第442話
「キノコの和風パスタは明日作ってやるから、色街の方まで来い。誰かにドモンに呼ばれたと言えば案内してくれるから」
「ああ・・・でもそれはもう駄目なんだろう?」
「まあそれでも折角だから食べにこいよ。本物、食べてみたかったんだろ?異世界人が作った伝説のパスタだぜ?フフフ」
「そうだな。じゃあお願いするよ」
「それとだ・・・」
おもむろに立ち上がり、暖炉の灰を捨てるための小さなスコップを手に持つドモン。
たっぷりの灰を掬ったかと思った瞬間、煮えている鍋の中にそれを全て突っ込んだ。
「なにしてんのよ!このバカ!!」「うわ!なにやってんだ!!」
「じゃあもう一杯」ドサドサとドモンが灰を鍋に入れていく。
「イタズラはやめなさいってば!バカバカバカ!!」ドモンの背中をポカポカ叩くナナ。
「ハハハ!イタズラじゃねぇんだなこれが。店主、しばらく煮たら鍋を暖炉から下ろして、灰が全て沈むまで置いといてくれ。で、ある程度キレイになったら、そーっと上澄みの部分だけを掬い取って、その上澄みを保存しておいてほしいんだ」
「わかったけどよ・・・な、何をする気なんだ一体・・・」
うまくいくかどうかはわからない。
その作り方は知っているけれど、流石のドモンも作ったことはない。
だが、今はそれに賭けるしかない気がした。
「じゃあ店主、また明日な」「じゃあねー」
「昼前くらいに行くよ」
「わかった。じゃあ最後にスケベオヤジ仲間に贈り物だ」「きゃあああああ!!な~にしてくれてんのよ!!」
「お、おまん・・・お前さん達・・・」
今度こそギリギリアウトかもしれない。
何があったのかは当然書くことは出来ないが、その夜「サンなら出来ます・・・」「ワタクシだって!」という謎の意地の張り合いが行われ、何故か下着をつけずに宿舎内を練り歩くという度胸試しが行われることになった。
大工達が寛いでいる休憩所の前の廊下で、ミニスカメイド服を着てでんぐり返しをしたサンが優勝。
翌朝、裸で床に転がされたサンとベッドでお尻を抑えるシンシア。
ナナは汗だくになったドモンを抱きかかえていた。
「ふたりとも大丈夫?」
「サンは平気です」「久々でしたわねイタタ・・・」
「ごめんねふたりとも・・・」
「サンは本当に平気ですから!何ならシンシア様の分もサンが・・・」「ワタクシはもっと強くしていただいても構いませんわ!」
時折起こる、ある意味恒例の儀式。
寝ているドモンは、夢を見てただ涙を流すこともあれば、狂ったように叫んだりすることもある。
その中でも脂汗を流しながら絶叫している時は、寝ぼけたままナナを犯そうとし、シンシアはお仕置きをされ、サンは裸にされて隅々まで確認される。そしてハァハァと息を切らしながら、ナナに抱きしめられ、もう一度眠るのだ。
もう何度も経験したため、シンシアもすっかり慣れた。
「かわいそうにドモン・・・」
「一体どのような夢を見れば、この様な錯乱を起こすというのでしょうか・・・」
ナナに抱きしめられている汗だくのドモンの身体を拭いているサンは、まだ裸のままで、ドモンと同じくらい汗だく。
つい何度もドモンの身体をクンクンしてしまい、その度に自分の太ももを引っ叩いて戒めていた。
「ワタクシだって悪夢は見ますけど、こんな頻度では見ませんし、ここまで苦しむことはありませんわ」
「小さな頃からずっとそうだったみたいなんだけど、この世界に来てからは、それが酷くなったらしいのよ。だから寝るのが怖いんだよなってドモンは笑ってるけどね・・・」
「・・・・」「酷いです・・・」
夢の内容は覚えていたりいなかったり。
ドモン自身はみんなも同じように、悪夢を見るものだと思っていた。
寝ると疲れる。だから寝ない。寝る時は酔いつぶれればいい。
「ドモンほら起きなさい?昨日の人もう来ちゃうわよ?ん~チュチュチュ・・・」
「ナナ・・・スケベしていいの?」
「いいけど、みんないるわよ?」
「え?!じゃあシンシアとする」
「なによそれ!!」「ウーッ!」「オーッホッホッホ!!ワタクシはいつでも宜しくてよ!」
