第456話
「それにしたって、そのおかわりしなかったから異変に気がついたってのは、一体どういう事なんだ??」
それまでの経緯を手短に聞いたドモンの素朴な疑問。
ナナはドモンと並んでベッドに寝たままヤレヤレのポーズ。
「あのねドモン、私ドモンが来てから、ほとんど毎日おかわりしてんのよ?」
「・・・」「・・・く」
当然のようにそう語りだしたナナに言葉をなくしたドモンと、そのおかげで異変に気が付き、ドモンを救うきっかけとなったために、絶対に笑わないように気をつけるサン。ここで笑ってはドモンにもナナにも失礼。
「そのおかわり女の私がおかわりをしなかったなんて、ドモンが死んだ時と今回くらいしかないの。分かる?」
「ピッ・・・」
少しだけ口から空気が漏れたサン。ナナが真剣に語れば語るほど笑いが込み上げてくる。
そんなプルプル震えるサンの顔を見て、シンシアがケラケラと笑っていた。
「でね、今朝お腹が空いて起きたのよ私。おかしいじゃない、そんなの。どうして?ドモンがご飯やおやつ作ってくれなかったから?どうしてドモンがいないの?どうしてドモンがいなくて平気なの私達?・・・って思ったの」それでも真剣に語り続けたナナ。
「朝5時にナナに叩き起こされましたわ。『あんた達、ドモンのご飯食べなくてお腹空かないの?おかしくないこれ?』と」シンシアは笑うことを止め、ナナの話を補足した。
「そこで気がついたのです。御主人様の心配をしていない、自分達がおかしいということに。奥様のお腹がグゥって何度も鳴ってプピ」堪えきったと油断したサン。最後に結局漏れてしまった。
「笑い事じゃないんだからサン」口を尖らしたナナ。
「うぅゴメンナサイ」
「それできっとこれは、ドモンについた悪魔のせいだと思ったの。ドモンのことを嫌いにさせる呪いをかけたんだって」
サンを注意しながら、ドモンに向かってナナは真剣に語り続ける。
そこにはナナの、ある信念が強く感じられた。
実際は呪いなんかではなく『好きにさせる能力』をドモンから取り上げただけなのだけれども。そうなればドモンもただのおじさんである。
「私、いえ、私達はきっとドモンに騙されてると思うの。でもね、それを受け入れようって決めたの。もうずっと前から」「はい!」
「ど、どうして・・・」
ナナの告白に困惑するドモン。
詐欺師が騙した相手に「知っていた」と告白された気持ち。
「好きだからよ!騙してでも好きにさせようとしてきた、そして私を好きでいてくれた、あなたのことが大好きだから!!」
涙目で説明を続けるナナに、笑っていたサンやシンシアもいつの間にか真剣な目に。
ナナはベッドで寝ているドモンに抱きつき、その胸に顔を埋めた。
「負けるもんですか!世界中がドモンのことを嫌いになっても、私だけはずっとそばにいる!もし私が約束を破りそうになったら、力尽くで私のことを無理やり抱いたっていい!今のうちに紙に約束書いとくわ!私がもし文句言ったらこれを私に見せて!」本当に紙に約束を書き記すナナ。
「サンもです!サンももしそうなったら、泣き叫ぼうが何をしようが、御主人様の好きにしてください!死んだって構いません!!」サンもドモンに抱きつく。
「ワタクシもあの時のように凌辱していただいても結構ですわ。気が狂うほどの生き恥羞恥地獄の中で、ワタクシの恨みが爆発するまで意地悪なことをしていただいて結構です。あぁ~またあの時のような気持ちが味わえるのでしょうか?楽しみですわ~ホホホホ」
「恨みが爆発って・・・」女性に恨まれるようなことばかりしてきたドモンが一番怖い言葉。
「だってワタクシ、今でもドモン様のことを少し恨んでおりますのよ?でも・・・それはそう思っていた方が、ワタクシが興奮できるからですわ!なので今回のようなこともワタクシは大歓迎!さあいつでもお好きにしてくださいまし!ついに『く・・・殺すなら殺せ!外道め!!』の出番ですわ~オホホホホホ!」
ドサクサに紛れてとんでもない告白をしたシンシア。
性癖を拗らせ過ぎて、もう何がなんだかわからない。
お姫様という立場からの反動で、ドモンに出会う前から、そういった妄想をしていたらしい。
「うぅ~!シンシア様ずるい!御主人様!サンも御主人様のこと嫌いになりますから、同じ様に意地悪してください!!」サン暴走モード。
「お子様のサンにはとても無理ですわ。生き恥羞恥がなんたるかを肌で感じていませんもの。そう言えばドモン様やナナは、衆人環視の中、とても恥ずかしい目にあっていますのでお仲間ですわねホホホ」
「確かに俺はシンシアの国で、大勢の前でサンに下着を下ろされたけど・・・」「私なんて裸にネグリジェ一枚で見られちゃったわ。まあ私の場合、外を歩くだけで普段から胸を見られて、恥ずかしい思いしてるけどね」悲しい変態露出狂夫婦の会話。
「うーっ!!サンだってこの前大工さん達に!!それに温泉でだって!!」涙目のサン。
「まあそれはみんな微笑ましく見てただけで、スケベな目や蔑んだ目で見られたわけじゃないから、意味が違うよサン」とドモンが説明したものの、結果サンをプンプンと怒らせるだけだった。
よく考えれば、すすきの祭りの保育園のプールでも裸を見られたが、親御さん達に年長さんだと勘違いされ、微笑ましく見つめられていただけである。
そんなやり取りをして、ようやくドモンの心も落ち着いた。
倒れた以外の記憶はないが、今回もきっとまたいつもの悪夢。そしていつものようにみんなが助けてくれた。
ただいつもとひとつ違うのは、なにか大きな山を乗り越えた気分があること。
「やあドモンさん、気がついたのかな?」とドモンの病室に戻ってきたアーサー。
「え?アーサー?どうしたんだよこんなところへ・・・って、俺、アーサーに助けられたんだっけ?話に聞いたけど」
夢と現実の境が曖昧で、実は説明を聞いても現状がまだはっきりと理解できていなかった。
勇者達に助けられたと聞いたが、夢の中でのことだと思っていたのでドモンはびっくり。
「ハァ・・・本当に記憶にないのか。ドモンさんが運び込まれたと聞いたせいもあるけれど、なにかの異変を感じたから慌てて来たんだよ」
「まあ何となく何かがあったのだけは覚えているよ・・・悪かったな」
勇者パーティーが死を覚悟するほど追い詰められていたことは、ドモンもナナ達も知らない。
だが今は言う必要もないので、アーサーは黙っていた。
「謝るならミレイに。彼女は今隣の部屋で治療中だよ。裂傷が酷くて・・・」
「え?!まさか・・・」
慌てて起き上がろうとしたが、胸の真ん中に槍が貫通したかのような痛みに襲われ、ドモンはベッドにまた倒れた。心臓が爆発しそう。
そもそもがまだ絶対安静の面会謝絶状態であるとのことで、勇者達はミレイが眠る隣の部屋へ、ナナ達は渋々ドモンを残し、昼前に色街の宿舎へと帰っていった。
その結果、結局ドモンの50歳の誕生日はひとりぼっちになってしまったが、ナナ達から貰った『不変の愛』という名の最高のプレゼントは、ドモンの心や体を癒やすのに、十分すぎるほど大きなプレゼントとなった。




