第460話
ドモンとサンは、何百と人が行き交う広場へ。
その中心に近づくにつれ、サンの心臓がとんでもない速さで鼓動を刻み始めた。
「御主人様・・・本当にこんな場所で?」小さな小さな声で囁くサン。
「そうだよ。それにそれだけじゃなく・・・」
ドモン達は、以前トッポが演説を行った噴水のそばに立った。
流石に冬は噴水は出ていない。
「えー、みんな見ていてくれないか?俺はこれからこのサンと繋がろうと思ってるんだけど、時間がある人は是非見学していって欲しい」ドモンが突然、そう大きな声で叫んだ。
「???」「・・・・」「こんな子と一体何を?」「ま、まさか?!」
ドモンの言葉に皆様々な反応を見せながら足を止め、ドモンらを中心に少しずつ人の輪が膨らんでゆく。
サンはその様子に心臓をバックバク鳴らしつつ、唖然呆然と固まった。もう瞬きもできない。
「御主人様、嘘でしょ?!本当にここで・・・するのですか??」
「もちろん。みんなの前でサンと穴にズッポシしちゃうつもりだよ。俺が座るから、サンは立ったままでいてね」
「わ、わかりました・・・フゥフゥフゥフゥ!!」
なんだなんだと騒ぎ出した民衆の前で、ドモンはサンの手を取り、その場で片膝をつく。
何名かが口笛をピューピューと吹いているが、サンはまだ、それがどういうことなのか理解できずにいた。
「これからサンの心に、俺という存在を刻み込むよ。絶対に消えないように」
「は、はい」
「サン、俺と結婚してくれ。俺が幸せであるために。俺にはサンがいなきゃ駄目なんだ」
「!!!!!!!!」
ドモンはポケットから先程店で買った指輪を取り出し、サンの細い左手の薬指にはめた。
少し小さすぎたかとドモンは思っていたが、大きさはピッタリだったようで、スッポリと指に収まった。
指輪にはK・Sとイニシャルが刻まれている。S・Kだったかもしれないが、そこはもう気持ちの問題だと知らないふり。
ちなみに値段は銀貨10枚の安物のシルバーリング。ナナにあげたものの半額だが、手持ちがこれしかないので仕方ない。
「ほら、みんなの前で穴にズッポシしちゃったろハハハ」
「・・・・」
サンからの返事がなく、思わずドモンは照れ隠し。
「あ、あの・・・ちょっとやりすぎたかな・・・もし駄目ならまたの機会に・・・」
「ドモンさん!・・・フゥ・・・」
ようやく言葉を発したサン。大きく深呼吸。
周囲の人々もつい一緒に深呼吸。
「ドモンさんの幸せが、サンにとっての幸せです!これからもあなたがずっと幸せでいられるように、一生あなたのそばにいさせてください・・・好きですドモンさん!これまでも、これからも!」
「サン!」
口づけを交わすドモンとサンが、パチパチという拍手に包まれる。
「お幸せに!」「素敵よ!」「くぅ~羨ましいぜ旦那!」と声をかけられたところで、ようやくふたりの口唇は離れた。
「そこに教会があるのですが、宜しければ誓いを立てていかれませんか?」と通りかかった神父さん。
ドモンとサンは目を合わせ「是非」と神父についていった。
「汝、新郎ドモンは、この女サンを、健やかなる時も、病める時もなんたらかんたら・・・」
「はい誓います」
ナナともやった例のやり取り。
お決まりではあるけれど、サンはボロボロと涙を流していた。
誓いのキスをした時には、もう完全に顔面崩壊。さっきもしたはずだが、これはこれ。
「うぅーごじゅじんざまぁぁ!!」
「わかったからほら、涙と鼻水拭いて」
「ごべんなざいぃぃ~・・・お股も拭かないどぉだめでしゅうぅぅ~」
「え?!」
サンの足元に大量の水たまり。
