第486話
「な、なんなのよこのニオイは・・・ものすごく獣臭いような・・・」ナナはしかめっ面。
「食欲を誘うような・・・でも食欲が失せるような、なんとも言えないニオイですの」鼻をハンカチで押さえるシンシア。
「わ、私は平気です・・・」明らかに気を使った様子のサン。
女性陣には概ね不評な様子に、ドモンもラーメン屋も「ハハハ」と声を出して笑っている。
きっとこうなると想定して、事前に話をしていたからだ。
「これは前にも食べた、豚の骨で作ったスープだよ。ただあの時よりも本気で煮出して作ったものだから、臭みはあの時よりすごいけどな」とドモン。
以前ドモンが作った偽物のとんこつラーメンではなく、今回は二日以上煮込み続けた本格的なとんこつラーメン。
臭みはあの時の比ではないけれど、旨味もあの時の比ではない。
「まずは細麺だよ。すぐに伸びてしまうから、なるべく急いで食べて欲しい」とラーメン屋。
「い、急いで食べろったって、このニオイじゃ・・・うぅお腹壊しそう」
「鼻で息をしてはダメですのよナナ、サン。ハァハァ」
「サ、サンは平気ですぅ・・・」
箸で掬い上げた麺を上下に揺さぶり、なるべくスープを振り落としてから食べる三人。
だが口に含んだ瞬間、臭みが口の中に広がって、全員思わずしかめっ面。
「がはっ!なんてニオイの・・・ラーメンの・・・美味しいの・・・???」しかめっ面のままのナナ。
「あ、あ、あ・・・お箸が勝手に麺を掬い上げてしまいますわ」シンシアは大困惑中。食べてはいけないニオイのはずなのに、何故かまた食べたい。
「にゅ?!わ、私、平気です!!え??頭とお口がおかしくなっちゃいました?!」サンはあっさりと脳内の常識が書き換えられ、どうしていいのかがわからない。
とんこつラーメン好きが聞けば怒りそうな感想だけれども、ナナの「だって、トイレに行ってあの臭いを嗅いで、美味しそうって思わないでしょ?」という意見でドモンも少し納得。
成分的にアンモニア臭と似たニオイになってしまうこともあるので、ナナの例えはなかなか鋭い。
ともかく三人にとっては、それほど強烈なニオイだったらしい。
「ねぇこれどうすんの?一生飲むのが止まんないんですけど」「ですわね」「はい!」
なんだかんだと文句を言いながらも、気がつけばスープまで完飲。
汗だくになりながら、お互いに口が臭うわよと笑いあっていた。
ドモンも試食し、ラーメン屋に向かって力強く右手の親指を立てた。
「明後日の品評会にはこれを出すわけ?」ドモンの器に数滴分残ったスープをなんとか飲もうとしてるナナ。
「いや、これとはまた違った試作品があるんだろ?カールのところから醤油が届いたとかって。あっちも醤油の試作品が出来たんだってよ」とドモン。
「ああ、一応醤油を使ったラーメンも考えているんだ。それが上手くいけばそっちを出すつもりだけど、駄目なら今のを出そうと思ってる」
ラーメン屋はラーメン屋で、すでに自分のラーメンを模索し始めていた。
カルロス領から試作品の醤油、そしてもやしが届けられ、寝る間も惜しんでラーメンの試作を続ける日々。
ドモンからレシピを聞けば楽なのだろうが、それではドモンの代わりに作っただけであり、自分の料理ではないという理由で助言も断った。それで失敗したならば、所詮それまでの男なのだと・・・。
ドモンもラーメン屋のその心意気を買い、聞かれない限り口出しをせず、黙って見守ることにしたのだ。
そして迎えた翌々日。
王都の中の講堂にて、ラーメン屋の妻の父が主催となる麺料理の品評会が行われる日だ。
学校の体育館の倍はあるであろう大きな講堂内には、たくさんの出店が連なっており、皆飲めや歌えやのお祭り騒ぎ。
並んだテーブルに買ってきた食事を並べ、それぞれが楽しい時間を過ごしている。
ラーメン屋や他の料理人達は、早朝からやってきてすでに裏の厨房へ。
王族らは品評会が始まるギリギリにやってくる予定。
ドモン達は昼前に到着。
想定していた以上の盛り上がりに、ドモンもナナも大興奮。シンシアやサンまではしゃいでいる。
「すごいなこれは。はぐれないように気をつけろよ?もし迷子になったら、あの審査員席のそばにある看板の下で待ち合わせしよう」
「わかったわ」「わかりましたわ!」「はい!」
「とりあえず四人が座れる席を探そうか。灰皿あるとこな」
「では私が探してきますので、皆様ここでお待ち下さい!」
自前のメイド服を着た小柄なサンが、人の間をスルスルとすり抜けて、人混みの中へと消えた。
こういったことはサンに任せておくと大抵は上手くいく。
「きゃあ!」
「おっと!ごめんよそこのキレイなねーちゃん・・・あらま、本当に美人さんだなこりゃ」
両手にエールを持った太ったおじさんがシンシアの背中に当たり、弾き飛ばされたシンシアがドモンの腕の中へ。
シンシアにとってはこんな人混みは初めてで、庶民に弾き飛ばされるのも生まれて初めて。
この日はお忍びでのお出かけであるため、服装も庶民の服を着用している。
が、気品あるオーラとその美しさは、まるで隠しきれずに溢れ出ていた。
「ドモン様・・・ワタクシ・・・」
「大丈夫か?シンシア。危ないから、なるべくくっついていろよ」
「は、はい・・・」
ドモンの胸へと顔を埋めたシンシアだったが、ただそれだけで、まるで舞台演劇でのクライマックスのような雰囲気になってしまい、周囲の人々から何故か拍手がパチパチと巻き起こった。当然ナナは大激怒。
「離れなさいよあんた達!それにどうして私には誰もぶつからないのよ!」
「どんな怒り方だ。お前は体のメリハリがありすぎて、みんな必死に避けてるから誰も当たらねぇよ。さっきのおじさんだって、お前のおっぱい避けてシンシアの背中に当たっちゃったんだぞ」
「そーなの?」
ナナはナナで、その存在感は異常。
あまりの魅惑的な体つきに、男達は過剰に理性を働かせ、触れてしまわないようにと気をつける。
触らないように、興奮しないように、見ないように。そして理性を失わないように。
思春期の男にとっては、その存在自体がある意味拷問。
そこへサンも「御主人様~」と遠くから手を振り、笑顔を振りまきながら戻ってきた。
「天使ってメイド服着てるんだっけ?」
「バカ!何を言ってんだよ、あれは妖精だ。前に噂を聞いたことがある」
「どこかのお姫様じゃないか?」
みんなの視線が今度はサンに集まり、その後サンの視線の先の、シンシアを抱くドモンへと集中。
「ほら行くわよ」とナナに腕を組まれ、シンシアと手をつなぎながらドモンはサンの元へ。
「なんだあのオッサン」という、なんとも冷たく厳しい地獄のような視線を浴びたドモンは、もう二度とこの三人を連れて人混みに行くのはやめようと決意。
ドモンらはサンの誘導で、品評会が行われる舞台の目の前の特等席へ。
サンが頼み込んで席を用意したらしいが、一体どんな頼み方をしたらこんな場所を譲ってもらえるのか。
そのせいもあり、席に着くとますますドモンに視線が集まってしまった。
「私あんなような人、本当に大嫌い」
「ああ・・・私もだ」
舞台袖の方でそう言われていたが、ドモン達は知る由もなかった。




