第439話
「はい、鶏塩鍋お待ちどうさま。ただこれで出来上がりじゃないので、まだ手はつけないでくださいよ」とヨハンが鍋を持ってきた。侍女達やチィやミィもそれぞれのテーブルに鍋を運ぶ。
「こ、この香りは一体?!」「スープが黄金色に輝いておりますわ・・!」
「では焼けた石を入れますので、両手を後ろにやって少し下がってください。怖い人はもう少し離れて」
「きゃあああ!!」「危ないですわ!!あなた下がって!!」「ふっ・・根性試しと行くか兄弟よ」「良かろう」
真っ赤に焼けた石が鍋に投入され、いつものようにキュウウウ!!と断末魔を上げた。
あっという間に鍋は煮えかえり、グツグツブクブクと大暴れ。
それと同時に、店内にとてつもなく食欲をそそる匂いが立ち込めていった。
枝豆や唐揚げも食べたというのに、グーグーとみんなのお腹が大合唱。
「皆様見て!今のうちにこの鶏肉を丸くして、こうしてスプーンで入れていってくださいねー」
エリーが大好きな作業。
体をフリフリとしながら、楽しそうに肉団子を鍋に浮かべている。
「私もやってみようかしら?」「火傷するでないぞ?」
「エリーさん!これでいいの~?見に来てちょうだい」「はいはーい」
「どうして僕のは丸くならないんだろう???」「ヘッタクソねあんた!」「初めてですし、私はお上手だと思います・・・」
「なぜ私の肉にくっつけるのだ!」「そっちが寄ってきたのであろう!」「ほらほら、危ないですってば」
食べる前から各テーブル大騒ぎ。カウンターでも横に並んで酒を飲みつつ、やんやと騒いでいる。
何処かの大統領や大臣も、こうなればもう立場など些細なこと。
「浮いてきましたわ!もう食べても宜しいのかしら?」「可愛いですわ~!」「これで掬うのかしら?」
「そうそう。食べたい分だけ自分の器に入れて・・・熱いので舌を火傷しないように気をつけてください。まあ熱いうちにホッホッホ!としながら食うのが美味いんだとドモンは言っていたけども」
「ではよく冷ましてスープから頂きましょう」「そうね」
待ちきれない奥様方からまずは試食。男達はまだ肉団子作りに夢中。
「男は上手く作れるまで必死になるけど、女ってのは案外せっかちだからな」とドモンが言っていたことを思い出し、クスクス笑うヨハン。
「ま!」「えぇ?!」「美味しい・・・」「信じられませんわ!」
目を丸くしてお互いの顔を見合わせる奥様方。
宮廷でも当然こんなものは食べたことがない。
「皆様!何をやっておられるのですか!早く目の前のものをお食べになって!」「そうよ!」
「世界一美味しい料理が目の前にありましてよ!!」
その言葉に今度は男達が目を見合わせる。
器に盛り、フーフーと冷ましたあと、同じ様にスプーンで一口。
「なぜだ?!」
第一声がこの一言。
これまで美味しいものをたくさん食べてきたという自負がある。
それ故に、美味しいという感想よりも『なぜそれらを超えるものが出来るのか?』という疑問が、まず頭に浮かんでしまうのだ。
「その異世界の調味料というのを使用しておるのか?!」
「これには使ってないですよ。無論、使えばもっと美味しいものが作れるってドモンは言っていたけれども」
「な、なにか秘密があるのであろう!異世界の何かの・・・」
「いやまあ手間はかかりますが、秘密なんてものでは・・・大体俺なんて酒に酔って、この娘らに作るのを任せていたくらいですし。とにかくドモンの料理の知識が凄いんですよ。俺はそれを教えてもらっただけで」と侍女達の方を見たヨハン。
「そんなバカな・・・」
鶏肉、自身が作った肉団子、野菜、全てがこの世で作られたとは思えないほどの美味。
もしこれが毎日食べられたならば。
「浮いているのは鶏の脂ですけど、ドモンさんが言うにはコラーゲン?とかいう、お肌にとっても良いものなんですって。ほらもう皆さん、口唇がプルプルになっているでしょ?ウフフ」
「ほ、本当だわ!!!」「ちょっとあなた何よそれ!」「あなたもですわ!!鏡を見て!!」「唇のシワがありませんわ?!」
「この肉の団子には生姜の絞り汁なども入っていて、体を中から温めるのだそうですよ。手先が冷える方にいいらしいです」
「確かに体が温まり、冬だと言うのに暑くてたまらないくらいだ」「すごいわ!!」
ここで醤油を鍋に一回し。
味がガラリと変わり、一同驚愕。
もう魔法だとでも言ってくれた方が納得がいくほど。
「ドモンの頭の中には、このような料理の調理法が数百と入っているとのことです。ただ食材の種類がまだまだ足りず、作れるものが少ないと嘆いてました。なので・・・」とカール。
「この度の合同会議が重要であるというのだな」
「ワタクシの国のエビもドモン様の手によって、とんでもない料理へと生まれ変わりました」
「世界を・・・世界の食卓を変える会議になりそうですな」
ヨハンの店へと寄ったことにより、奇しくもこの会議の重要性を再認識した一同。
協力する姿勢は見せつつも、なんとか少しでも他国を出し抜こうとしていた考えはなくなり、より結束を高める結果となった。
「この料理を作りにワタクシの国まで来てくださいませんか?」
「ハハハ。ありがたい話なんですが、これはこの店以外では作らないことに決めてるんですよ。そうじゃなきゃ、きっとこの味にならないと思うので。この店の、この鍋とこの空気と水と、天国から見守る父と母と、そしてドモンやナナが住むこの店じゃないと一番のものは作れないんだ」
「そうですね・・・そうですわね・・・ウフフ失礼いたしました」「素敵ですわヨハン様」
やはりこの鍋は魔法であった。
自国の自慢のシェフが、同じ物を同じ様に作ったとしても、今日のこの鍋を超えることはない。皆そう確信した。
「とりあえず今日は宿の方で休み、明日から会議を行おう」と義父の提案に頷く一同。
そうして、もうすっかり日も暮れた頃、ようやく宿の方へと向かった。
「ねえドモンあれ・・・」
「ん?」
「あの店、なんかドモンのことを書いてるみたい・・・」
「ん~、まあ多分俺のことだよな」
散々酒を飲んだ帰り道、ドモンとナナは困惑した表情で看板を見つめていた。




