第440話
『異世界人も驚いた世界一の麺料理あります』
でかでかと掲げられた看板に目をやったふたり。
お互いにしばらく顔を見合わせたあと、店の中を覗き込んだ。
中は表通りに面している店だというのに、ほぼガラガラで寂しい状況。
その上店主と思われる男と客の一人が、大声で言い争いをしていた。
「いくらなんでも酷いだろ!」
「何だとこの野郎!文句があるなら異世界人の方に言え!俺は忠実に作ったまでだ!」
「塩ゆでしたマズいキノコが入っているだけじゃねぇか!これで銀貨二枚だなんてふざけているのか!」
咥えタバコでキョトンとしているドモンの顔と、喧嘩している店内の様子を交互に見たナナ。
「ドモンがなんかやったの?」
「いや、この店に入ったこともないよ」
「じゃあ勝手にドモンを利用してるってこと?しかも多分美味しくないものを作って」
「・・・ん~多分な」
「私ちょっと文句言ってくる!!」
「いいっていいって!あぁ行っちゃった・・・」
ドモンが褒められれば嬉しいし、ドモンが貶されたらナナは誰よりも怒る。
ドモンは自分自身のことについてはどうでもよく、なるべくならば事を荒立てたくはない。
こんなような事は、小さな頃から散々され続けていて、今更何をといった気持ち。釈明しても大抵碌な事にはならない。
「キィィィ!!」
「出ていけこのバカ女!!」
外で寒さに震えつつ、タバコを吸いながら様子を覗いていたドモンだったが、どうにも収まりがつきそうにはない雰囲気に、慌てて店へと飛び込んだ。
「てめぇの差し金か!クソジジイが!」
「ジジイはお互い様だろう。それにそんなものでもないから、とりあえずふたりとも落ち着けって」
「うるせぇ!」「あんたこそうるさいのよ!!」
「いやはや・・・もうなんだってんだよ・・・」
今にも取っ組み合いで喧嘩を始めそうなナナを、ドモンが後ろから羽交い締め。
店主もエキサイトして、お玉を頭の上でブンブンと振り回している。
「はなしてっ!!」
「暴れるなってば!う、うおっ!!」「キャッ!!」
羽交い締めをしたままバランスを崩し、重なるように尻餅をついたふたり。
後ろでんぐり返しの失敗のように、両脚を空中に投げ出し、パカッと開脚したところで停止した。
でんぐり返しというより、ドラゴンスープレックスの失敗か?
「イテテ・・・」「イッタァ・・・」
「お、おま・・・お前さん達」ギリギリセーフ。断然セーフである。
「ちょ・・・ちょっと待ってドモン!!きゃああああ!!離して離して!!手を離してってば!!」
「わかったから暴れるな!イタタタタ!」
ナナは下着を脱いだままであった。
数人の客と店主にナナが全てを曝け出したことにより、喧嘩はようやく収まり、店主からエールとパスタをごちそうになることになった。
「うぅ・・グスン・・・」
「わ、悪かったなお嬢ちゃん。でもはっきりとは見ちゃいないからよ・・・」先にエールを二杯持ってきた店主。
「・・・ホント?」
「そんなわけ無いだろ!あんなに脚開いておいて。大体、下着を捨てちゃう方が悪いんだぞ」
早速エールをゴクゴク飲んだドモン。
なんとなく悪いのはドモンのような気もするが、まったく悪びれる素振りを見せない。
「仕方ないじゃない湿らせちゃったんだから!あ!ち、違うわよみんな!スケベじゃないの!おしっこよ!おしっこを漏らしただけなの!!」
「シーッ!シーッ!!この天然バカ娘は・・・」
「だ、だってグス・・・本当はどっちもだったの・・・」
「だからもういいってば!」
「バレないうちに脱いで洗おうと思ったらその場に下着忘れちゃって、そのうちに忘れたことも忘れちゃったの」
「だから下着がない!ってびっくりしてたのか」
本当にとんだ天然娘である。
だがおかげですっかり店主と打ち解けることが出来た。
「はいよお待ち。これが看板に掲げているパスタだよ」
「お、おう・・・キノコがいっぱい・・・すまんな店主、体質的に駄目なもんだからナナに食べてもらうよ」
「ああいいよ。どうせ大したもんじゃないからな・・・」
「な、なんか凄い見た目ね。本当に食べられるキノコなのよね?」
黙って頷きながら、ドモンの真横に座った店主。
ひとくち食べて手が止まったナナを見て、ハァと小さくため息をつく。
「俺もわかってるんだ。異世界人が作ったというパスタの噂を聞いて、俺が適当に作っただけのものだからな」
「た、食べられないことはないわよウプ」
「ハハハ、お嬢ちゃん無理すんなって。せめて俺も本物を食べてりゃこんな事にはなってないと思うんだけどよ。たった50皿だとよ、その異世界人とかいうのが作ったそのパスタ。今じゃもうそれが本当か嘘かも分からねぇ」
「ん?」「あれ?もしかしてドモンが作った和風パスタのこと言ってんの?」
「え?」
お互いにキョロキョロと顔を見合う三人。
「そのパスタだったら食べたことあるわよ・・・というより・・・」「え?!」
「俺がその異世界人だぞ?」「ええ?!」
「だから最初に言ったじゃない私。異世界人はこの店に来てないわよって」
「ナナ、それじゃなにも伝わんないよ多分」
この街だけでも十万もの人がいるのだから、ある程度ドモンが有名になったとはいえ、その顔を知るものはまだ少ない。
テレビや写真、SNSなんてものがないのだから当然である。
なにせ王様の顔ですらわかっていない人が大勢いるくらいなのだ。
「あ、あんたがその異世界人だったのか!じゃあ頼む!この通りだ!本物を見せてはくれないか?!」
「とりあえず頭上げなって」
床に頭を擦り付ける勢いで土下座をした店主は、どうにもわけありな様子。
とりあえずこの日はもう店じまいとして、ドモン達だけを残し、外の扉を閉じた。




