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第490話

「ナナ、お前なんとかなんないか?!もう食いしん坊のお前しか頼る人がいねぇ!俺は腹が減ってたとしてもあの量は食えないし」

「私だってなんとかしてあげたいわよ!でもせめてあと二時間、ううん、一時間あればうんち全部出せるのに・・・」

「なんでさっきうんこ全部出さなかったんだよ!使えない尻穴だな!」

「出そうと思って出せるもんでもないでしょうが!だったらドモンが今すぐしてきなさいよ!」


切羽詰まったドモンとナナが、周囲の目を気にもせず、とんでもない言い争い。

だけれど今回ばかりは、シンシアも注意をする余裕がない。

ラーメン屋に対する罵倒はエスカレートしていくばかり。


ラーメン屋の義父は、あまりに上手く事が運び、笑いを堪えるのに必死。

友人達も話は聞いていたので、納得の表情でウンウンと頷いていたが、国王陛下がいる手前、真面目な顔をして採点を書き込んでいた。

当然、味も見た目も何もかも、試食する前から0点であるけれども。


「おい、誰か食ってみろよ。食えばわかるはずだ」と言ったドモン。だが強くは言えない。自分も食べられないからだ。

「残飯食うバカいるかよ」「ゴミが作ったゴミを食えっていうのか?ゴメンだね俺は」「早く片付けてちょうだい!」


すぐに飛ぶヤジに反論が出来ない。

完全に好みの問題だが、ドモンもそこまでこの家系ラーメンが得意なわけではなかったからだ。

この世界にラーメンの麺が出来、ドモンがはじめに作って涙したのも、繊細な鶏塩ラーメン。

そもそも道民であるドモンが初めてとんこつラーメンを食したのが、40を過ぎてから。


そうして浴びせかけられる暴言が最高潮に達しようとした時、女性がひとり、ダーンとテーブルを手で叩きながら立ち上がった。

審査員席に座っていた、ラーメン屋の奥さんである。


「誰も食べないというのならば、私が全ていただきます!」


突然の、そしてあまりにも予想外の出来事に、ポカンと口を開けて様子を眺めた一同。

審査員席から立ち上がり、別れた夫が立つ舞台の真ん中へ向かった奥さん。

そのラーメンの丼を手に持つなり、野次を飛ばしていた観客達の方へと向いた。


「臭いですか?これが。ゴミですって?これが」


目に涙を浮かべ、皆に訴え始めた奥さん。

その様子を見て、ドモンは椅子に座り直した。咥えたタバコに火をつけて。


「家畜の餌?なら私は家畜だっていい!!この人が作る物が食べられるなら、私はなんだっていい!!」

「・・・・」


ラーメンの入った丼を受け取り、涙目のままトッポを睨みつけた奥さん。

トッポは言葉もない。


「私が誰よりも知ってるの!この人が作ったものが世界一美味しいって!私が誰よりも信じているの!たとえ王様が否定しても・・・この世界がひっくり返ったって・・・!」丼に口を付け、ゴクリとスープを飲んだ。

「おぉ」「・・・」「すごい・・・」その迫力に思わず漏れた客の声。


「ほら!やっぱり・・・今日も美味しいわ、あなた!本当に」


テーブルに丼を置いて、スプーンとフォークで麺も食べ始める。

髪をかき上げ、まず一口。フーフーと麺を冷ましてもう一口。


止まらない。止まらない。食べる手が止まらない。


「あなたこれ、どうなってるの?本当に美味しくて止まらないの・・・ハフハフ」

「そこで麺と具をグルっとひっくり返せ」

「ああん!味の沁みた麺が出てきたわ!とっても美味しい!ねえあなた、このニンニクって増やせるのかしら?あとこの脂も」

「ああ」


汗かきベソかき、鼻水を垂らし、夢中で食べ進める奥さん。

途中で息子も舞台の上へと顔を出し、「お父さんお母さん、僕も食べたい!」とラーメン屋に飛びつく。


「ハフハフ・・・今回ばかりは私のはあげないわよ?ねえあなた、この子の分は作れる?」

「ああ、まだまだ作れるよ。そこに座って待ってなさい」

「あ、あの!僕の分もお願い出来ませんか?先程は失礼いたしました。心から謝罪いたしますので」


舞台裏の調理場へと向かうラーメン屋の背中に声をかけたトッポ。

ラーメン屋は振り向きもせず、「あぁ良いですよ」と右手を上げて去っていった。


なぜかはわからない。

なぜかはわからないのだけれども、先程まで臭いと思っていたこのニオイが、この瞬間、この世の何よりも食欲のそそるニオイへと変わってしまった。

満腹だったはずの腹がぐぅぐぅと音を鳴らし、口の中にヨダレが溢れ出る。


「んぐぅ~!んぐぅ~!!お腹いっぱいで吐きそうだったというのに、僕の動物としての魂がこの味を欲しているのです。もう吐いたって構いません!僕にもニンニクと脂を!」


鼻水を垂らしながら、必死に麺を頬張るトッポ。

国王がこうして食べた今、他の審査員達に拒否権はないし、当然、ラーメン屋の義父も例外ではない。


「これを貴様が作ったというのか・・・」

「はい。だけれどとてもじゃないですが、自分ひとりの力では到底作ることは出来ませんでした。そこにいるドモンさんと・・・あなたがいたからです。お義父さん」

「・・・・」


ラーメン屋の言葉に返事すること無く、目を伏せたままそのまま食べ進める義父。


「万人受けなんてしなくたっていい。心に浮かぶたったひとりの、今目の前にいるたったひとりを喜ばせられたらそれでいい。そう思い、作ったのがこの麺料理。だから・・・」

「だから誰になんと言われたって構わない。だから・・・あんな自信満々な顔をしてたのね。ウフフ」


ラーメン屋の言葉に重ねるようにそう言って、奥さんはラーメンを完食し、ニコリと微笑んだ。

見つめ合うふたりに、もう言葉はいらない。


「もう!ふたりとも誰かのこと忘れてない?チュルチュルチュル・・・・」


息子はにこやかに、まだラーメンを啜っていた。




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