第511話
「ちょっと!もう少し端に寄っていただけます?!」
「そんなこと言ったって今更寄れねぇよ!そっちこそ下がって端に寄せてくれ!」
窓から顔を出したシンシアが、前からやってきた馬車の御者に叫ぶ。
シンシアは運転をすると性格が変わってしまうタイプだけれども、その腕は確かなものなので、ドモンはすっかり任せきり。
サンとギドの兄貴が自動車から飛び降り、サンは馬と御者を宥めながら馬車を少し端の方へ誘導。
兄も「もう少しこっちだこっちだ!」とシンシアに合図を出して、自動車を少し端へ寄せさせる。
道幅の狭いところで馬車とかち合う度にこんなやり取りの繰り返しで、自動車はなかなか進まない。
「もうすぐ夕方よ?どのくらい進んだのかな?」もぐもぐと食事を取りながら窓の外を覗いたナナ。
「半分の半分・・・といったところでしょうか?もう少し先まで行けば道も開けるので、もっと進む速度は上がるかと思われますが・・・」ギドが地図を確認。現在、温泉のあるオーガの里の少し先。
「半分の半分って・・・結局自動車になっても、3~4日はかかるということか」
自身の寿命を指折り計算し、ドモンはため息を吐いた。
先を急ぎたかったために、オーガの温泉には寄らなかったのだ。
「御主人様、この先にオークさんが作った休憩場所があるそうです。水場や小屋なども用意されている上、たくさんの馬車を停められるように整備されているとのことなので、今日はそこで休んでいかれるのはいかがでしょうか?」
「日も落ちてきたしそうするか。道が空いている夜のうちに進みたい気持ちもあるけれど、今日は月明かりもなくて暗いし危ないからな。こんなことならオーガの温泉で一泊しても良かったなぁ」
先程の御者と仲良くなり、親切にもこの先がどうなっているのかを教えてもらったサン。
お礼を言うのはこちらの方だというのに、なぜかサンはパンをいくつか貰い、それを抱えて戻ってきた。
嬉しそうにナナが受け取りすぐにひとかじり。全員がナナはそうするだろうと予想がついていたので、誰も驚くことはない。
「では私達はその小屋に泊めさせてもらいます先生」とギド。
「この中で一緒に寝りゃいいんじゃないの?このくらいの人数なら寝られるだろ。椅子で寝る人もいるかも知れないけど」
「いやいや!オークが作った小屋というのをちょうど体験してみたかったのですよっ!」
「そうか?まあそうしたいと言うならそれでもいいけども・・・」
昨日の夜、久々にスッキリとしていて、この日の夜のことは何も考えていなかったドモン。
ギドの受け答えに、ウンウンと頷く女性達。戻ってきたギドの兄貴は、話が見えずキョロキョロ。
程なくして、自動車はオークが作った休憩場所のひとつへと到着した。
「おいおい、なんだこりゃ・・・まるで道の駅じゃねぇか」
「ちょっとした集落みたいよ??」
「あちらに水浴び場もあるようです!」
「あのオーク達は、こんなものをあちらこちらに作りながら来たというのですの?!」
自動車から降りて驚きの声を上げたドモン達だったが、ギド兄弟もこれには驚かされた。
つい先日ドモンのところへ向かった時には、こんな場所は全くなかったのだから、ふたりが混乱するのも当たり前。
広場や一番大きな建物の中は休憩する旅人達で賑わい、物々交換やちょっとした商売なども行われている。
そんな人々に混ざり、このあたりに住んでいると思われるゴブリンが山菜をかごに入れ、他の人らと同様に物々交換を行っている様子も見えた。
「あれって、俺らの知ってるあの村のゴブリンじゃないよな?」
「見たことない顔だから、きっとこの辺に棲むゴブリンなのよ。オーガのエミィさんも言っていたけど、今まで隠れ住んでいた大勢のゴブリン達が人里の方まで下りてきて、こうやって交流してるんだって」
ドモンの疑問に答えたナナ。
そのゴブリンもドモン達に気が付き、驚きの表情を見せて一度ピョンと跳ねた。
「ドモン様ですよね?!はじめまして!いやぁ本当に存在しているんですね。お父さんにも見せてあげたかったなぁ」感慨深げなゴブリンの青年・・・と言うにはまだ少し若いくらいの顔つき。
「よくわかったな。誰かから俺のことでも聞いていたのか?」
「ええ、ここを作られたオークの王様からみんな聞いてます。お顔の傷跡や脚のこととその・・・お連れの方の特徴と言いますかそのぅ~・・・」ちらっとナナの胸を見たゴブリン。
「その言葉と態度で大体のことは察したわ。オークキングさんって見かけによらずスケベなのね!」額に青筋を立てたナナ。
「い、いえっ!そういうわけでは・・・実はドモン様達を見かけたら、必ず案内するようにと頼まれていたためでして・・・怒らないでください・・・」
「何に案内するようにおっしゃられていたのですか?」とサン。
「は、はい!サン様ですねハァ可愛い。ドモン様達が寛げるようにと、ドモン様専用のお家があるのですあぁ良い匂い」
「あ、あの」「心の声が出てるわよ!」
目を瞑り、そのゴブリンはスーハーと、サンがいる方の空気を思い切り吸い込んだ。
どうやら無意識だったらしく、シンシアに「おやめなさい!」と止められるまで、自分がそんなことをしていると自分自身気がついていなかった。
「し、失礼しました!うわ、こんな美しい人までいるとは聞いてない・・・」シンシアまでスーハーとしそうになり、慌てて自分の顔を両手で押さえるゴブリン。
「なーんか私にだけ態度が違うように思えるんですけど?ちょっとあんたどうなってるわけ?!」当然怒り出すナナ。
「ひぃごめんなさい!オークの王様からナナ様だけは絶対に怒らせては駄目だと聞いていたものですからつい・・・怒らせるとドモン様よりも何倍も恐ろしいと・・・」
「・・・・」
遠くで火山が噴火したような感覚に襲われた一同。
「ゴブリンの・・・そりゃ間違いだよいくらなんでも」ドモンも思わずヤレヤレのポーズ。
「そうよドモン、言ってやんなさい本当の私ってものを」
「何百倍の間違いだ。本気で怒らせたらお前も人前でウンコ洩らすはめになるぞ。ちなみにこっちの美人も人前で洩らしたことがある。これが本当のクサイ仲ってな」
「え?ちょっとドモン様?!」「ちょっとあんた何言ってんのよ!人のせいにして!」「サンも出来ます・・・」
ドモンのとんでもない話に、周りにいた人々も思わず振り返る。
そこへ別のゴブリンが数名やってきた。
「ちょっとあんた、何やってんの?もたもたと」
「あ!姉ちゃん!今ドモン様を案内しようとしてたんだけど」
小柄だけど気の強い女性のゴブリンと、何人かの小さなゴブリンの子供達。
子供達は小柄な女性の後ろに隠れ、ドモン達の様子を伺っている。
「ありゃ?可愛いねーちゃんだこと。ナナくらい気が強そうだけども」
「何ジロジロ見てんのよ。あたしあんたなんか認めちゃいないんだから」
子供達を庇いながら、ドモンを睨みつける女性ゴブリン。
「ほう」
「駄目よ」「ダメです!」「駄目ですわ」
ドモンが女性ゴブリンを品定めし始めた瞬間、次に何が起こるかを予測した妻達に取り押さえられ、なんとか犠牲者を出すこと無く事なきを得た。




