第474話
街の一角の解体作業が半分ほど済んだ頃、道具屋のギドの元へドモンの手紙が届けられた。
封筒には『速達』『重要』と書かれていた。
「あらまあギド、こりゃきっと自動車の催促だぞ」と兄が封筒を騎士から受け取り、ヤレヤレのポーズ。
「うぅ・・あと少しなのに!雨を払うことが出来るこの装置さえ出来れば・・・」
ドモンに頼まれていた自動車の改造はほとんど済んでいたが、まだまだ付けたい機能がたくさんあり、今はきりが無いという状況。
冷暖房もドライヤーを作ったことにより、温風と冷風を出せるようになった。
ワイパーは、どんな樹脂を使用すれば綺麗に雨を弾き飛ばせるのかを研究しているところ。
「・・・で、ドモンさんはなんて?」ギドに手紙を渡した兄。
「へ?え??」手紙を見たギドは唖然呆然。
『頼む、今すぐ来てくれ。お前らの力が必要だ』
手紙に書かれていたのはたったこれだけ。
ペラリと手紙を裏返し、ギドが兄に向かって内容を見せると、兄は何も言わずに荷造りを始め、自動車の中に荷物を詰め込み始めた。
王都になんかはもう行くつもりはないが、近隣の街ならば関係ない。
それよりも、今はそんな事を言っている場合ではない。
「兄さん、夕方まで先に寝ていいかな?」
「じゃあそこから夜中まで頼む。俺は夜中から明け方まで運転するから」
後部座席のベッドに入り込み、早速仮眠を取り始めるギド。
何も相談していないが、ふたりは以心伝心。ともに24時間止まらずに運転するという考えだった。
王宮の方でも連日会議が行われている。
議題は当然、ドモンが提案した件について。
「どうなのだ?!本当に可能なのか?」
「様々な書物を調べておりますが、なにぶん前例のないことでして・・・」
「それが出来たとして、もし万が一崩れたともなれば、どれだけの被害が出るのやら検討もつきません」
「僕はドモンさんを信じますよ。住人達のところへは、自ら足を運び説得する覚悟です」
椅子に座って話し合いが始まるも、数分も経てばほぼ全員が立ち上がり、熱を帯びた討論となる。
思わず大臣が国王に向かって「さっきから何度も言っておろうが!!」と、口の聞き方を間違ってしまうことも多々あった。
「かかる費用はどのくらいなのだ?試算は済んだのか?!」
「金貨2万枚はくだらないかと・・・」
「うむぅ・・・」
日本円で約20億円。当然ドモンには払えない。
だからといって国が出すとしても、この金額では二つ返事でゴーサインを出すわけにも行かない。
ホクサイを連れてくる時にぼったくられた金額が金貨600枚だったが、それでももめにもめたくらいなのだ。
『今回に限っては儲かる保証もできないし、場合によっては失敗して大変なことになるかもしれないなぁ』というドモンの言葉も不安に拍車をかける。
いつもならば自信有りげにその背中の後押しをしてくるあのドモンが、これだけ躊躇するということが異常事態。
結論はまた明日以降に持ち越されることになった。
「これが異世界の建築技術・・・!!」
「ろ・・・634メートルの高さの塔もあるだとぉ?!」
「こんな高さに人が住めるとは思えん・・・」
ドモンの元へと集まったこの世界の建築技師や大工達が、ドモンの本を読み、驚きを隠せずにいた。
相変わらず写真部分はごっそり消されているが、文章や手書きの図だけでも十分にその技術力は伝わる。
「しかし・・・その高さじゃ、落ちればひとたまりもないわな」と大工のひとり。
「高所での作業は私達が引き受けます」「俺等ならたとえ天辺から落ちたって、かすり傷がつくかどうかってくらいだ。任せてくれ」「そうだ。その代わり指示はして欲しい」青オーガとオーガ達も言葉に力を込めた。
