まあそういうことだ。あんた達に直接恨みはないが、こちらの事情も察して欲しい」
「お父さん・・・いつからいたの?」
「ああ、少し前からだ。そちらのお嬢さん達の様子を見て、俺にもこの人達が本当の悪い人間ではないということがわかったよ。ただやはり出ていって欲しい」
「・・・・」「・・・・」
ドモン達が話をしていた脱衣所そばの休憩室の扉の向こう側からホビットの長が現れ、神妙な面持ちで語る。
娘である美少女やドモンも、それに反論することは出来ない。
ナナはテーブルに突っ伏しながら号泣、サンはシンシアに抱きしめられながら一緒に泣き続けていた。
「うぅぅ・・・ねぇドモン、なんとかならないの?あんたホントは何とか出来るんでしょ?なんとかしたげて!!」
「流石になんともならないよ。なんとなく言いたいことは俺にもわかるけど・・・」
ナナがヒステリーを起こし、甲高い声が部屋に響く。
ドモンもどうにか出来ることならしてあげたいとは思うが、ぬんっと踏ん張って、はい出来ました!なんてことはないので、どうしようもない。そもそもその時代にはドモンはいない。
「もう済んでしまったことは仕方ない。忘れることはないが、我々も前にも進まなければならないからな」
「そうね、お父さん。でもいつかそれを乗り越えて、仲良くして欲しいなって私は思ってるし、この子達もそう言ってるわ」
「ん?」「え?」「どういうことですの?」「子供なんていないじゃない?隠れてるの?」
美少女は父に向かって真剣な顔で語った後、右下の何もない空間を見てニッコリと微笑んだ。
「ほら、あなた達もしっかりと挨拶をするのよ?お兄ちゃんももう5歳なんだから、挨拶出来るでしょ?」
「だからどこにいるのよ?子供なんてどこにもい・・・」「ナナ」ナナの口を塞いだドモン。
「さあ今日はこのまま森に放り出しても、草原を抜けられるのは夜になってしまうだろうし、うちで良ければ泊まっていけば良い。お前は子供らを連れて食事の準備をしてきなさい」
「はい!じゃあお母さんのお手伝い出来る人~!ウフフ」
ホビットの長は深く溜め息を吐いて、この場を立ち去る娘の背中を見送った。
「ねえどういうことなの?ねえってば!」「ナナ!よしなさい」「うぅ~・・・」
「・・・子供も殺られたのか?」ナナの言葉を無視してドモンはタバコに火をつけた。
「わからない。娘の目の前で連れ去られそれっきりだ。でもまあ生きていたなら、もう戻ってきていても良い頃だろう。運が良ければ、奴隷としてどこかで生きている可能性も少しはあるかもしれないが」
「あ・・・」
ホビットの長の言葉で、ナナもすべてを察した。
あの美少女に見えているのは幻覚だ。
子供達はきっと生きている!その強すぎる念が、見えるはずもない子供達の姿を作り出したのだ。
生きていたなら12歳と11歳。だが美少女の中では5歳と4歳でその笑顔は止まったまま。
可愛い盛りだった。
毎日三人で手を繋いでお買い物。
夕暮れ時、将来の夢を語りながら「早く大人になりたい」と言う長男の頭を撫でつつ、もう少しこのままでも良いのになと美少女は微笑んだ。
次男の方もお父さんやおじいちゃんのような職人になりたいと言って、おもちゃのハンマーをいつも腰にぶら下げていた。
「おかあさーん!!うわあああああああ!!!」「いやだぁぁぁぁ!!放してぇぇ!!」
目の前で縦に真っ二つに切られた母親と、下半身を失い、今まさに息を引き取る瞬間の夫。
そして目の前で連れ去られた息子達。
「あなた・・・子供達が・・・ねえ死んじゃいやよ・・・私どうしたら・・・」
上半身だけの夫は最後の力を振り絞り、握られた手をそっと握り返したが、その目に最後に見えた風景は、大きな人間達に犯される妻の姿。絶望と恨みと悔しさの中で逝った。
握っていた夫の手がポトリと地面に落ちたあと、美少女はそこから一年間の記憶がなくなった。




