第470話
「よくぞ参られたドモン殿」
貴族らしい挨拶で出迎えた貴族。
どーもどーもと挨拶を返しながらドモンが手を挙げると、数名の侍女達が赤い顔をしながらドモンの方をチラチラと見ていて、サンの頬がぷくっと膨れ上がった。
そういったことへの直感や推察力は、サンはナナ以上。普段からの観察能力の高さが役に立っている。
実際、ドモンとナナがそういった事を行った時の、ほとんどがサンにバレていた。
「御主人様、以前ここに来た時に何をなさりましたか?」ジトッとした目でドモンを睨むサン。
「え?!違う違う!何もなさってねーですよ!ホントホント!!」
「・・・・」
「・・・なさりそうになる寸前でちょうど呼び出されて、何もしなかったんだよ」
話を聞いたサンが赤い顔をした侍女達の方を見ると、コクコクと慌てて何度も頷いて、それが本当だということを証明した。
本当は最後までしていないだけで、『何もしなかった』というのは嘘であるけれども、相手を全裸にして抱き合ってもズッポシまでしてなきゃ浮気ではないというドモンの謎理論が炸裂。時と場合によっては『先っぽだけならセーフ』や『動かなければセーフ』などもある。
何の事かわからない貴族とその息子は、ドモン達と侍女の方をキョロキョロと見て、不思議そうな顔。
「どうして奥様が『あなた』じゃなく『あんた』になったのかが、よーくわかりました!」と、ジトッとした目のままのサン。
「いや、あいつは最初から『あんた』だったんだよ。結婚すると決まって、ちょっとの間だけ『あなた』になっただけで」
「そういうことじゃないでしょ!めっ!奥様とシンシア様に言いつけますよ?」
「ああごめんごめん!本当に許してよ。つい出来心だったんだ。ゴメンナサイ・・・」
メイド服を着ているから勘違いしてしまうが、今はもう正式にサンはドモンの妻である。
ただ傍から見ると、侍女に主人が叱られているという異様な関係にしか見えない。
そんなやり取りを終え、ドモン達は客間の方へと通された。
そしてここからはサンも、この屋敷の侍女と一緒に仕事をこなす侍女となる。
夫であるドモンはソファーに腰掛け、妻であるサンは伏し目がちに、壁際で他の侍女と並んで立つ。
ドモンが右手を左胸の内ポケットに突っ込もうとした瞬間、サンがスッと動いて灰皿を差し出し、貴族の息子がフゥと上着のボタンに手をかけた瞬間、ハンガーを持ったサンが上着を受け取りに行き「暖房の調節を致しますか?」と気を利かす。
その一連の動きに、ドモン以外は皆唖然としていた。
「此度はドモン殿の屋敷の件で宜しいですな?」と先に切り出した貴族。
「そうなんだよ。その相談に来たわけなんだけど・・・」
ポリポリと頭を掻いたドモンが引越し先の条件の話を切り出すと、フムフムと顎に手をやりながら頷き、貴族は少し得意げな顔に。
貴族の息子も大きく頷いて、父親と目を合わせてニヤリと笑った。
「お金は稼いだ金から少しずつ支払うのと、シンシアの両親もある程度出してくれる手筈になっているから、そこはなんとかなるとは思っているんだけど・・・なんとかしなくちゃならないっていうかその・・・正直まだわかんないだけどさ」ドモンの声が徐々に小さくなっていく。
「ハハハ。そこは陛下の方から直接頼まれておりますからな。心配せずとも宜しいですぞ」と貴族。
「陛下から王宮に住まわれるのを許可されている身分で、一体何をおっしゃられるのやら」息子も続く。
一文無しではないけれど、家を建てるのに全財産が日本円にして約14万円しかないのだから、不安になるのも当然である。
ドモンは自分の感覚がおかしいのか、向こうがおかしいのか、訳が分からなくなりそうになっていた。
「あと土地のことなんだけど、今の色街の宿舎のそばに土地があれば譲ってもらいたいところだったんだけどね、どうにもあの辺は建物が密集してるから、郊外の方に土地を分けてもらって、そこまで乗合馬車を通してもらえれば嬉しいなぁなーんて・・・」
あまりにも都合の良すぎる話を持ちかけ、更に頭を掻いたドモン。
バスも通らない田舎に家を建て「俺が住み始めたんだからバスを通せ」と言っているようなもの。
言ってることが理不尽すぎて恥ずかしい。
「ハッハッハ!その事も心配無用ですぞ。ヘレンから事情は聞いておったのだ」
「実はシンシア様と母が仲良くされているのを知っていましたから、それとなく事情を聞いておくようにお願いをしていたのですよ」
「私の息子の判断なのだ。いつの間にやら、こんなにも気の回る息子に成長しおって・・・なのですぐに私も手配をしておいたのだ。私も息子にはまだまだ負けられぬからな。ハッハッハ!」
怒涛のように交互に話しかけてきた貴族とその息子だったが、ドモンには何を言っているのかがさっぱりわからない。
引っ越しの手配をするにしても、まだ気が早すぎる。
「いや・・・なんの手配かは知らないけど、引っ越しするその土地をどうしたらいいのかって話で・・・」
「だからその手配はすでに出来ておるのだ。商店街であるため、ここほどの庭は確保出来ぬかもしれぬが、屋敷を建てるには十分な土地は確保できるであろう」ドモンにそう答えた貴族。
「まあ庭も必要であれば、すぐに通達すれば確保もできましょう」と息子。
「????」
やはりドモンには何を言っているのかさっぱり理解が出来ず困惑していると、サンが横から気まずそうに説明を始めた。
すべてを察して。
またビアガーデンに行ってしまった・・・




