第445話
翌日、ドモンは24時間営業の店を開業するための店舗の視察と、それについてのアドバイスをするためにひとりで街へ。
そのついでにふと見た店の看板には『異世界のこだわりの麺料理・ラーメン』と書き直された看板が掲げられていた。
それは別にいいのだけれど、店はまだ昼前だというのに営業終了の札がドアに貼られている。
「ドモンさん!昨日はどうも!」
「おお、早速ラーメンを売り出したか。例の品評会までに評判になると良いな」
「いやぁ見ての通りだよ」
「なんか問題が起きたのか?」
「ハハハまさか!その反対だよ。あっという間に売り切れちまったんだ。スープも麺もな。百人前は用意したってのに、見積もりが甘かったみたいだ」
話を聞けば朝8時に店を開け、30分ほど経った時に二人組がラーメンを注文して、食べ終わって出ていった数分後には十数人の客が来て、その客達の麺を茹でている内に店の外に行列が出来て、あっという間に全て売り切れてしまったらしい。
この話をしている最中にも数人の客が代わる代わるやってきては、「ラーメンはないのか?」と尋ねていく。
もちろんこんな事は初めて。
「品評会は一ヶ月後にやるみたいだから、それまでに俺も色々研究してみるよ。ああそれと、約束の金はきちんと払うから、また助言を頼みたいんだ」
「おお、それは任せとけ。俺も美味しいのを食べられるの楽しみにしてるよ。ナナも連れてきていいか?」
「もちろん、みんなも来てくれて構わないよ!しかし俺が支払う金は本当にあれっぽっちでいいのかい?」
「十分だよ。俺は美味いラーメンさえ食えりゃいいんだワッハッハ」
パスタ屋の店主から、今やラーメン屋となった店主と少し話してからドモンは街の中心部へ。
オーガ達のショーをやった広場の側に、一店目の店舗がある。
一号店は王都内でと思っていたが、まずはこの街でしっかりとしたノウハウを身に付けてからということになったからだ。
中に入るとまだ内装工事も終わっていない、ボロボロの状況。
来週には開店するという話だったが、本当に出来るのかどうかも怪しい。
なにせ窓を入れる予定である壁自体がまだない。
「やあやあ!お待ちしておりましたよドモン様!おぉい!みんな手を止めろ~!」と現場責任者らしき人物。
その言葉で大工達や、店のオーナーとなる予定の人物、他の様々な業種の人々がドモンの前へとやってきた。
「これは一体・・・俺は何から説明していきゃいいのやら・・・」
「私達は全ての指示に従えと言われてますので」
「ああ、あの貴族の」
手を回しているのはヘレンの夫である。もちろんそれを指示したのはトッポであろう。
それならばとドモンは遠慮なしに、元の世界のコンビニの作りを説明していった。
「そんな大きな窓なんですかい!!」
「そこまで照明が必要だなんて・・・夜中も営業するからか・・・」
「出入り口のすぐ目の前で会計を??」
「なるほど!他の店と連携して、いっぺんに商品を仕入れて各店舗に配送していくと・・・フムフム」
ドモンの言葉で、急激に見えてきた24時間営業の店の実態と形態。
上手くいくかどうかは分からないが、損益分は国が負担することに決まっているのだから、恐れることは何も無い。
夜間は時給銀貨1枚と銅貨80枚、つまり時給約1800円で従業員の募集をかけたところ、学生やら何やらで募集は殺到。
オーナーはその処理にも追われて大忙し。
ドモンがそんな日々を過ごし、街が着々と発展し始めている中、トッポ達のお偉い様方は、サミットを行う予定の高級宿に到着した。日も暮れ、辺りはもう真っ暗。
宿に入ってから酒を酌み交わし親睦を深める予定だったが、ヨハンの店ですっかり出来上がってしまい、ほぼ全員がベロベロである。温泉までの道中のバスの中で泥酔してしまった社員旅行のよう。
だが、酔いはすぐに覚めることになる。
「この囲いの向こうが例の宿なのか?」
「ここからではよくわかりませんわね。木も生い茂っていて」
「てっきり城のような建物だと思っておったわ」
不思議そうな顔をしながら、小さめの門をくぐった一行。
中に入っても、遠くに平屋建ての木造の家屋が見えるだけで、他はよくわからない。
「あれがドモンが図面を描いた高級宿なのですよ」と説明をしたカール。
「ドモンの国の本物の高級宿を模したものだそうで」皆の不満気な雰囲気に少し焦ったグラも補足。
周りの風景を見ながらゾロゾロと並んで歩き、ようやく薄暗いオレンジ色の照明に照らされた宿の入口へと到着。
ガラガラと引き戸を開けると、女将や十数人の従業員とともに、奥から珍しい顔のふたりが現れた。
「いらっしゃいませ」まずは女将の挨拶。
「いらっしゃいませ」「いらっしゃいませ」「いらっしゃいませ」
「ようやく最初の客が来たなぁ。大方何処かで寄り道でもしていたか」
「おやじ殿、いい加減その口の聞き方をなんとかしておくれ。いつも肝を冷やすのはこっちなんだから」
右手に筆を持ったまま頭を抱えるエイと、自分の左肩を右手でボリボリと掻くホーク。
「む?もしや?!あのホーク殿か?!」「なんですって?!」「なぜここに???」
「ドモンに頼まれた絵を描きに来たんだ。ここは静かで絵を描くのが捗るから、隅の部屋を借りているんだ」
驚くお偉い様方に、飄々とした態度で答えたホーク。
まるで態度を改めようとしない父親に、エイはヤレヤレのポーズ。
最近はようやく色々と慣れてきた。門番に震えていたのが嘘のよう。
「ではこの海の絵はやはり・・・」「あの衝立の絵もそうなのか?!」
「まあ家賃みたいなものだ」「まあね」とホークとエイ。
「・・・・」「・・・・」「・・・・」「・・・・」
家賃どころの話ではない。
この絵一枚で、一生暮らしていけるほどの値が付く場合もある程なのだ。
献上された絵が国宝となるくらいなのだからそれも当たり前。
その評判は他国にも響き渡っていて、その絵を手に入れるため、王が絵の持ち主に領土を分け与えたこともあるほど。
娘のエイの絵ですら国内では金貨数百枚、他国ともなれば数千枚の値はくだらない。
そんな国宝になりうる絵画が、あちらこちらに飾られているのである。
そもそもその絵を描くホーク本人に会うことすら、他国の者からすれば貴重な体験。
「ここは絵を飾るのにも適した良い宿だ。まあ、私の絵など陳腐に見えるほど素晴らしいものが部屋にあるがね」
「え??」「それは本当でございますか?!」
ホークはそれに答えることもなく、ホホホと高笑いをしながらエイを連れて部屋へと戻っていった。




