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第438話

「ほらナナ、もう帰るぞ。飲み過ぎだお前は。サンもシンシアもそろそろ戻ってる頃だろうし」

「なによ!私のお酒が飲めないっての?!ヒック!ん?あれ??ないわ!!」

「どうした?」

「な、なんかスースーすると思ったらヒック・・・下着どっかに忘れちゃったみたい」

「なにやってんだバカ!」


慌ててドモンがトイレに駆け込むと、案の定床に汚れたパンツが落ちていた。

汚れたから脱いだのか?脱がなかったために汚してしまったのか?


ドモンと一緒に酒を飲む女は、大抵ドモンの飲むペースにつられて巻き込まれ、殆どの場合がこうなってしまう。

あの百戦錬磨のケーコですら例外ではない。


ついでに用を足しつつ、手洗いでパンツも洗ってよく絞り、ポケットの中に突っ込んだ。

おかげですっかり酔いも冷めた。


「ナナ、帰るよってば。もう夕方だよ」

「やだもうちょっと!せっかく久々にふたりなんだからいいじゃない!ついでに夕飯も食べていこうよ」


シンシアが来てからドモンを独り占めできる時間も減り、ナナはここぞとばかりにドモンに甘えていた。

サンが気を使い、上手く手を回して二人の時間を作ってくれていたのだけが救い。

この日もサンが「お引っ越しにはシンシア様のお助けが必要なのです」と、声をかけてくれていたおかげである。


「そんなことより!ヘレンさんの息子さんはどうなったのよ?それにその赤い花束を渡したってどういうことなの?」

「向こうの世界には『母の日』という、年に一度母親に感謝する日ってのがあったんだけど、その時にカーネーションという花を送るのが恒例なんだ。色んな色のカーネーションがあるけれど、基本的には赤い花という認識だな」

「へぇ~素敵な風習ね」


「同じ様に父の日ってのもある」

「ヤダもう!またスケベな話になった!!どうしてそこでおっぱいが出てくるのよ」

「母の日って言ってんだからそっちの乳なわけ無いだろ!いい加減にしろこのおっぱい娘!!」


ふたりの会話に聞き耳を立てていた周囲の人々から、笑い声が漏れる。


「ほらネェちゃん、乳の日の贈り物だ」とエールを一杯奢られたナナ。

「私は一年中ずっと乳の日よ!オーッホッホッホ!!」と何故か高笑いしたナナに、ドモンはヤレヤレのポーズ。



ドモンとナナがそんな事をやっていた数日後。

ヨハンとエリーの店では、エリーのおっぱいを酒の肴に、お偉い様達が大盛り上がりで美酒に酔いしれていた。


「今日この日を、世界共通の『乳の日』として制定しようぞ!皆の者よ!」

「おお!そうしよう兄弟!ヒック」

「この度の会議でしっかりと話し合わなければなりませんな!ガッハッハ!!」


会議の時に自慢・・・いや振る舞おうと用意していた銘酒を、皆が皆この場で惜しみなく振る舞い、飲み合いと飲ませ合いに。

ヨハン達まで当然のように飲まされ、すっかり出来上がってしまった。

もうすぐ出来る鶏ガラスープのアク取りは、侍女達が交代しながらやっていた。


「じゃあほらエリー、祭りの時のあの衣装着てきなさい」酔って顔と頭が真っ赤なヨハン。

「え?!いいのぅ??どれが良いのかしらぁ・・・もしかしてドモンさんがくれた・・・」チラッとヨハンの方を見たエリー。

「そりゃもう今日は『乳の日』だっていうんだから、一番すごいのを着てはどうだ?」

「い、一番すごいのでいいのね?」


黙ってその会話を聞きながら、ユサユサと体を揺らして二階へ行くエリーを見送る一同は、期待に胸を膨らませている。

エリーよりは膨らまないけれども。


「もう!男の人達ったら・・・うちの人もだらしない顔をして」

「でもあれは仕方ありませんわ。ナナちゃんやオーガのエミィさんもすごく大きなお胸をしておりましたが、なんと言いますかこう・・・母性が溢れておりますのよ、エリーさんには」