ドモンがナナとサンにボコボコにされてから、風呂に汗を流しに行くのもいつものこと。
汗を流し終わり、風呂から上がったタイミングで例の店主がやってきた。
「やあ少し早かったか?」
「いやちょうど良かったよ。お?昨日言ってたあの鍋の上澄みと、一応キノコもいくつか持ってきたんだな」
「麺も持ってきたぜ。あとは何が必要なのかが分からなかったから持ってこれなかったけども」
「肉も野菜もあるし、これで十分だよ。流石は料理人だな。気が利くよ」
「よしてくれよフフフ」
調理場の台の上に食材を並べながら会話をしていたドモンと店主だったが、早く食べたいナナの鼻息が荒い。
サンが何度もナナのヨダレをチョンチョンと拭いて苦笑い。
「あの時は醤油だったけど、今回はめんつゆで行こうかな?本格的なベーコンではないけど、豚肉も塩漬けしておいたんだ」
「もう俺には何を言ってるのかさっぱり分からねぇよ・・・」
「まあナナの様子を見りゃわかるとは思うけど、期待はしてていいよ。キノコが嫌いじゃないならな」
生パスタを茹でつつ、各食材を切るドモン。
キノコはサンが手で割いていく。
バターで食材を炒め、パスタを入れてからめんつゆをふた回し。
「バターで炒めるのか?!それにそれが異世界からの調味料・・・なんて芳醇な香りなんだ!」
「ものすごい香りですわ?!なんですのこれ???」「はい!」
店主もシンシアも驚愕する香り。
慣れているはずのサンですら、目を瞑って鼻の穴をみっともなくプクプクさせている。
「こりゃ俺が作ったものなんて比べ物にならねぇな・・・食べなくてもわかるよ」
「まあ食べてみろよ。キノコの和風パスタの出来上がりだ」ドモンが綺麗に盛り付けていく。
「はやぐはやぐぅ~ちょうだいよぅ~そのおっきいのを入れてぇ~口に」ナナが大きく口を開いている。
「なんかスケベだな・・・ほらもうさっさと食え。俺の大きなキノコを・・・」
「ムフゥ・・・このキノコから出る汁が美味しいのよ!このお汁が!はぁぁぁん・・・」
「・・・」「・・・」「・・・」「・・・」
半分はナナのスケベな冗談だけれども、本心でもある。
口いっぱいに広がるめんつゆとキノコとバターの旨味。そしてそれら全てを支えるパスタとのバランス。
あの時もナナは思ったが、間違いなく女性が大好きな味。
「はわぁ~・・・あふぅ~・・・」言葉を無くしたサン。ここまでだとは思っていなかった。
「なんですの?!嘘でしょう??こんな・・・!こんなの信じられませんわドモン様!!」シンシアもパニック。
「なんだこれは・・・?全ての食材の旨味がお互いを高めあい、口の中で爆発しやがる・・・ぜんぜん違うじゃねぇか!俺が作ったものとは!!!」
頭を抱える店主。
今まで食べさせてきた客達ひとりひとりに、謝罪してまわりたい気持ち。
「・・・ドモンさん」
「ほらエミィもおいで。俺は食わないから食べていいよ。その代わり美味しい!って言ったらおっぱい揉んでいい?」
「ウフフも~うドモンさんったら」「ドーモーン!!」「いいわよぅ」「え?!ちょっとエミィさん!もう旦那さんもいるんでしょ!」
ドモンの冗談に乗ったエミィだったが、すぐにナナがツッコんだ。
お母さんも言いだしかねないと焦りながら。
「ええ?!美味しいわっ!!!」「ちょっとエミィさん!!」
「えへへおっぱいいただきぃ」「あぁん!」
「本当に揉む馬鹿いるか!!このドスケベ!!!」「ぎゃあああああああ!!!」
あっという間の出来事だった。何があったのかはご想像にお任せしたい。
だがそんな状況でも、店主はただただ呆然としていた。もう周りに気を配る余裕がない。
「これで・・・これでも駄目だというのか?」
「多分な。だからそれを打破する為の手を打ったんだろ。それを使ってな」
鍋に灰を突っ込んだ液体に目をやったドモン。
「これがなんだってんだ・・・これを超える何かが作れるのか??」
「それはな・・・」
何のためのものなのか、まったく理解が出来ない店主。
ニヤリと笑ったドモンが、謎の液体の正体を説明し始めた。




