第446話
「どうやらここが高級宿というのは間違いがなさそうですな」「うむ」
「それにしても部屋には何があるというのでしょうね?」
各部屋へと案内をされた一行。
廊下もオレンジ色の薄暗い照明だけで、なんとも怪しげな雰囲気。
最初の部屋の入口には『波の間』と木の板に書かれていた。
部屋に入るとまたホークが描いた小さめの海の絵が壁に飾られていて、その横の壁には、木で出来た大きな丸い窓が取り付けられている。
「では窓をお開けいたします。風が冷たい時は、ガラス窓の方をご利用くださいませ」と女将。
女将が木の窓を開けた瞬間、全員が息を呑んだ。
そこには真っ白な石で出来た海が表現されていて、その窓から見えた風景自体が、立体的な絵画のようになっていたのだ。
いわゆる『枯山水庭園』と呼ばれるもの。
「何という贅沢なのだ」「ああ・・・美しいですわ・・・」「素晴らしい!!」
「季節ごと、時間ごとに見える風景が変わるのだと、ドモンは言っておりました。そして二度と同じ風景にはならないと」
「うむ」「確かにドモン様のおっしゃられるとおり」
カールの説明に、そしてホークが言った言葉にも皆納得。
描いた自然ではなく、自然そのものを楽しめば良い。それが何よりも贅沢なのだと気付かされた。
他の部屋も同様に、木々が見える部屋、池が見える部屋、今はまだ咲いてはいないが花畑が見える部屋なども順番に紹介していく。
そして小さな露天風呂までついた部屋まで。
今回合同会議を行う予定の大広間は、一転して至極シンプルなもの。
大きな一枚板の木のテーブルひとつと、巨大な岩の表面をツルツルになるまで削ったオブジェがひとつ。
だが王族達は、瞬時にそれがどれだけ貴重なものかを理解した。
「これほどの物は・・・人の手だけでは無理であろう」
「この木は、私の知り合いのゴブリンの長老がオークから譲り受けた物であり、岩の方は皆も知るオーガ達が運んだものだ」
今度は義父が説明。
ゴブリンの村にも宿を建てるということになっていたが、各地に散ったオーガを探しに行ったふたりがオークにその事を話し、オーク達が大量の資材をゴブリンの村へと運び込んだのだ。
今回の物は、その中にあった貴重な一枚板。樹齢数百年か数千年か?
大岩の方はオーガが二人がかりで運んで、大工達がピカピカに仕上げた物。
あのオーガが二人がかりということは、人間には到底運ぶのは無理な話で、馬車や自動車も一瞬でペチャンコになるだろう。
これらどちらも、もう値段などつけられない。
「高級宿などと一言で済ませてはならぬほどだな」
「すべてが国宝級・・・いや、この宿自体が国宝と言っても過言ではないであろう」
「いくら金を積もうが、同じ物は作れぬからな」
「・・・・」「・・・・」「・・・・」「・・・・」
王達の言葉に言葉を失った大統領や奥様達。
ホークやエイ、魔物と呼ばれていた者達の協力と、ドモンがいたからこそ出来たものであるのは明白。
全てがお金だけでは手に入らないものだ。
「ですがここまでは全て脇役、この宿の主役は、あくまで風呂の方です」カールは自信満々。
それに対し、一同はもう言葉もない。
大きな浴場は、ドモンのいた街で見てきた。ドモンやシンシアは、あれを庶民のものだと言ったのだ。
ならばもう疑う余地もなく、ここには最高の浴場があるはず。
皆で男湯へと移動。
案内された浴場は、脱衣所からすでに高級感があり、王族がここで酒を飲んで一日中過ごしていても違和感がないほど。
ガラス戸の向こうは、やはり優しいオレンジ色の薄暗い照明で、床は真っ黒な石畳、壁は大理石。
「この床は火山から出た溶岩を加工したものです。岩盤浴というものにも使われ、この床に寝転がるだけでも汗をかくほど体が温まるとドモンは言っていました。裸足になって歩けばすぐにそれが理解出来るかと思います」
この溶岩を運ぶ指揮を取ったグラが説明。