「わかりますわ!まあ『乳の日』と言いましたけれども、ある意味『母親を称える日』という意味でもありますわね」


この世界にも母の日が出来た。ただしその名前は『ちちの日』である。


のちにそれが正式に決まり、ドモンの元へ手紙で伝えられた時には、ドモンとナナは息が吸えなくなるほど笑い転げることになった。

父の日はないが、ある意味男の人も嬉しい日なので、乳の日は父の日でもあるという風に解釈された。

なので毎年乳の日は、スケベな店が割引となるサービスも出来た。



「おまたせ~」


よいしょよいしょと階段を降りてきたエリーの姿に、全員の時間が停止。

ピタピタのニットのワンピースなのだけれども、背中と両脇部分の布がごっそり無く、大きな胸の横の部分とお尻の割れ目の上の部分が、見えている状態。


「ま、待て待てエリー!こんな衣装どこから出してきたんだ!」ヨハンの酔いもいっぺんに覚める。

「これは本当はナナに買ってきたんだってドモンさんが言ってたやつなのよ。確か名前が『童貞を殺すセーター』だって。異世界で一番過激な衣装だそうよ?」

「だそうよ?じゃなくてお前・・・」

「この服って下着をつけられないのが少し恥ずかしいところねぇウフフ」

「!!!」「!!!」「!!!」「!!!」「!!!」


童貞を殺すどころの話ではない。この世の男全てを抹殺する勢い。

前を隠すとお尻が出ちゃう!と悪戦苦闘しているうちに、結局全てがハミ出てしまい、ヨハンが大慌てで二階へ連れていき、祭りの時のスーツに着替えさせた。


例のキノコを食べたわけではないのに、男達はもう立ち上がることが出来ない。

トッポも「母さんに欲情してしまうなんて・・・」と股間を押さえ、チィにしこたまお尻を叩かれた。が、どうにもそれすら喜んでいるようにしか見えない。


「もう~別に見えたっていいのに~。ねぇ?お義父様?お義父様は、いつもた~くさん見てらっしゃいますものね?」

「ブフォッ!!」


エリーの言葉にワインを吹き出す義父。皆のニヤニヤとした視線が集まる。


「はい、大好きな唐揚げよぅ。あ~んして?」

「エ、エリー殿、今日ばかりは勘弁してくださらんか」流石に今日ばかりは遠慮して欲しい義父。

「あーんして!」

「あ~ん・・・ん??んが?!」

「ウフフ!!残念!あのキノコでしたぁ」


ギョッとした表情に変わる一同。

だが女性達は違った意味でエリーに視線を寄越す。


今や奥様達の間では宝石よりも貴重な物。

いや奥様だけではなく、年配の男達にとっても、もはや宝だと言って良い。


「エリー!酔っちまってもう・・・本当にすみません」とヨハンは平謝りしたが、男も女も今はそれどころではない。

「このキノコは一体あとどれだけあるのだ?」「詳しいお話をお聞かせ願えませんか?」


「い、いやぁ詳しい話はよく分からなくて・・・ドモンが言うにはゴブリンの村に自生していたとかなんとか」

「ほう!」「そこから取り寄せておられるのですか?」

「ドモンが馬小屋でこっそり増やしてんですよ。どんな仕組みか俺にはさっぱりわからないけど、そこでだけ増やせるみたいで」

「見せてくださいまし!」「お願いします!」「私からも頼む!」


唐揚げなんかもそっちのけで、一番に食いついてしまったお偉い様達。

もうすぐ鶏塩鍋も出来るというのに。だが・・・


「それが・・・ドモンがこれだけは駄目だと。俺らが食べるくらいなら良いけれど、これを無闇矢鱈にバラ撒くと世の中がおかしくなっちまうそうで、見せるのも売るのも駄目だって・・・」

「そんな・・・ヨハン様お願いよ!」「エリーさんもお願い!おいくらでもお支払いいたしますわ!!」


食い下がる奥様方。

ドモンがそう言ったならきっとそうなんだろうと、悔しいが男達は諦めた。ドモンに直接頼み込むしかないとそれぞれが考えながら。


「きっとそうなっちまうから駄目だとも言ってたんですよ、ドモンは・・・」

「・・・」「・・・」「・・・」「・・・」「・・・」


本当はそれだけではない。

健康を脅かすものでもあるし、麻薬的な魅力もある。

そうなれば、きっとこのキノコも奪い合うことになるだろう。



「ねえ、どうしてあの例のキノコ売らないの?」

「元気な奴が増えたら、俺の分の獲物が減っちまうダロウがイーッヒッヒッヒ!!」


数日前、ナナに向かってそう答えたドモンの目は、また赤かった。

おかげでナナの酔いもすっかり覚めることになった。




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