第447話
「ここは滑りやすいですから気をつけないとククク・・・それとも床の硬さでも調べようとしてくれたのですか?」
「も、申し訳ございません!ドモン様から手紙を預かっておりまして・・・床は硬めでございますハハハ・・・」
ドモンといるようになってから、こういった些細なことが楽しいトッポ。
以前なら冷めた目で可哀想にと見ていただけだった。
ドモンに「失敗した人間には、時にツッコんでやることも優しさだぞ」と教えられた。
初めは全く意味が分からず、お酒を酌み交わしながらコツを聞いて少し練習したのだ。
しかしドモン曰く「トッポはどっちかと言えばボケキャラなんだよなぁ。ナナもボケ、サンはツッコミ、シンシアも案外ボケなところがある」ということだった。
「卵も割れないようなお嬢様だろ」とドモンにバカにされ、「バカにしないでくださいまし!ワタクシにだって卵くらい割れましてよ?」と、皆に見つめられながらシンシアがコンコンと慎重に二分もかけて殻を割った結果、結局ゆで卵だったというのは今も語り草となっている。
「少し時間をかけたせいか、手の熱で中が固まってしまいましたわ」と真顔で言い放ち、全員に盛大にツッコまれたのだ。
「お手紙でしたか。確かに受け取りました。内容を確認してから返事を書くので、それまで休んでいてください」「ハッ!」
「先日顔を合わせたばかりだが、なにか言い忘れたことでもありましたかな?」
「この宿の自慢かもしれませんなハッハッハ!」
「そうであってもおかしくはないな。この宿はある意味、異世界の叡智の結晶とも言える素晴らしい出来栄えであるからして」
「うむ!この宿を超えるものなど、この世界にはありえぬ!」
手紙を受け取ったものの、早く風呂に入りたい一同。
トッポが封を開けている間、脱衣所で服を脱ぎながら呑気におしゃべり。皆で入る風呂にもすっかり慣れた。
「ええと・・『トッポ、大変だ。凄いものが出来たぜ。これはもう高級温泉宿なんて目じゃない代物だ』ですって・・・いきなり超えちゃったみたいですけど皆さん・・・ククク」なんとも間の良い手紙につい笑ってしまったトッポ。
「また婿殿もご冗談を」「なんでしょうな?」
「んー『ついに本物のラーメンが出来た。恐らくこの世界に来てから作った物の中で、圧倒的に一番美味い食べ物だと断言できる。この世界が変わるぞ』・・・え?」
「ん?」「む?!」
トッポが続きを読み上げていく。
皆、裸のままで思わず固まった。
『美味すぎて俺もうっかり涙ぐんじまったぜハハハ!エミィの兄貴の青オーガなんて、美味すぎて失神しちまったんだぞ?息をしたら口の中の幸せが逃げてしまうと思ったんだって』
「・・・」「・・・」「・・・」「・・・」
『本当よ!死ぬ前に最後に食べたい物大会第一位、風邪の時に食べたい物大会も第一位、サンとシンシアもそうだって!』
後から追記したのか横の方にそう書いてあったが、恐らくナナが書いたものだろうと予測された。
王に向かって名乗らずに手紙を書くなんて、ドモンかナナくらいしかいないからだ。
『とにかく、麺に関しての天才?達人?を見つけた。王都はこの冬、とんでもないことになる。トッポにも早く食べてもらいたいよ』
「え?ちょっと・・・あの・・・皆さん、そろそろ帰りませんか?」
「アンゴルモア陛下、気持ちはわかるが・・・」「難しい判断ですな」「どうにかならんのか!手紙だけ寄越してあのバカ息子めが!」
ドモンがここまで言うからには、本当のことなのだろう。
世界を変える『究極のなにか』が誕生したのだ。
でなければ、手紙まで寄越すはずもない。
『で、近々かどうかは知らないけれど、麺料理の品評会みたいなのがあって、その料理人が出場するんだ。そこでトッポにもぜひ協力してほしいんだ。インチキしろってことじゃなく、インチキされないようにな。ちょっと訳ありなんだ』
「もう~!!どうしてこんなに気になる書き方をするんですか!!酷い!!」
『なので帰ってきた時には、俺のとこに寄って欲しい。その時訳を話すから。あとカールにも味噌や醤油や酒が出来たら、その料理人に優先的に回してやってくれと伝えて欲しい。この世界の食の未来がカールの肩にかかってると。あいつらも責任重大だな』
「・・・だそうです」カールの方を見たトッポ。
「え・・・」「兄さん・・・」固まるカールとグラ。
味噌文化や醤油文化をこの世界に根付かせるためには、ドモンはラーメンが一番だと考えていた。
実際にドモンはインスタントではあるが、ラーメンで今のこの関係を築き上げ、活路を見出していったのだ。
この世界をひっくり返していく最大のものが『ラーメンの普及』ではないか?
ただその為に必要な『かん水』の存在が頭からすっぽり抜けていたのと、その上、かん水ってなんだっけ?どうやって作るんだっけ?という状態で、全く進んでいなかったのだ。
料理するのは好きだけれども、ドモンは天才ではない。
たまたま暖炉の上に鍋が乗っかっていたのを見たおかげで、それを思い出したのだ。
思い出したと言っても半信半疑だが。
そこで本当に偶然、麺に関するプロがいた。
家族のためとは言え、異常なほどの情熱と執念を持った状態で。
サンが酔っ払い、その時ひとりになれたのも実は幸いだった。
暇つぶしに、割合を変えて麺作りをしようと思えたのだ。そこでたまたま答えを見つけたのだった。
食の革命や驚きの発明は、案外偶発的に起こることが多い。
ドモンにとって今回のことは、まさにそれであった。
たかがラーメン、されどラーメン。この世界を変える大発明。まさに究極の逸品。
『というわけでみんな会議頑張れ。混浴ではしゃぎすぎるなよ?頼んでおいたアレも楽しんでもらえれば幸い。以上ドモンより』
最後も意味深な言葉が書かれていて、一同深い溜息。
義父がカールに何か知っているかを尋ねたが、カールも全くわからない。
「まあとにかく今は、お風呂に入りましょう。話はそれからです」とトッポ。
「そうであるな」「ここで裸のまま頭を悩ましても仕方ない」「うむ」
男達がようやく大浴場に入った頃、とある街の一角でドモンからの手紙を受け取り、叫び声を上げた女がひとり。