「指示はいいけどよ、そんな高さで大工仕事なんて出来るのかい?ただの力仕事だけじゃなく、技術だって必要なんだぜ?」
「確かに・・・我々では物を運ぶことは出来るが、それを組むとなると・・・うむぅ・・・」
長い話を酒飲みながら聞いていたドモンはうつらうつら。
その時、大工とオーガの討論が行われている宿舎の一室のドアが、ガチャリと開かれた。
「ある程度部屋を組み上げてから、部屋ごと上へと吊り上げれば良いのですよ」
「グゥ」
「ちょっと先生!!起きてくださいよ!!わざわざドアの前で、入る機会を伺っていたというのに!」
「ギ、ギド・・・どうもすみませんね弟が騒いじまって・・・」
この時代背景から言えば、とんでもない革新的な技術提案をしたというのに、寝ていたドモンを見つけたギドが騒ぎ出し、兄はただただ平謝り。
「ちょっとどうなってんのドモン!外がえらいことになってるわよ・・・って道具屋の!」牛柄のスケベなワンピースを着たナナが飛び込んできた。その後ろにはサンとシンシアも。
「ふぁあ~騒がしいな。外が何だってんだよ・・・おおギドと兄貴、来てくれたか。てか随分と早いな。手紙を出して三日くらいしか経ってないのに」大あくびをしながら背筋を伸ばしたドモン。
「手紙を頂いたのは昨日の昼頃ですね。兄と交代で運転をしてきましたので、一日で来れました。まあほとんど兄が運転してくれたんですけどね」
「俺には難しい話が分からねぇから、なるべくギドには寝てもらったんだよ。それと人が集まってるのはその自動車のせいだ」
兄の言葉に立ち上がって窓から外を眺めると、自動車を囲むように野次馬が集まり、まさにお祭り騒ぎ。
それよりも注目すべきは、人々が取り囲むその自動車だ。
「ト、トレーラー?!でかすぎだろあれは・・・」
「ああ、あれは仮眠を取るためにベッドを出して、車体を大きくしたままなので。ベッドを片付ければすぐに小さく出来ますよ」
「え?そうなの?!・・・にしても、あれじゃ運転も大変だろ。前の車でも曲がるのに重たくて苦労したというのに・・・」
「それももう対策済みです。だってひ弱な僕が運転できるくらいなんですよ?」
パワステ完備。ドモンも呆れるほど天才が過ぎる。
ナナとサンとシンシアもドモンの横に並び、窓からその車を見下ろして驚愕の表情。
「まあ先生、今はそんなことよりも頼み事とは・・・」
「ああそうだったな。自動車はあとで見に行くよ」
ギドにとっては、自分で作った自動車よりも、ドモンの要件の方が興味があった。
あの手紙の様子から感じた直感だったが、絶対にドモンはとんでもないことを考えている、そうギドは思った。
「また新しいものを作ろうと思ってんだけど、ギドの力がどうしても必要なんだ。そうじゃなきゃ、毎日俺の脚が死んでしまうからなアハハ」
「一体何なんでしょうか?先程の話から、高い建物に関連するものだとは思いますが」
席に座り直したドモン。ギドの椅子はサンが用意。
「高い建物ってなに?ねえドモン、そろそろ私達にも教えてよ!屋敷を建てるんじゃないの??」とナナ。
「お前らにもついでにこの場で教えておくか。ビルを建てるんだよ。20階建ての店舗兼、集合住宅だ」
「えーっ!!!」「20階建てですか?!そんな事が可能なんですか??」
ドモンの言葉に驚くナナ達と、それ以上に驚いたギド。
頭が良いからこそ、尚更それがこの世界でどれだけ無茶なことなのかがわかる。
「だから可能にしてもらいたいんだよ、お前に。このタワーマンションの建設を」
ドモンのその言葉に、ギドの心臓は今にも破裂せんばかりに高鳴った。




