第481話
「ままま、まずこの棒を1に動かすんですよね?」
「左足のクラッチを踏んでから動かすんだぞ?」
「わかってますよ!!もう!!」
「なんで怒ってるんだよ。せっかく教えてやってるのにフフフ」
屋敷の庭で車の運転の練習を始めたトッポ。ドモンは助手席。
トッポが想像していた以上に運転が難しく、車はなかなか前に進まない。
ドモンに諦めろと言われたがトッポも意地になり、もうなにがなんでも運転するつもりらしい。
「左足を離したら右足・・・左足を離したら右足・・・」
「右足はいいけど、それはブレーキだ。車を止めるやつな」
「・・・あ!ししし、知ってますよそのくらい!!」
「そうだったか、それは悪いことをしたな・・・その割には『あ!』って言った気がするけども」
「だまらっしゃい!」
トッポが運転席に座って15分。進んだ距離は約20センチメートル。
「そういやチィとミィのふたりはどうしたんだ?今日はいないみたいだけど」
「自動車を見に行くだけだからと置いてきました。だからそろそろ帰らないとならないんです。もう!話しかけないでください!」
「多分もう手遅れだろ。絶対に怒ってるぞ今頃。特に違う街まで遊びに行ったとか、あんな飯を食べてきたとか言ったら、チィなんて絶対に・・・」「引っ叩かれるわよ絶対に」ドモンの後ろで頷いたナナ。
「わかってますから!少し集中させてくださいってば!」
車は2メートルほど進んだ。
トッポは確実に成長しているが、もう少し早く成長して欲しいと願う一同。
ギドだけはお構いなしに、未だに机に向かっていた。
「うおおお!わかってきましたあああ!!」
「わかった!わかったから!塀にぶつかる!ブレーキ踏めブレーキ!!」「きゃあああ」「サン!頭をこちらへ!」「うわぁん!」
走るコツを掴んだかと思えば、今度は大暴走。
敷地を囲う塀に向かって一直線に進み、ぶつかる寸前で左へ曲がり、その後ブレーキをかけて停止した。
サンはシンシアの腕の中へ、そのシンシアはナナの腕の中。
その後敷地内を数十分グルグルと回り続け、ようやく帰宅の途についた。時刻はすでに午前0時前。
ドモンの住む街のようなコンビニや大人の店などもないので、人通りも少なく走りやすい。
自動車はそのまま街を抜け、郊外の街を繋ぐ道まで出た。ここまでくればまずは一安心。
「雪が降ってきました。でもやはり平気なのですね、この自動車というものは」とトッポ。
「一応滑らないように安全運転で頼むぞ?」ドモンは助手席で咥えタバコ。
「信じられませんよ。冬場の移動がこんなにも楽になるなんて」
「そんなに大変なものだったのか?俺はこの世界の冬が初めてだから、よくわからないからな。お尻が痛かったのは知ってたけど」
おみやげに貰ったワインをラッパ飲みしながら、ドモンは外の風景を見た。
街灯がないのでほぼ真っ暗闇の中、白い雪だけが横に流れていく。
「あのねドモン、冬は車輪が埋まるとかの危険もあるけれど、とにかく寒かったの。たくさん重ね着をして乗って、夜は寒さにふるえながら眠るの」とナナ。
「それで朝、馬車が引けないほど雪が積もれば、馬に乗って助けを呼びに行くしかないんだ。その場に残された者達は、祈るのみだからな」とギドの兄。
「まあ・・・そういうもんなんだろうな」
ドモンは北海道生まれなので、雪の厳しさは知っているつもりだった。
しかしこの世界の現実は、それよりも更にずっと過酷なものであったのだ。
暖房付きの新型馬車が出来た時も驚かれたが、除雪車の衝撃はそれをも遥かに上回る。
冬の間も各街を繋ぐことが出来、行き来を可能にする。
これまではそれこそ先程のラクレットチーズのような保存食を作り食料を蓄え、いかに冬を乗り越えるか?が人生の半分の割合を占めていたと言っても過言ではない。
アリとキリギリスの童話は、決して童話の中のことだけではないのだ。
春から準備を始め、秋までに蓄える。そうして冬を乗り越える。
それが出来なければ、待つのは死。それがこの世界の常識であり現実。
「人の生き方が変わるでしょうね。今年を境に、明確に」
話を聞いていたギドが口を挟む。
冷凍食品の話も聞き、それについてもギドは驚いていた。
「きっと皆さんも、心の余裕が生まれますよ。冬に怯えなくて済むのですから」ノロノロ運転をしながらトッポが微笑む。
「まぁな」
余裕が生まれれば、今度は欲が出る。欲が出れば、争いが起こる。
例の悪魔の存在でそれに気が付き始めていたドモンだったが、ここまでくればもう仕方がない。
自分のせいで街の住人達をあんな目に合わせてしまった今、もうとことんやってやろうという気持ち。
「街が見えてきたぞ。さあそろそろ運転を代わろうか」
「いっきますよ~!!」
「バカ!ヤメとけ!この街の方が道幅も狭いし人も多いんだぞ!」
「うおおおお!!!!」
運転をすると性格が変わる王様をみんなでなんとか抑え込み、ギドの兄に運転を交代。
この事により、助手席や後部座席からも車を停止することが出来る非常ブレーキも実装されることになり、ギドの仕事はまた増えたのであった。
帰省中。実家より更新。
データがないので、戻るまで物理的に更新は無理。
てかこの実家も取り壊しになるそうで・・・また帰る場所が無くなってしまった。




