第527話
「この左の草原の奥にあるあの森に、ホビット達の村があります。レンガ造りのきれいな家が並んでいるはずなので、きっとすぐに分かるかと思います」と指差す青年。
「そんなすぐに分かるような目立つ家を構えてて大丈夫なもんなの?人間とかに見つかりやすいだろうに」
「まあ元々獣も多い場所なので、人間達も寄り付かないようなところですからね。器用なだけあって、建物は全て城のように堅固ですし、それにあの性格ですから・・・」
「滅多に近づく者もいないってことか」
「はい」
自動車を道のそばの草むらに停め、ドモンとゴブリンの青年が自動車の外に出て行き先の最終確認。
青年は余程ホビットに近づきたくなかったのか、この場でお別れすることとなった。
「万が一場所が分からなくなりそうだったなら、空に向かって湯気が上がっているのを探せば分かりやすいかと。蒸し風呂というものを好む習性があるので、いつも湯気が出てるんですよ」
「へぇ~、それは興味深いな。それなら一緒に来てその蒸し風呂に入って行かないか?用が済んだあと自動車で送ってやるよ」
「い、いやいや!ここから4~5時間も歩けば帰ることが出来るので、俺はもう帰ります!ではではこれにて!」
「あら慌てて行っちゃった・・・」
軽く会釈をするなり、今来た道を戻っていったゴブリンの青年。
それを見て車内は少しだけ不穏な雰囲気に。
ここから運転はサンからシンシアに代わり、草原の道なき道を進んでいく。
ぬかるみや荒れた場所などもあり、一昔前の馬車だと進むことも困難なところだろうが、この自動車なら多少の障害も問題なし。
「森は見えているのに、なかなか近づかないもんだな。一時間近く同じ風景だ」
「これ以上速度を上げるのは、いくらこの自動車でも無茶というものですわ」草に隠れた岩や、底なし沼がないかを確認しながら、慎重にステアリング操作をするシンシア。
「ああいや、飛ばしてくれという意味じゃないよ。でもこんなんじゃそりゃなかなか見つからないわけだな。まるで陸の孤島だ」
「馬で行くにもぬかるみに足を取られるし、隠れる場所がないこういった草原って一番危険なのよ。だからほら、冒険者が誰もいないでしょ?」
ナナもドモンと一緒に運転席へと顔を出す。
着替えの途中で半裸だったため、振り向いたサンがギョッとした顔をしていた。
ドモンが裸ではなかったので一安心したサンだったが、陰に隠れた下半身が丸出しなことには気がつかず。
着替えの途中で、ナナが濡れタオルでドモンの体を拭いている最中だったのだ。
そうして更に一時間が過ぎた頃、ようやく森の入口へと到着。
これ以上自動車で入り込めそうにないので、必要最小限の荷物を持ち、ここからは徒歩で向かうことになった。
「ちょっとこれ本当にこっちであってるの?一応印はつけて進んでいるから、帰り道に迷うってことはないけど」とナナ。冒険者として基本である。
「湯気が上がってる方向って言ってたけど、これだけ草木があるとわかりにくいな。まあ踏み固められたそれらしい道を行くしかないだろ」
森の中を歩くこと三十分。樹と樹の隙間から、いくつかの建物と立ち上る湯気を発見。
目的地が見えたことで一同はほっと胸を撫で下ろし、疲れ果てていたドモンとシンシアにもようやく笑顔も見えた。荷物の殆どを持っていたのはナナとサンだけれども。
「ドモン様、ワタクシここで用を足してから参りますわ。先に向かっていてくださいまし。さあサン、来なさい」「はい!」
「野ションなんてしないで、向こうでトイレ借りればいいだろうに」
「着いて早々にお手洗いなど借りられませんわ!それに初対面なのですわよ?ワタクシ、そんな勇気は持ち合わせてはおりません!」
「野ションする方が勇気いるような気がするけども・・・お嬢様ってのはややこしい生き物だな」
「これに関しては私もシンシアの気持ちがわかるわよ」とナナもシンシアに同意。
初めて行く他人の家でも、平気で大きい方をしてしまうドモンには全く理解が出来ぬ女心。
あのふたりだけにするのはどうかとも思ったが、この辺りに人や動物がいる気配もしなかったので、ドモンとナナは先に進むことにした。
更に歩くこと数分。
森を抜けた少し開けた場所に、建物やら塀やらでぐるっと囲まれている集落を発見。
門と言うにはかなり小さめな門が出入り口があり、そこから覗くとたくさんの建物が見えた。
「なんか・・・浅草にある花やしきみたいな作りだな」
「なにそれ?」
「ああ、わからないよなそりゃ。こんな感じの中に、子供が遊べる遊具がたくさんある場所があるんだ。もちろん大人も楽しめるけれど」
「へぇ~行ってみたいなぁ」
「俺も」
「何よ!ドモンも行ったことないんじゃないの!ウフフ」
門番がいるだろうと辺りを見回すも、人っ子ひとり見当たらず。
街の中に人の気配はあるが、人の姿が見当たらない。まるでシンシアの国の街へ初めて行った時のよう。
「流石に勝手に入るのはまずいよな。どうしようか?」
「誰か~!誰かいませんかぁ!私達は人間ですけど、攻撃しに来たわけじゃないのよ~。このとおり武器は・・・まあ持ってるけど使わないわよ~」
「お前、もう少しまともな挨拶の方法なかったのか?!俺がホビットなら警戒しかしねぇぞ」
「武器ないことを伝えようと思ったら、背負ってたんだもん!仕方ないじゃない」
相変わらずの天然っぷりを発揮したナナに呆れたドモン。
いつものように口論になっているところへ、背が低く鼻が大きめなおじさんホビットがやってきた。
身長は150センチメートルほどで、ドモンが想像していた妖精的なホビットよりもかなり背が高め。
肌の色も人間と同じで、パッと見た時のドモンが持った第一印象は、百のひとつ手前の数が名前となっているお笑いコンビの背の低い方。
「へへへ、こりゃ珍しいお客さんだ。スケベな体の人間の女と、スケベな顔の人間の男か」
「おいおい・・・そりゃ合ってるぜ?なかなか鋭い観察眼だ」
「ワハハハ気に入った!じゃあスケベなふたりには、とびきりスケベな秘密の場所に案内してあげるよ。ついてきて」
「ちょ、ちょっと!私はスケベなんかじゃないんだから!」
「嘘つけ。はいこっちだよ」
「・・・・」
ニヤニヤと笑いながら先導するホビットに、ドモンは少し親近感を抱きながら、ナナは憮然とした表情でついていった。




