第434話
「さ、催促だよね、やっぱり・・・」
「どうだろな?まあ催促されてもまだ出来ちゃいないんだから、もう少し待ってくれと謝るしかないだろうよギド」
巨大キャンピングカーの製作に、毎日全力で取り組んでいたある日の午後。
道具屋のギド達へ、一通の手紙が届いた。封書の裏にはドモンの印がドンと押されている。『なるべく早く届けてね』というドモンの走り書きとともに。
「確かにお届けいたしました!お返事はいかがなされますか?」と騎士達。たくさんの馬達がブルルル・・・と息を荒げている。
「もちろん返信したいと思いますが、少し時間がかかるかもしれません。それまで待っていただければ助かります」頭を下げたギド。
「そうですね。催促する形になってしまい大変失礼いたしました。ではしばらくは、この近くの宿の方で待機していますので、いつでもお呼びつけください」
「は、はい」
ドモンの印が押された封書。すなわちそれは、王からの手紙となんら変わらない。
それに早く届けろなどと書かれていたならば、もう速達なんてものでは済まされぬ、騎士が命に変えてでもすぐに届けなければならない手紙である。
だからといって早馬で運ぼうとして、もしも野盗に襲われ紛失などしたとなれば、ドモン自身が別にいいと言ったとしても、恐らくその責任を問われることになるだろう。
それほどドモンの手紙は重要なのだけれども、今回はそれどころの話ではないほど更に重たいものであった。
「もしかしたらこの世界の人達を救うことになるかもしれない手紙だから、しっかり届けてね」とドモンが言ったからだ。
ドモン自身はなんの気なしに言った言葉だったが、受け取った郵便屋にとっては一大事。
すぐに騎士にその旨を伝えると、その騎士が王宮に残る王族と大臣達に訳を話し、その結果騎士達による小隊が組まれることになった。
突然騎士が十人ほど店にやってきた時は、ギドの兄は正直「もう終わった」と思った。
床に片膝をつかれ手紙を渡された時も、どうにも生きた心地がしなく、すぐにギドを呼んだのだ。
「なんて書かれてるんだ?」
「ちょっと待って兄さん。ええと・・・」
ドモンからの手紙にはこう書かれていた。
『よおギド、元気にやってるか?あとアニキも』
「前もこうやって俺をついでみたいに扱った手紙だったよな?フフフ」と苦笑したギドの兄。
「先生・・・」
『自動車の改造のことは悪かったな。たくさん注文つけてしまって。でも今回ばかりはただの旅行じゃなく、魔王のとこまで行くもんだから、どうしても万全を期し臨みたいんだ』
「え?魔王?!」兄は聞いていなかった。
「そうらしいんだよ」
ギドはカールを通じてそれとなく聞いていた。
なのであれだけ丈夫な作りにしたのだ。
その分、車の機能を色々削ることになってしまったが、例の戦時には大活躍することになった。
『春までに出来りゃいいから、今度はしっかりとしたのを作って欲しい。頼れるのはお前だけなので本当頼むよ。あと髪の毛乾かす機械も出来れば送ってくれ。ナナもサンもシンシアもみんな欲しいんだって』
「誰だ?シンシアって。ひとり増えてるじゃないか。なんか隣国のお姫様と同じ名前だけど、まさかな。ハッハッハ」豪快に笑う兄。
「ちょっと兄さん・・・下手なこと言って聞かれでもしたら大変なことになるから・・・」
そんな噂も聞いたが、そんな事はあるはずがない。
『シンシアってのは隣国のお姫様なんだ。俺を始末しようとちょっかいかけてきたから、お仕置きしてスケベしたら向こうの親にバレちゃって、それで戦争になっちゃったんだよ。で、解決したはいいけど、今度は責任取って結婚がどうのって事になりそうで、今一緒に住んでんだ』
「・・・だって」「・・・・」
そんな事はあった。
車をデカくして欲しいという理由もよくわかった。大きめのベッドをつけて欲しいという理由も。
もう呆れる他ないが、ドモンがそのくらいの人間だということも重々承知している。
華奢な体のギドだが、もし自分が女だったら一緒に旅へ・・・と、ギドはつい考え、「わあ!!」と大きな声を上げて、自分の頭の上の空中を両手でかき消した。
かなり良からぬことを想像してしまったらしい。一部の女性が大喜びしそうな薄い本が出来そう。
『いかにもお嬢様って感じで鼻につくところはあるけど、なかなかこいつも綺麗な顔してて気に入ったと言うか・・・そういやちょっぴりギドに似てるかもしれないな』
「兄さん、僕はもうまともに結婚出来ないかもしれません・・・」何かに目覚めてしまいそうになるギド。
「????」
