第497話
第二エレベーターの最上階のドアが開かれたが、居住区でもあるため、頂上までの第三エレベーターへの乗り継ぎのためのエントランスがあるだけで、先程のように外が見える窓が目に飛び込むこともなく、ただただ視線の先には壁が見えるのみ。
なので14階という高さを感じることもなく、皆それほど感動はなかった。
「そこに左右に分かれた廊下がありますから、そこを曲がると窓のあるところに出られますよ。最後のエレベーターに乗る前に一応見てみますか?」
「そうですわね」「そうね」「そうですね」
ギドの提案に頷いた一同。
基本的に居住区の壁際は、居住者のためのベランダとなっている。
廊下の奥にある非常階段へとつながる部分にだけ、いくつかの窓が用意されていた。
「見晴らしは左の方が良いさね」
「うおっ!びっくりした!なんだよ、占いのバ・・・エルフじゃねぇか。なんでこんなところに」
「なにか今言おうとしていなかったかえ?向こうの店はあの二人に任せて、わしはここに店を出すことにしたのさね。ほらそこに」
「あらホントだ」
突然現れたエルフの老婆に驚いたドモンが、危うく暴言を吐きそうに。
エルフが振り向いた方向には、小さな占いの店とマッサージ店、それと元の世界の喫茶店のような店の三軒が、ひっそりと並んでいた。
この日はたまたま荷物を運び込んでいたところだったらしい。
「随分と分かりづらいところにあるんだな」
「ここはほぼ住人のためにあるようなものなんですよ。あと逆側には例の24時間営業の店と理容室が開業予定です」ギドが代わりに説明。
「なるほど。確かに向こうの世界にもこんな隠れた店があるビルがあったよ。地下や妙な階にこそっと隠れて営業してるやつ」
並んだ店は住民達を配慮した静かめの店ばかり。
ドモンは何も教えていないというのに、ほぼ向こうの世界のビルを完全に再現してしまったのは、やはり天才としか言いようがない。
「エレベーターの前の大きな空間をそのまま残しても寂しいですし、かと言って、この場所は住居にしても窓がない部屋となってしまいますから」
「へぇ~そういうわけだったのか」
「あまり派手に営業してはうるさくなり住人に迷惑をかけてしまいますから、こういった営業形態としました。先生から助言があるならば、今のうちにいただけると助かります」
「いやいや、何にもないよ。小さな看板くらいはあった方が良いかなとは思うけど。このくらいの店なら人でごった返すこともないだろうしな」
フムフムと言われたことを真面目にすぐに書き留めて、案内板の位置を考えるギド。
「それに占い屋があるって書いとかないと、いきなりこんなババアエルフが現れたら、その内びっくりして死ぬ奴もいるぞ。俺もさっきは危ないところだった」実は本当に危ないところだったことはドモン本人も知らない。
「ついにはっきりと言いおったな。そもそもエルフだということも隠して暮らしておったというのに・・・」
「もういいんだろ?オーガが貴族になる時代だし」
「おかげさんでな。エルフだと公言してからは客も増えて、今ではこうして新たな店を持てたさね」
ドモンに対しヤレヤレと呆れた顔をしていたエルフだったが、実際は感謝してもしきれないほどの恩を感じている。
そしてそれはこのエルフだけに限らず、エルフの長老を含む他のエルフ達も同様。
若いエルフ達は、絶対に人間を含む他の種族に近づいてはならないという掟があり、結界を張った森の奥深くから出ることはなかった。
理由はそのまま危険であるということと、長寿ゆえの出生率の低さもその原因のひとつ。
若いうちに死んでしまえば、エルフは減少の一途を辿ってしまうことになるためだ。
なので子育てを終えた年老いたエルフしか森を出ることは許されず、ドモンが残念な思いをすることになったのだった。
人間にとっては、その年老いたエルフですら伝説的な存在なのではあるのだけれども。
それが今では若いエルフも森を出て、街を見学出来るようになった。流石に自ら正体を明かすような真似はしていないが。
窓のある場所に向けて廊下部分を歩く一行。
その後ろを、ドモンと一緒にエルフもついて歩く。
「ところでドモン様・・・今度、魔王のところへ向かうのかえ?」
「ん?誰から聞いた?耳が早いな。俺ですら昨日呼ばれたことを知ったというのに」
「いや、呼ばれたのは知らなかったけども、元より春には向かうと自身でも言っておったであろうさ」
「まあそうなんだけど、正式にお呼ばれしちゃったんだよ昨日。それを聞いたのかと思った」
窓からの景色を見てワァワァと騒ぐトッポやナナ達を見ながら、タバコに火をつけてエルフと語らうドモン。
工事中で廊下はまだ汚れているが、流石にタバコで汚すわけにはいかないので、久々に携帯灰皿の出番。
「それについて街に来たエルフの若いもんから、長老様からの言伝を受け取ったんじゃ」
「なんだって?」
「その道中でエルフの森へ寄って欲しいってことさね」
「へぇ~。今度こそ若い美人のエルフ見られるのか?そうじゃないなら面倒だから寄らないけど」
「相変わらずまったく・・・そんな元気ももうなかろうに」
エルフは寂しそうな顔をしながら、少量のエルフの秘薬をドモンに渡しその場で飲ませた。
それでようやくドモンのステータスから、毒の文字が消えた。