十数人の見学をしていた女性達が、大慌てでサンの元へと駆け寄り「大丈夫よ」と声をかけながら、脚と床を拭いてあげていた。
「ところで神父さん、婚姻の届け出みたいなのはどうしたらいいんだろう?」
「〇〇様のお屋敷か、××様のお屋敷の方へ向かうのが良いでしょう」
「貴族の屋敷か。面倒だな。なんか紙一枚あるかな?もう使わない古紙でもいいので」
「それならばこちらを」
ペンも借り、手製の婚姻届を作るドモン。
紙の裏にはなんちゃら感謝祭開催のお知らせが書いてあった。数ヶ月前のものだが。
『こんいん届
今日結こんすることにした。
暮田土門
サンドラ
ひろうえんはいつかカールのやしきでやるから、来れる人はきてね』
スマホを忘れ漢字がさっぱりわからず、ひらがなだらけの婚姻届。
そこにドモンの印をドンと押した。
この場に朱肉がなかったので、印鑑に付いていた朱肉の余韻を利用して、ぎゅうぎゅうと紙に押し付けた。なんとも薄いドモンの印。
それを不思議そうな目で見守る神父。
「ここって騎士や憲兵とかが寄ったりするかな?もちろんその貴族の関係者とかでもいいんだけど」とドモン。
「寄ることもありますが、必ずこの日に来るといった保証はないですねぇ」うーんと声を上げる神父。
「それならうちの人呼んでこようか?憲兵としてこのすぐ近くを見回ってるよ?」と何処かの奥さん。
「ああ、じゃあ頼もうかな」「いいよいいよ」
少し横幅のある身体をゆさゆさと揺らしながら教会を出ていき、五分もしない内に旦那さんと思われる憲兵を連れて戻ってきた。
「何だって言うんだ。今は仕事が忙しいと・・・」
「なにか用があるみたいなのよ。まあ多分めでたいことだからさ」
「ああ、悪いね忙しいところを」とドモンがふたりに手を挙げた。
「一体何の用だ・・・って・・・あんたはまさか・・・陛下のアワワワ」「???」
「あれ?何処かで会ったかな?」相変わらず顔を覚えられないドモン。
「は、はい!以前チキンカツというものを頂いた時に、ご一緒させていただきました!」「あっ!!!!」
「ああ~あの時の憲兵さんか」
キョロキョロとドモンと旦那さんの顔を交互に見ていた奥さんが、その会話を聞いてようやく目の前にいる人物が誰なのかを理解した。
もう何度も家で聞かされた自慢話に出てくる、その登場人物なのだと。
「あ、あんた王様のお友達だっていうあの人だったのかい?!」すごい勢いでドモンに迫る奥さん。
「友達っていうか・・・まあ知り合いみたいなもんかな?」「そんな言い方をしたら落ち込みますよきっと」サンがクスクスと笑いながらそれとなく注意。
「じゃあまあほら・・・友達だよ。照れくさいなもう~。それはともかく、今日こいつと籍を入れたんで、この街の貴族か王宮の方に、この婚姻届を渡して欲しいんだ」
「なんと!!」
古い紙の裏にひらがなだらけの婚姻届だけれども、薄っすらと見える印は、騎士達から何度も説明を受けたあの『ドモンの印』に間違いない。
時には騎士達が騎士団を組み、命懸けで守り抜かねばならないと言われるとんでもないもの。
今や近隣諸国にまで影響を与える人物の印が入った手紙。いや、その重要人物の婚姻届なのだ。
「アワワ・・・た、大変だ!!今すぐに騎士の方達を!!」
「いやいや、暇な時でいいから。失くしたらまた書くからいいよ。な?サン」「はい!」ドモンとサンは呑気。
「ふ、封筒を使いますか?」「すまない!雪で濡らしては大変だ!」ようやく事態を飲み込んだ神父さんも気を使う。
「じゃあそろそろ行かないと。うるさい奴が待ってると思うんで」
そう言ってドモン達は、腕を組み帰っていった。