「ああドモン先生・・・ドモン・・・」
女装した美男子も、ドモンのストライクゾーンにギリギリ入るのが恐ろしいところ。
ギドにその気はないが、もしそんなドモンに無理矢理迫られてしまったら・・・「ギドは断れる自信がなかった。」
「おいギド、なんか声が出てるぞ?」
「ハッ?!いやだな兄さん、そんな訳ないじゃないですか!どうして僕が先生に縛られてあんなことやそんな恥ずかしいことを・・・先生は僕を裸にして首輪をつけて、犬の散歩みたいに街を練り歩くような真似なんてしないよ多分」
「言ってない言ってない。そんな事全くなーんにも言ってない」
少し前かがみになりながら、顔を真っ赤にするギドを呆れた目で見た兄。
なんとなくそんな気はしていた。
ちなみにギドは病気がちだったせいもあるのか、身長はサンよりも少しだけ大きいくらいで、シンシアよりも小柄である。
『それは置いといて、もうすぐ雪が降ると思うから、作って欲しいものがあるんだ』
「・・・ですって。何でしょう??」
「なにか新しい暖房器具か?」
『除雪車だ。変速ギアで速度を上げるんじゃなく、逆にギアを大きくするようにし、力の方を強くするような感じにして、下の図に描いたような鉄で出来た斜めの板を付け・・・』
「え?な、なんだその除雪車って・・・」全くピンとこない兄。
「待って待って!兄さん待って!!そ、そうか!これをこうすることで・・・なぜこんな簡単なことを思いつかなかったんだ僕は!うわあああ!!!」
『そうやって雪をどかせば、大雪降った後でも、自動車だけじゃなく、新型馬車なんかも普通に走れるようになるだろ?そうすりゃ小さな村にも食料を運べるようになるだろうし、冬でも気軽に観光が出来たりするからな。じゃあ頼んだよ ドモンより』
「おいおいおい・・・冬に観光って・・・」今までは当然あり得ない事なので、兄は呆れつつも驚いた。
「兄さん!大至急騎士の人達を呼んでください!王宮と先生に手紙を書かねば!」
「お、おう!」
大慌てで二通の手紙を書いたギド。
ドモンへは当然了承した旨を、王宮へは協力願いを書き記して。
本当に大至急仕上げなければならない。この世界の『死の季節』を終わらせるためにも。
ドモンの描いた簡易的な設計図を元に、すでにギドの頭の中には、除雪車の精巧な設計図が出来上がっていた。
これにより数百万数千万はくだらないほどの人々が救われるはず。
騎士達もそのドモンの手紙の内容を知らされ、その場で飛び跳ねるほど驚いた。
「ふ、冬に故郷に帰る事も出来るようになるというのか・・・うぅ」と騎士のひとりが泣く。
いつも両親が元気に冬を越せたかどうかが心配だったのだ。
雪深い地方の村だったため、毎年春先、祈るように毎日「なんとか無事春を迎えた」という手紙を待つのが恒例だった。
「予算のことはご心配ありません!ギド様お願い致します!」もうひとりの騎士も頭を下げる。
「カルロス様の方にもこの旨をお伝えして、王宮の方にもすぐに手紙を届け、事情を説明いたします!もちろんドモン様にも」と小隊長。
「ではこの手紙を」
「ははっ!」
騎士達はまた片膝をついて手紙を受け取り、この場を後にした。
騎士達にとって、目の前のこの人物はもうただの道具屋なんかではなく、この世界の人類の救世主とも呼べる人物であるという認識であり、そしてそれは当然のことながら事実である。
「へー。じゃあそれがあれば、冬でもオーガ達の温泉まで行けるのね」9杯目のエールを飲み干したナナ。
「そうそう。混浴で降る雪をのんびり見ながら酒を飲みつつ、ナナとサンとシンシアの尻を横にズラッと並べて、交互にスケベしてやろうかと思ってたんだヒック」ドモン18杯目。
「もう!どうして私だけじゃウェップ!ないのよ!!おかみさーん!エール二杯ちょうだーい」「あいよー」
「必ずナナを一番にズッポシするから許してよヒック!だからちょっと今おっぱい触っていい?俺、セーターの丸い胸の膨らみが大好きなんだヒック」
「それなら許したげるウェップ!じゃあほら、ちょっとだけよ?あんたも好きねぇ・・・ヒック」
「あんた達、まーた何を下品な会話してんの!ほらエールお待ち!あとこれいつもの。どうせ食べるでしょ?あんた達」ドンとエールと鶏肉の塩焼きを置いたおかみさん。
「やったーおかみさん大好き!チュ!チュ!」「じゃあ俺は左の尻を鷲掴み」「あんっ!毎回毎回このスケベオヤジ!」
真っ昼間から泥酔状態のドモンとナナ。
『冬に天然温泉の混浴に入りスケベがしたい』というただのドモンのスケベ心が、この世界の常識をまた一変させることになる。




