第496話
「ほらードモン達も乗って!もうボタン押すわよ~!」
「もうっ!次のエレベーターは僕ですからね!」
ナナとトッポのボタン係争奪戦は「私は経験者なんだから素人は見てなさい!」という強引な理由で、ナナに軍配が上がった。
ひょこひょことドモンも乗り込み、その後ろから話し合いを終えたギドと兄もやってきた。
「みんな乗ったわね?扉を閉めてっと・・・じゃ、じゃあ7階まで行くわよ!」
「ああ・・・わかってはいましたが、こんな狭い部屋に閉じ込められるなんて・・・居心地はあまり良いとは言えませんね」と、ドアが閉じた時のトッポの素直な感想。
「その気持ちはわかるわ。でもきっと扉が開けばみんな驚くわよ!」
ガシャンガチャンと機械的な音が鳴り、一瞬の間があった後、ぐんと引っ張られるようにエレベーターが動き出した。
元の世界ではあまり聞いたことがないカラカラという音を鳴らしながら、エレベーターはぐんぐんと上へと昇っていく。
「うぅ」「大丈夫。ワタクシが側に居ますわよ」不安そうなサンを抱きしめるシンシア。
「うわぁ!大丈夫なんですか?!本当に大丈夫なんですか?!」うるさいトッポ。その様子にチィとミィも不安そうな顔。自分達は平気でも、トッポに何かがあってはいけないからだ。
「流石に俺も初めてはドキドキするからナナのお尻につかまっとこ」とドモンはナナを後ろから抱きしめた。
エレベーターが止まった瞬間にチーンとキレイな音が鳴り、またガチャンカシャンと音が鳴ってからドアがゆっくりと開く。
目の前にはだだっ広い空間が広がっていて、そのずっと奥にいくつかの窓が見えている。
一瞬何が起こったのかがよくわからなかったのだが、一階にはなかった資材があちこちに転がっていて、ここが元いた場所とは違う場所なのだと認識できた。
「どこ・・・ですか?ここは・・・」トッポの開いた口が塞がらない。
「ウフフ!わかるわよその気持ち!私も全く同じこと思ったもん。はいみんな降りて」と開くボタンを押し続けるナナ。
キョロキョロと辺りを見回しながらフロアに降り立ち、奥に見える窓へとゆっくりと近づいていく。
青い空は見えるものの、まだ頭がその意味を理解できてはいない。
「ドモン様・・・あれは・・・」サンの手をギュッと握りしめるシンシア。
「ああ。ギド、窓は大丈夫だよな?外れたり割れたりは」ドモンも一応確認。
「ガラスではありませんから大丈夫ですよ。割れることはありません」
ギドの言葉を聞いた瞬間、ワッと手を繋いだまま走り出したサンとシンシア。
「待ってぇ!」「僕も!」とナナとトッポもついていく。そして他の一同も。
「お城よりも・・・高いですわね」
「これよりもまだ上があるというのですか・・・」
見えたその風景に唖然としたシンシアとトッポ。サンは足が竦んで思わず後退り。
ふたりとも庶民よりも高い位置から風景を見ていた立場だが、それとも比べようがないほどの高さに驚愕した。
オーガ達は高い崖など登ったり、そこから飛び降りたりもしていたので、まだなんとか平気。
「ちょちょちょ!歩いてる人があんなに小さく見えるわ!」
「はい・・・天国に来ちゃったみたいです・・・」
ナナはエレベーターには慣れていたものの、乗ったのは三階建てのウオンのエレベーターのみ。しかも見えていた風景は駐車場。
宿舎のある建物の4階からの風景ですらドキドキすることがあるくらいで、7階ともなるともう異次元の風景。
「ここは第一エレベーターの頂上で、これより上の階へと移動する方が皆通るため、賃貸料も高いのですよ。なので必然的に王都の高級店が並ぶことになりました」とギド。
「ああ聞いた聞いた。王都の例の仕立て屋の店もここに入ることになったって、この前会った時大喜びしてたよ。それと他の国の店も入る予定なんだろ?負けられないって随分張り切ってたぞ」
14階まで行くエレベーターへ移動しながら、そんなおしゃべりとしていたドモンだが、他国の店がオープンすること自体この世界では初めてであり、画期的なことである。
新型馬車と除雪車の登場で輸送も楽になり、このような商売が可能となった。
もちろん輸送コストと税金がかけられるためにかなりの割高となるが、それでも大人気となることは間違いない。
現在先を見越して、冒険者から運送業へと転職する者も現れていた。
「さあこのエレベーターが第二エレベーターです。これに乗って14階ま・・・」
「次はワタクシが操作いたしますわ」
ギドの言葉を遮り、エレベーターの呼び出しボタンを押したシンシア。
「何を言っているのですか!僕がやると言ったではないですか!!」
「それはナナとの約束でしょう?ワタクシには関係ありませんことよ?」
「ふ、ふざけないでください!!なんですかあなたは!たとえドモンさんと結ばれたからといって、そんな横暴は許されませんよ!!」
シンシアのわがままに当然トッポは大反発し、国王とお姫様によるボタン戦争が勃発した。
あの時の戦争と比べれば、随分と可愛い戦争だけれども、当人達は思いの外必死である。
「ここは僕の国なのだから、この権限は僕にあります!な・ん・ぴ・とたりとも、逆らうことは許しません!」
「それがなにか?あまり聞き分けのないことをおっしゃられるというのなら、ワタクシにも考えがありましてよ?」
「な、なにがですか」
「八歳くらいの時でしたかしら?陛下が我が国に初めて外遊でいらした時、夜中お手洗いに行けずに、泣きながら廊下で・・・」
「わーかりましたわかりました!降参です!許してくださいシンシア様!!」
ボタン戦争は謎の会話により、トッポの敗北であっけなく終了。
シンシアの操作により、エレベーターは14階の居住区へ。
ぶつけた左目の視力が回復せず、自分が打ち込んだ文字も読めない。