その言葉に従い、全員裸足になって男湯の中へ。
「これだけの広さの部屋で、冬だというのに・・・」
「なんと心地の良いものなのだ!」
「これだけで少し汗が出てきましたわ。ウフフフ」「気持ちがいいですわね」
カールも裸足になり、浴場内を歩きながら各湯を説明していく。
大きな洗い場の他に、露天風呂や水風呂まで合わせると7つほどの大きな風呂が用意されていた。サウナも二種類。
一番の大きな風呂の壁には、カールの屋敷の風呂と同じ様に、ホークによる絵が描かれていた。
「こちらが寝風呂、そちらが薬湯、あちらはミルク風呂となってますが、その時によって果実風呂になったりすることもあります」
「消費しきれなかったものを捨てずに、浄化してから入れておるのだ。廃棄して無駄にするよりも、少しでも無駄を失くす方がある意味私達にとっての贅沢だと奴は言っておった。庶民の努力によって自分達が支えられているのを感じられるだろうと・・・まあ、肌にも良いそうだ」カールの説明に義父が補足。
「素敵ですわドモン様」「流石は婿殿」とシンシアの両親の言葉に、少しだけムッとするトッポ。
「あちらの扉の向こうが露天風呂、その奥の岩で出来た衝立の向こう側には・・・ドモンたっての希望で混浴が用意されています」
「おぉ・・・」「ほう・・・」「ウフフフ」
あくまでドモンの希望だということを主張しておくのを忘れてはいけない。
なおオーガの温泉ですでに混浴体験済みの一同は、それに対し驚くようなことはない。むしろ期待していた通りである。
「サウナはこちらが蒸気によって室内を暖めているもので、そちらがもうご存知かと思いますが、従来どおりのサウナとなっています。水風呂と飲料水はこちらに」
「これも楽しみですな」「この後すぐに入ろうぞ」と張り切る男性陣。
「一応お聞きいたしますが・・・女性用の方はどのような作りになっておられるのでしょう?」
女性達はここまでの大きな浴場は期待していなかったものの、せめてこの半分の大きさの浴場であれば最高だと期待して質問した。
今まではそれが普通のことであり、それに対し何の疑問も持っていなかった。
「女性用の浴場はこれよりも広くなっており、中にはまだ未完成ではあるものの、垢すり施設の横にオイルマッサージなるものをする場所も用意する予定となってます。風呂もひとつ多いはず。打たせ湯といったかな?壁の絵はホーク殿の娘のエイ殿が描いたものになっており・・・」淡々と説明していくカール。だが・・・
「え?えぇ?!」「待ってください!お待ち下さい!」「本当でございますかそれは!」
女性陣は驚き飛び跳ねた。
カールの街・・・というよりも、アンゴルモア王国自体、かなり女性の立場は高いものとなっている上に、ドモンによる意識改革で、いつしかそれが当たり前になっていた。
元々カールやグラが妻達の尻に敷かれていたというのもあるが・・・。なので当然のように淡々と説明をしたのだ。
「それと試作機ではありますが、女性用の脱衣所の鏡の前には、髪を乾かす機械も用意されてます。是非その使用感も会議の場でお教えいただ・・・」
「なんですって?!」「そんな道具があるというのですか!この国には!!」「信じられませんわ・・・」
カールの話を途中で遮り、スカートの裾を掴んでドタドタと女湯に向かって走り出した女性達。
お付きの侍女やチィやミィも思わずついていく。
「本当に高級宿どころの話ではないなこれは・・・」
「世界は変わるのであろう。あの者の手によって・・・」
その意見に深く頷くトッポ。
そこへ「陛下!!」と騎士が一名息を切らし浴場へ飛び込んできて、足を滑らし豪快に転んだ。
先日、スーパー銭湯で思いっきり転んだのでつい・・・
周りには「別に痛くないけど?それにいつもの事というか、敢えて転んで床の材質を確かめてみたんだけども?」といった顔をして誤魔化した。メッチャ肘から血が出てたけど(笑)




