第489話
品評会が始まる数分前に三人が戻った。
「フゥ・・・赤ちゃん一人分くらい出たわ。でもよく考えたら、全部ドモンの嘘だったのね」
「もうナナ!おやめなさいと言ってるでしょう!お下品ですわよ!」
「ねえ聞いてよドモン。シンシアったらこの服が慣れていなくて脱げないからって、サンと一緒に個室に入ったのよプクク。下品な姿をサンに見せちゃって。トイレに入るなりすごい音だったんだから」
「さ、先にしたのはサンですわよ!」「いやぁぁぁ!」
先程までとは少し違う冷たい視線が、何故かドモンへと向けられたのとほぼ同時くらいに、主催者であるラーメン屋の嫁とその父、その父の友人らしき偉そうな人物が数名、そしてトッポが舞台上に姿を現せた。
トッポが右手を上げると、ワァァ!という歓声が上がって会場内は大盛りあがり。
だがトッポの顔色はまだ優れないまま。
続いて品評会に出場する店の人達が登場。
審査員席の審査員達に目を合わせないようにラーメン屋もやってきた。
チラリと一度だけ審査員席を見て、すぐに目をそらす。
「さあ、皆様お待たせいたしました!一番美味しい麺料理はどこの店のものなのかを決める大会が、今年も開催されます!」
司会者らしき人物の挨拶。
壇上には新型の拡声器があり、会場の隅々にまで声を届かせることが出来る。
歩いている人も並んでいる人も、視線はその舞台上へ。
「今年はなんと国王陛下自らがご審査にご参加してくださることになりました!なんちゃらかんちゃら・・・」
王様のまさかの参戦で張り切ったのか、司会者の話が評判の悪い校長先生並の長さになってしまい、トッポの具合はますます悪くなる一方。
ドモン達もすっかり飽きて、テーブルの上の残り物をつまみながら、お酒の追加をしてみんなでおしゃべり。
「おしっこ近いわー」と用を足しに行くナナを、壇上からトッポが恨めしそうな顔をしながら睨んでいた。
15分後、王様たっての希望で五分間の休憩を挟み、ようやく品評会が開始。
「さあまずは一品目、〇〇店による『カニのトマトクリームパスタ』でございます!とあるゴブリンの村より取り寄せた・・・」
「あれ?あれって前にドモンが作ったやつじゃない?」とナナ。
「あれも伝わってるみたいだな。まあゴブリン達とも交流が進んでるみたいだから、伝わっていてもおかしくはないか。それにサワガニは他でも獲れるみたいだけど、あそこのは特に美味しかったもんなぁ」料理を覗き込んだドモン。
「ワタクシもあちらの席へ座れば良かったですわ」シンシアは羨ましそう。
これにはお腹がいっぱいだったトッポも食欲をそそられ、ついつい多めに試食。
「んーこれは!少しお腹がきつかったのですが、食べる手が止まりませんよ!」とトッポ。
「こちらは私共の弟子が独立し、最近開いた店の目玉料理でございます」主催者であるラーメン屋の義父が得意げな顔。
流石は王都の料理自慢達が集まる品評会なだけあって、次から次へと美味しそうな麺料理が現れ、客席からは歓声と感嘆とため息が何度も上がる。
そうしてあらゆる種類の麺料理が出尽くし、審査員達の腹も膨れ、観客も飽き始めて違う意味でお腹いっぱいになったところで、ようやくラーメン屋の出番となった。
当然、主催者であるラーメン屋の義父によって仕組まれたものである。
だからこそドモンはこの場にトッポを呼んだのだ。
この話を聞いた時から、はじめからわかりきっていたこと。
他の審査員達に有無も言わせず料理を口に運んでもらうには、王自らが率先するより他に方法はない。
「頼むぞトッポ・・・」
咥えタバコで視線を送ったドモン。
が、トッポと視線が合わない。
品評会の始まる前から食べ過ぎであったトッポは、脂汗を額に浮かべ俯いたまま、吐くのを堪えていたのだ。
「オエッ!!何だこのニオイは!!」
「生ゴミの臭いかこれは・・・」
「気持ち悪い!!くっさい!!!」
審査員、そして舞台に近い観客達が叫び、それに釣られるように悲鳴も上がる。
ラーメン屋の持つ器には、もやしがてんこ盛りとなった太麺の醤油とんこつラーメン。
すり下ろしたニンニクと豚の背脂も山ほど乗っかり、先日ドモン達が試食した時よりも、更に強烈なニオイを放っていた。
「う、うぷっ!」「く・・・」「・・・・」
最前列のナナとシンシアも思わず口と鼻を押さえ、サンは目を瞑りなんとか堪える。
いざとなったら自分がと思っていたドモンですら、内臓をひとつ取った体が勝手に拒否をし、吐き気を堪え歯を食いしばっていた。
例のあの家系ラーメンを何度か経験した上級者以外、恐らくこれを楽しめる者はいないであろう。
その『上級者』であればすぐにでも天国へ行ける史上最強の、が、満腹の人にとっては最悪のラーメン。
「なんですかこれは!家畜の餌ですか!」
トッポ自身そんなつもりはなかったし、なんなら少しえこ贔屓をするつもりでもあった。
だが満腹の体が拒絶反応を起こし、思わず口からそんな言葉が出てしまったのだ。
設置されていた拡声器から、会場内すべてに届いてしまったこの言葉。
国王陛下からのその言葉に、なんて失礼な物を出したのだと、観客達からラーメン屋に向けて暴言とも言える言葉が浴びせかけられた。
「死ねよ国賊が!」
「その首を今すぐ落として、陛下に詫びろ!!」
「お前みたいな奴を産んだバカな両親も死罪だ!」
「あなたは人間のクズよ。生まれてきたことをすぐに謝りなさい。ああおぞましい・・・」
「こっちを見ないでゴミ人間!臭いが移るわ!」
舞台の上でラーメン屋は下唇を噛み締め、そのラーメンを手に持ったまま、ただ真っ直ぐと前を向いて立っていた。




