第525話
「なんだありゃ?!大猪か??」
「なにあの化け物!!」「こんなもの、この辺りの山では見たこともありません・・・」
輪になった人々の真ん中で横向きに転がる大猪を見て、驚きの声を上げたドモン。
冒険者であるナナも初めて見るような大きさ。この山に長く住むゴブリンの母親ですら記憶にないという。
話を聞けば、猛スピードで突進してきた大猪のこめかみ付近に、オーガの右パンチを一発お見舞いしただけで倒してしまったらしい。まさに一撃必殺。
しかも乗ってきた自動車についてのおしゃべりを子供達としながらのことだったとか。
「ドモン様見て!早速怪しい奴らを捕まえたよ!」とオーガの女の子。
指差す方を見ると、こちらも輪になった人々の中に、十人ほどの野盗がまとめてロープで乱暴にグルグル巻きにされていた。
目やら口やら股間やらにもロープが食い込んで、なんとも気の毒としか言えない状態だが、一番ガタイの良いボスらしき人物だけはロープが首に一回転しており、少しでも手下達がもがけばボスの首が絞まってしまうようになっていて、皆文句も言わず暴れもせずに大人しく座っている。
ただその前に「少しでも逃げようとしたら、思いっきり殴るからね?山の向こうまで頭が飛んでいくわよ?」とオーガの女の子が釘を差しておいたので、縛っていなくても逃げる者はいないと思われた。
「本当に悪い奴らなのか?間違いじゃないよな?」とドモン。
「間違いないです!酷い血の匂いもしたし、怪しげなキノコや盗品らしいお宝まで持っていたから。そもそもその前に、私に襲いかかってきたの」
「ああ、それなら間違いようがないか」
今までドモンはよく犯人に間違えられてきたこともあり、この者達の冤罪も一応疑ったが、現行犯なら話は別。
オーガの女の子は一見すると華奢で、肌が少し青みがかってたり赤みがかってたりするだけなので、夜の闇の中では気が付かなかったのだろうと思われた。
「このキノコはなんだろな?例のスケベキノコとまた少し違うみたいだけど・・・」
「あまり見かけないキノコね。噂には食べるのを禁止されてるキノコもあるって聞くから、もしかしたらそういったのかもしれないわね」
「禁止って・・・幻覚でも見える毒キノコなのかな?ナナは食べたらどうなるか知ってる?」
「知らないわよ!食べたことないもん。ドモンが食べてみてよ」
「やだよ!」
派手な色の縞模様のキノコを手に取り、そんな会話をしながらクンクンと匂いを嗅ぎ合うドモンとナナ。
そこへ騒ぎを聞きつけてやってきたギド兄弟も合流。
「先生見ましたか?!あの大猪。あの牙なら入れ歯が三百人分は出来そうな気がします・・・ってこのキノコはまさか・・・」と来るなり忙しいギド。
「盗賊らしい奴らが持ってたんだとよ。どんな物か知ってるか?」
「ふむ。恐らく裏で取引されている、多幸感を得られて幻覚作用のあるキノコだと思われますが、はっきりとはわかりません。なにせキノコはわかっているものだけでも数百種類以上もありますし、色形が似たようなものも多数存在しますから・・・勉強不足ですみません」
「いやいや気にしなくていいよ。ふぅん、あっちで言うマジックマッシュルームみたいなものか」
例のキノコのように役立つものかどうかを知りたかったドモンだったが、結局ここでは分からず。
捕まえた奴らに問い詰めたものの、返ってきた答えはほぼギドが言っていたことと同じで、詳しいことは分からなかった。
禁止されているほどであるならば、絶対にそれだけではないはずだとドモンは首を傾げる。
「こういったキノコに関してならば、とても詳しいホビットと呼ばれる小人族が、この少し先の方にいるのですけれども・・・」横から会話に入ってきた割りには口を濁す母親。
「ゲェ・・・ホビット・・・」「うわぁホビットかぁ」オーガの女の子とナナも渋い顔。
「え?ホビット?ホビットって陽気で明るい感じじゃないの?みんなで歌なんて歌ってさ」
ドモンの中では白雪姫と一緒にいるイメージ。
だがホビットと交流している種族は、人間を含めまずいないだろうと全員が口を揃えるように言う。
それどころか、オーガの中でも『ホビットを見かけたら気をつけろ』と言われている様子。
「私達と同じように弱き者ですから、知恵と器用さを身につけ生きているのですが、その・・・悪知恵の方も働くと言いましょうか、少々ひねくれているところがありまして・・・」母親が目を伏せる。
「にしても悪知恵ったって、オーガの力を持ってすれば、どうってことないんじゃないの?人間だって色んな武器持ってるし、怖がる必要あるのか?」
ドモンの素朴な疑問。
仲良くなれないのは百歩譲って仕方ないとしても、オーガが敵対を考えるほど気をつけなければならない理由がわからない。
「そりゃあまともに戦えば百人相手でも勝てますよ。でも・・・なんて言えばいいのかな??」首を傾げたオーガの女の子。
「例えば・・・ドモン様と小鳥が戦えば、どちらが勝つでしょう?」と母親。
「そりゃ流石に俺でも勝てるよ」
「ではその小鳥が知恵を持ち、手の届かない上空からドモン様めがけてフンを落とし続けるとしたらどうしますか?歩いている時も食事をしている時も寝ている時も、外にいる間ずっと・・・何か食べようとした時、食べる瞬間にその食べ物にフンを・・・」
「な、なるほど、そりゃたまらんな・・・それなら強い弱いは関係ないや」ドモンは神妙な顔つきになって腕を組んだ。
秀逸すぎる例え話に、額に脂汗を滲ませた一同。
サンはケポっという音を出してその場で戻してしまい、シンシアに口をハンカチで拭かれながら家に戻った。
「パンをかじろうとした瞬間にフンを落とされて、気が付かないでガブッといっちゃったら・・・スープの中がフンまみれになっているのを知らずにずずずず~っと飲み干したり・・・」
「ちょ、ちょっとヤメてよドモン!!想像しちゃったじゃない!!バカ!!ウェップ!!」
元々サンが戻したことが呼び水となって、ウップウップとしていた人が多数いる中、ドモンがとどめを刺した格好。
あちらこちらでゲェゲェ!ケッポケポ!と音が鳴り、大猪狩りでお祭り騒ぎだった広場が、一気に凄惨な現場と化した。
「オエ・・私も気持ち悪くなっちゃったから、一度あの家に戻・・・戻るわウェッ・・・(ブリュリュリュゥゥ!!)」
戻しそうになり、思わず自分の口を両手で塞いだナナだったが、上半身からは何も出なかったものの、下半身の方からものすごく大きな音が出てしまい、その場にいた全員の視線がナナへと集中した。
「お、お前それ・・・絶対中身も全部出ただろ・・・」妻の失態にうつむくドモン。
「し、失礼ね!オナラしか出てないわよっ!!そもそも今は下着も着けてないんだから、ウンチが出てたら地面に、あ・・・」
大声でノーパン放屁宣言をしてしまったナナのおかげもあって、広場は笑いと平和を取り戻した。
真っ赤な顔のナナが家に飛び込むのを見届けたあと、見回りにやってきた憲兵達に盗賊達を預け、ドモン達も家に戻っていった。




